12-14 サナの思いつき
研究所のあるカルデラに雪が降る毎日が続いた。
ゴローは庭園へ出る道の確保のため、毎日雪かきに精を出していた。
そんなある日。
「……おや?」
いつものように雪かきをした後、庭園の方を見ると、なんとなく違和感があった。
「うーん……何かがおかしいような……? 何だろう?」
庭園へと足を運び、何がおかしいのかわかった。
「雪がない!?」
庭園の一部に積もり、凍りついていた雪がないのである。
「あ、ゴロー様、おはようございますですの」
そこへ『水の妖精』のクレーネーが現れた。
「やあ、クレーネー、おはよう……って、歩いてる!?」
いつものように池から顔を出すのではなく、歩いて……いや、実際は宙に浮くようにして移動しているのだが……。
とにかく、住処である池から出てきていたのだ。
ここにクレーネーが住み着いて以降、初めてのことである。
「出歩いて大丈夫なのかい?」
「はい、大丈夫ですの。存在が強化されたらしくて、いろいろとできるようになったんですの」
これはゴローにも驚きであった。
「そうだったのか。……『竜の骨』の影響かな?」
「きっとそれですの」
「だったら、よかったのかな?」
「はいですの。いろいろできるようになって、ゴロー様のお役に立てますですの」
「無理はしなくていいからな。平穏無事に暮らしてくれればいいよ。そして、時々力を貸してくれれば」
「はいですの。でしたら、お住まいの周りの除雪はお任せくださいですの」
「え?」
「毎日雪をどかしていて、大変そうですの」
「それほどでもないんだが……できるのかい?」
「はいですの。簡単ですの」
「そうか……」
ゴローはちょっと考えた。
「だったら、頼んだ時に、でいいから、研究所の前を除雪してもらえるかな?」
「はい、お任せくださいですの」
「うん、その時は頼むよ」
「はいですの」
* * *
「……というわけで、『飛行船』を外に出す際の除雪は気にしなくていいようになりました」
「いやいやいやいや」
「問題はそこじゃないでしょう!?」
「さらっと凄い話をしてますよ!?」
ハカセ、アーレン、ラーナである。
「……しかし、ここは凄いところですねえ……」
狐獣人のルナールも驚きを隠せない。
「本当に。そのうち『水の精』も来るんじゃないですか?」
ヴェルシアも苦笑しながら言った。
「はは、まさか」
ゴローは笑ったが、内心ではまさか、もしかしたりしないよな……と思っていたりする。
そしてサナは、我関せずといった顔でホットではちみつレモンを飲んでいるのであった。
* * *
「それはそれとしてねえ、いよいよできてきたよ」
『飛行船』のことである。
「ほぼ全部『竜の骨』素材だから、『古代遺物』級のものになってしまいそうだけどね」
「いいじゃないですか。丈夫だし」
足りなければまた採取に行ってきますよ、とゴローは言った。
「そういう問題じゃないんだけどねえ……まあいいさね」
「と、とにかく、在庫の3分の2ほどを使って『飛行船』が形になりました」
「内部はまだまだだけどね。構造材、外板、風防なんかは9割方完成といっていいだろうねえ」
嬉しそうなハカセ。
「まだ推進器が全然だけどね」
ここで、サナが口を開いた。
「ハカセ、そこで提案というか、試してみたいことがある」
「なんだい、サナ?」
「正確にはゴローに、だけど」
「俺?」
サナはゴローを見て頷いた。
「そう。……ゴローが、『浮く円盤』を自由に浮かせられることはわかっているけど、本当に、それだけ?」
「え……?」
「もしかして、前後左右に、動かせない?」
「それは……試したことないな……」
先入観、固定観念で、『浮く円盤』は浮くだけと思っていたが、『ゴローの意思』に従うなら、もしかして、と思ったという。
「やってみようか?」
「うん。試すのなら『浮遊ベスト』がいいと、思う」
「あ、そうだな」
「うーん、サナ、いい発想だねえ。……ゴロー、試してみておくれ」
「はい、ハカセ」
* * *
ゴローとしてもこの実験には興味があった。
そこで『浮遊ベスト』を身につける。
場所は食堂だ。
「あれ? ……ハーネスが増えましたね?」
「ああ。胴に回すだけじゃ心もとないんでね、股下も通すようにしたのさね」
「もうベストじゃないですね」
「まあそうかね」
高所作業時の『フルハーネス』のような感じに、身体に固定するように改良されていたのである。
「まあ名称は後でいいから、試しておくれでないか」
「はい」
浮くだけならベルトのバックル部に取り付けられたダイヤルを回すことで浮いたり降下したりできるのは同じ。
だがゴローに関しては、『強く思う』だけで上昇・降下できるのだ。
「よし。……【前へ移動】……おわっ!? 【止まれ】!!……ふう……」
ゴローが前へ移動、と強く念じた瞬間、身体が前へと飛び出し、すんでのところで壁に激突するところだったのだ。
「……止まれ、って念じなかったら危なかった……」
「ゴロー、大丈夫かい!?」
「はい、ハカセ」
「ああ、びっくりしたよ。……でも、サナの考えが当たっていたねえ。ゴローの意思で方向も決められるみたいだね」
「そうですね。……今度は、もうちょっと慎重にやってみます。……【ゆっくり右回転】……お、できたできた。……【止まれ】……よし」
壁に向いていた身体が、ゆっくりと右に回転したのである。
180度向きを変えたところでゴローは停止。
「それじゃあもう一度。……【ゆっくり前進】……よしよし……【右に曲がれ】……【左に曲がれ】……【少し上昇】……【少し下降】……【ゆっくり後退】……【180度左回転】……【下降】【停止】……ふう……」
ゆっくりと室内を移動したゴローは、ハカセたちの前へと着地した。
ハカセは大喜び。
「すごい! 凄いよ、ゴロー! ゴローの意志で『飛行船』を飛ばすことができるんだよ!」
「そういうことになるんですね……」
「つまり、制御方法をもっと改良すればいいわけさね」
ハカセは、ゴローが着た『浮遊ベスト』を指差した。
「まずは『浮遊ベスト』を自在にコントロールできるようにしたいねえ」
そうすれば、より巨大な『飛行船』の制御にも役立つだろう、とハカセは言った。
「アーレン、どう思う?」
「はい、ハカセの意見に賛成です」
「よし、それじゃあさっそく研究だよ!」
「はい!」
ハカセとアーレンは研究室へと走っていったのである。
* * *
「……サナ、凄いな」
「うん、もしかしたら、って思った」
ハカセとアーレンが去った食堂では、ゴローとサナが語り合っている。
「どのくらい、速度が出るのかな?」
「……部屋の中で試したくはないな」
「外で、やってみる?」
「やってみようか」
そこで2人は外へ。曇り空である。
まずゴローは4メルほど浮かんでみる。
「ここから向こうの何もない雪原へ行ってみる」
「うん、気を付けて」
「ああ」
そしてゴローは念じる。
「【進め】……お、おおっ!」
時速50キルほどで直線飛行し始めるゴロー。
「……慣れると面白いな。……【もっと速く】……うぷっ!」
一気に加速し、今度は時速200キル近く出ている。
「『強化』! ……ふう……」
風圧で顔が変形しそうになったので『強化』を使い、3倍強化をするゴロー。
「もうちょっと出せるかな……【もう少し速く】……お、おおっ!」
体感で時速300キル程は出ていた。
「もういいか。【方向転換】……【時速100キルで飛行】……うん、できたな」
いろいろ試した結果、速度をイメージすることで、大まかな速度調整ができることがわかった。
もしかしたら音速も出せるかもしれないが、さすがに今の格好で試してみる気にはなれないゴローであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月4日(木)14:00の予定です。