01-29 初めての対人戦闘
侵入者2人の前に立ちはだかるのはサナ。
「……なんだ、こいつ?」
「ええと、2、3日前から住み着いた居候だな」
「だから、誰?」
サナにそう言われても、2人の男はニヤニヤするだけ。
「……他人の家に無断で入りこんで、名乗りもしないつもり? そういうのを礼儀知らず、という。知ってた?」
そうまで言われてしまうと、2人の男も、少し腹が立ったようで、
「お嬢ちゃん、なんでそんな自信満々なのか知らねえが、どっか行かねえと痛い目見るぜ?」
「痛い目って、どんな目?」
きょとんとした顔で首を傾げるサナに、
「こういう目だよ!」
という声と同時に、実行係の男は5本の針をサナ目掛けて投げつけた。
「……これが痛い目? ただの針じゃないの?」
だがサナはその針を全て空中でつかみ取った。
「……馬鹿な」
今のサナと、男たちには速度差がありすぎた。
サナにしてみれば、スローモーションでぎこちなく動く木偶に過ぎない。
その投げる針も、さながら蟻の歩みの如し。かわすも掴むも叩き落とすも意のまま。
そしてサナは掴むことを選んだ。
その理由は。
「くえっ」
背後にいた補助係の男を狙うためである。
工房内で魔法を使うのは避けたかったことと、大きな音を立ててティルダが目を覚まさないように、という考えからであった。
「あ、が、が」
3本の針が補助係の男の両頬と下あごを貫いた。これではまともな詠唱は不可能。
「この女!」
サナがただ者ではないと悟った実行係の男は、ナイフを抜いてサナの心臓を狙った。
だが。
「ぐああっ!」
余裕を持ってそれを避けたサナは、男の右手首を針で貫いたのである。
「こ、こいつ、やべぇぞ」
ようやくサナとの実力差に気が付き、身を翻して工房から逃げ出そうとする2人。
サナは別に捕まえてどうにかしようとは思っていなかったので、そのまま見逃すことにした。
「あ」
そして、手の中に針がもう1本残っていることに気が付く。
「これも、返す」
手首のスナップと指先でひねりを加えることにより、長距離でも安定して針は飛んでいき……。
「ぎゃあっ!」
見事に、実行係の男の尻に突き刺さったのだった。
「……終わった、かな?」
周囲に、もう気配が残っていないことを確認したサナは、裏口を閉め、もう一度つっかい棒をかった。
そして、ティルダが目を覚ましていないことを確かめ、部屋に戻ったのであった。
* * *
(……なんだ、あの女の子? 随分強いじゃないか)
その様子を、200メルほど離れた家の屋根から観察していた者がいたが、サナは気付くことはなかった。
* * *
一方、ゴロー。
「……お?」
抑えた足音が聞こえてきた。
「……10人はいるな」
これはただごとではないと身構えていると、10人ほどの黒装束の一団が現れた。
(まさか、店を襲う気か?)
確かに、店の中には数億シクロは下らない貴重なアレキサンドライトがある。
(空き巣に入るには人数が多すぎるな。が、大騒ぎしたら近所も目を覚ますぞ?)
いったいどうやって盗みに入るつもりかと、少しだけ様子を見ることにする。
なにしろ、まだ何もやっていないのだから、ゴローが手出しするわけにはいかないのだ。
そこで気配を殺し、じっと観察していると、賊の1人が、なにやら道具を使って閉じた扉の鍵を開けてしまったではないか。
(なるほど、錠前破りがいるわけか)
と、謎知識で感心するゴロー。
そして賊たちは、見張り役を1人残し、残り全員が店の中へと入った。この時点で不法侵入確定である。
ちなみに正確な人数は11人。
「よし」
そしてゴローも動いた。
「むぐっ……げっ」
まずは見張りからだ。口を押さえ、腹部に軽くパンチ。
それだけで白目を剥いて気絶した。僅か2秒。
次いでゴローも、賊の後を追って店に入っていく。
10秒ほどのタイムラグだったが、10人の賊の一部は店のさらに奥へと向かっていた。
今目に入る賊は7人。
時間的な余裕はあまりない。
まず最後尾にいた賊を先程と同じようにして気絶させる。
その前にいた賊も同じ。
3人目を気絶させた時点で、残った4人に気付かれた。
「こいつ、何者だ?」
「どこから来やがった?」
「怪しい奴め!」
どっちが怪しいんだ、と内心で突っこみを入れつつ、ゴローは一番近くにいた賊の鳩尾に拳打を叩き込んだ。
「ぐぼっ」
一撃でくずおれる仲間を見て、残った3人は警戒を露わにした。
懐に入れていたナイフや短剣を抜いたのである。
「ガキが、いきがるんじゃねえぞ」
短く吐き捨て、2人が同時にゴロー目掛けナイフを突き出した。
が、ゴローには、その動作は遅すぎる。
ひょい、とそのナイフを左右の手で同時につまみ上げ、そのまま左右の肘を賊の鼻っ柱に叩き込んだ。
「げぶぁ」
「ぐがっ」
鼻血を吹いて昏倒する2人の賊。そこへ、残った3人目の賊が短剣を振り下ろした。
ゴローは手に持ったナイフでそれを受ける。……ナイフの刃を握りしめて。
ナイフの刃で指が切れるのも構わずに、ゴローが短剣を受けたと思ったのだろう。
普通のナイフくらいでゴローやサナの指が傷つくはずはないのだが。
「な、なんて受け方しやがる!?」
思わず驚きの声を漏らした3人目の男の土手っ腹に前蹴り、通称『ヤクザキック』を放った。
「ごぁっ」
「あ」
思わず放った蹴りが少々強すぎたようで、喰らった男は店の壁に叩き付けられ、そのままずるずると床までずり落ち、気絶した。
「さて、奥へ行った奴らを追わないと」
この時点でゴローは、普通の人間がまるっきり相手にならないことを知った。
サナとの訓練に比べたら、台風とそよ風、激流と小川、いやそれ以上に差があった。
(でも、油断大敵だよな)
物語でも、弱点を突かれて負けたり、能力の相性でやられたりという話があるからなあ、とまたもや謎知識の教えを受けつつ、慎重に奥へ進むゴローだった。
* * *
「くそっ! 貴様ら、盗賊か!」
奥では明かりが灯され、雇われの警備員が3人を相手取って戦っていた。既に店の者は起きて、2階へ避難している。
外への通路は盗賊に遮断されてしまっていたのだ。
警備員はそこそこ腕が立つようだったが、さすがに狭い室内、そして3人相手ということでかなりの劣勢。次第に手傷を負いつつあった。
しかし同時に、狭い室内なので3人が同時に掛かってくることはなく、その点では助かっていたと言えよう。
とはいえ、3人のうち2人が、入れ替わり立ち替わり襲ってくるので、結局3人を相手取っているのとそう変わらない。
今、警備員が戦っているのは廊下。背後には店の者たちが避難した2階への階段がある。
ここを退いてしまうと、雇い主たちが危険に晒されることになる。それで警備員は、後退することなく戦っているのであった。
そして間の悪いことに、警備員が使っている武器は『棒』。
剣と違い、刃筋を立てずとも効果のある武器だが、それ自体の威力は低め。つまり、決定打に欠けるのだ。
急所に突きを入れない限り、一撃で気絶させるようなことはできない。
(せめて、1人だけでも行動不能にできれば……)
が、それは今のところかなわなかった。
いや。
「ぎゃふっ!」
「!!?」
遠くにいた賊が突然気絶した。
それに気を取られ、残る2人の反応が僅かに遅れる。
「今だっ!」
警備員は手にした棒を全力で振るった。
その勢いは、相手が手にした剣をはじき飛ばし、頭部へ痛烈な一撃を加えることに成功。なんとか賊の1人を昏倒させることができた。
「これで、あと1人……!?」
その『もう1人』は、ゴローの足下に這いつくばっていたのであった。
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次回更新は9月15日(日)14:00の予定です。