12-12 救命用具
さまざまな検証の結果、わかったこと。
それは……。
「ゴローの魔力でしか制御できない。それは、『緑に光る石』を与えられたのがゴローだったから……としか思えないんだよね」
「あの、マリーは?」
「マリーはゴローの魔力で顕現しているから、ゴローの魔力を持っている、もしくは近しいと言っていいからじゃないかねえ?」
「ああ、そういうことですか」
とりあえず、知りたいことはわかったということになる。
この日は、そうした前提での検討を進めることになった。
「そうすると、この『浮く円盤』をどう扱うかだねえ」
改めて仕切り直すハカセ。
「飛行船には、ゴローの魔力を使って制御系を作れば?」
「うーん、サナの言う方法が一番だろうねえ」
「できれば2系統準備して、万が一に備えておくといいのではないでしょうか」
「お、ヴェル、いいねえ、それ。安全性は大事だよ」
と、このようにして仕様が次々に決まっていく。
「そうすると問題は献上品の飛行船かねえ」
「そうですね……」
「あたしたちのものより一回り大きくして、飾り付けも豪華にする必要があるかねえ?」
「いえ、それよりも、どうやって浮かすんですか?」
『竜の骨』を使った『浮く円盤』を使うわけにはいかないだろうとゴローは言った。
「そこは、『亜竜』素材をふんだんに使えばいいのではないでしょうか?」
「うん、ゴローの言うとおりだね。『竜の骨』という上位互換の素材があるんだから、全部使う……とまではいかずとも、8割くらいの在庫を使うつもりで進めればいいんじゃないかねえ」
「そうですね、ハカセ」
「……先に我々の機体を完成させてしまえば、『亜竜』の素材を採りに行くのは、きっと、簡単」
「サナの言うとおりですよ」
「そうだねえ……その線で行こうかね」
大体の方針は決まった。
これ以上はアーレン・ブルーが戻ってきてから、になる。
その日はもうこれでお開きにして、皆床に就いたのだった。
* * *
「まあまあ方向性が見えてきたのはよかったよ」
翌日の朝食後、お茶を飲みながらハカセが言った。
「晴れていれば今夜、アーレンを呼びに行ってきます」
この日も晴れており、放射冷却が効いて外気温は氷点下に下がっていた。
そんな気温でも『クー・シー』のポチは元気で、ゴローが外に出ると凍った雪面を滑りもせずに駆け寄ってきた。
「わふわふ」
「ポチは元気だな」
「わふ」
撫でてやると嬉しそうに巻き尻尾を振るポチ。
しばらくして撫でるのをやめると、ポチはゴローの周りをぐるぐると巡ってから茂みの奥へと消えていった。
「うーん、また少し大きくなったような気がするな……ま、いいや」
ゴローはその足で『水の妖精』のクレーネーがいる池を訪ねた。
氷点下の気温でも、池は全く凍っていなかった。
「クレーネー、いるかい?」
「はいですの」
池からクレーネーが顔を見せた。
彼女もまた、なんとなく『存在感』がましたような気がする、とゴローは思った。
「今日もお水ですの?」
「うん、1リルくらいでいいよ」
ゴローは手にした水瓶を差し出し、クレーネーはそこに水を満たした。
「ありがとう」
そう言って去ろうとしたゴローを、珍しいことにクレーネーが呼び止めた。
「あの、ゴロー様」
「うん? 何だい?」
「ええと、お願いがあるんですの」
「何だろう? 言ってみてくれ」
「はいですの。……あの、池をもう少し深くしてもいいですの?」
「深く……か。今の倍くらいかな?」
「はい、そのくらいですの」
「いいと思うよ。自分でできるのかい?」
「はいですの」
今の池の最深部は3メルくらいの深さだったかな、とゴローは思い出してみた。
倍だと6メル。かなりの深さだが、『水の妖精』として格が上がったクレーネーがそうしたいと言うなら、止める理由はない。
「ハカセには言っておくから、やっていいよ」
「ありがとうですの」
そう言ってクレーネーは水底へと姿を消し、ゴローは事後承諾をもらうために研究所へと戻ったのである。
* * *
「ふうん、クレーネーがねえ……池の件は全く問題ないよ」
「ありがとうございます」
ゴローの予想どおり、ハカセは簡単に許してくれた。
「しかし、クレーネーも成長してるんだねえ」
『癒やしの水』を飲みながらハカセはしみじみと呟いた。
「ポチも大きくなっているっていうし、マリーも力が強くなっているらしいし」
「そうですね」
「……何ていうか、ゴローと一緒にいると飽きないねえ」
そう言ってハカセは笑ったのだった。
* * *
さて、そういうわけで、ハカセは『ゴローの魔力』を使った制御装置の研究を始めた。
「ゴロー、この制御系の発信部分だけはあんたが作っておくれ。そうすれば多分全体の制御もできるはずだから」
「はい、わかりました。……これでいいですか?」
「うん、上等上等。あとは、これをこうしてやれば……」
ハカセにとって、これは別に難しくもないようで、30分ほどで手のひらに乗るほど小さいものを作り上げたのである。
「これを使えば、あの『浮かぶベスト』を着て飛べるんですか?」
「そうなるよ。あとはこれをベストに組み込んで……」
こちらは少々時間が掛かり、1時間ほどでベストの改造は完了した。
「これで飛べるんですか?」
「飛ぶ、というより浮かぶ、だね。さて、実験は……ゴロー以外の誰かに着てもらうとしようかね……サナがいいね」
「はい、ハカセ」
ハカセはサナにベストを着せた。
「このままでは飛ばないけどね、このダイヤルをゆっくり回してみておくれ」
「はい」
ベストの右側、ウエスト部分に付いているダイヤルを、サナはゆっくりと回していく。
すると……。
「おお、浮かんだ浮かんだ」
「成功ですね、ハカセ」
サナはゆっくりと浮かび始め、天井へ。
そしてダイヤルを逆に回すことでまた床まで下りてくることができた。
「よしよし、成功だね。サナ、気が付いたことは?」
「ベストをもう少し身体にフィットさせないと、浮き上がった時に、きつい」
「ああ、そうか、そうだろうねえ」
ベストが浮かぶのであって身体が浮かぶわけではないわけで、要するに脇の下が痛くなるというわけである。
その点は、着ているのが『人造生命』のサナでよかったといえよう。
ヴェルシアの時はベストの腰から上の背中全体が天井に張り付いていたため、肩、胸部、腹部と、ベストの前面で支えていたのでさほど痛がらなかったようだ。
「そうすると、装着ベルトのようなものを付けて身体にフィットさせればいいかねえ」
「あ、いいと思います」
「じゃあ追加してみよう。ヴェル、ティルダ、手伝っておくれ」
「はい!」
「はいなのです」
そうした裁縫関連のスキルはティルダとヴェルシアも持っており、ハカセの指示でベルトを取り付けていった。
ベルトのバックルのような留め具で6箇所締めることで身体にぴったりとフィットさせるわけだ。
バックルで締め具合は調整できるので、ある程度の体格差は対応できる。
ハカセ、サナ、ヴェルシアは身長160セル弱なので大丈夫。
が、ドワーフであるティルダは140セルもないので別誂えになる。
ゴロー、ルナール、アーレンらは170セル強ということで同サイズでいける。
つまり大・中・小、あるいはL・M・Sの3種類を用意すればいいというわけだ。
留め具でフィットさせた『ベスト』は、ヴェルシアとハカセにも着ることができたので、他のサイズも作ることにしたハカセたちであった。
* * *
「ところで、このベストの名前はどうします?」
「『飛行ベスト』?」
「いや、飛んでないからねえ。浮かんでいるだけだから」
あくまでも飛行機に乗った際の救命用具だから、とハカセは言った。
「じゃあ、『浮上ベスト』?」
「それもどうかねえ……」
「じゃあ『浮上』じゃなく『浮遊』にする?」
「『浮遊ベスト』かい……少しはマシかねえ」
というわけで、この『救命用具』は『浮遊ベスト』と命名されたのであった。
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次回更新は3月21日(木)14:00の予定です。