12-11 検証、検証、また検証
プリンを食べた後、夕食までと言ってハカセはまた研究室に籠もった。
ゴローは、雪が止んだので、出入り口周辺の雪かきをしに外へ。
除雪してもまた雪が降れば積もっていくので何度も行うのは手間だが、大量に積もってしまうと余計に手間が掛かってしまうのだ。
「凍ってるところもあるなあ……あまり放置しておくと、『レイブン改』も飛び立てなくなりそうだ」
飛行機の倉庫前も雪を除けておくゴロー。
『強化』を使って身体能力を強化したので、30分で除雪は完了した。
除雪用のスコップを片付けたゴローが中に戻ると、研究室から悲鳴が聞こえた。
「ハカセ!? いや、あれはヴェルシアか!?」
大急ぎで駆けつけるゴロー。
サナもほぼ同時に研究室へ。
「ハカセ!」
「ヴェルシア!」
2人が中へ飛び込むと、珍しくおろおろするハカセがいた。
「ハカセ、いったい何が!?」
とゴローが尋ねると、ハカセは天井を指差した。
「!?」
「……ゴローさん、助けてください……」
そこには、天井に張り付いている(ように見える)ヴェルシアがいた。
「い、いったい何が?」
そこへフランクも戻ってきた。
「ハカセ、実験はお待ち下さいと申し上げましたのに」
「ああ、わかったから、ヴェルを下ろしてやっておくれ!」
「そ、そうですね」
換気の関係もあり、研究室の天井は高い。およそ4メルくらいである。
その天井に、ヴェルシアは張り付いていた。
よく見ると、ベストのような胸当てのような『何か』を着ており、その部分が天井にくっついているように見えた。
研究中は普段からツナギに近い服装なので、スカートではないから、下から見上げても問題がないのが救いである……。
「……見たところ、そのベストみたいな服が浮いているのかな?」
「はい……」
「そうなんだよ。前に、サナに言われた、個人用の安全装備というか……」
「ああ、万が一、飛行機が墜落しても大丈夫な」
「そうそう、それさ」
で、ベストに『浮く円盤』の機能を持たせたら天井に張り付いてしまったということらしい。
「まずは、そのベスト……? を脱げばいいんじゃないのか?」
「そうすると落っこちます!」
「あ、そうか」
ゴローやサナならいざしらず、普通の人間であるヴェルシアは4メルの高さから飛び降りるにはちょっと無理があった。
「ハカセ、脚立を持ってきました」
フランクが気を利かせ、天井まで届く脚立を運んできた。
「よし」
ゴローは脚立を上り、ヴェルシアの身体を支えた。
「これでベストを脱いでも大丈夫だ」
「は、はい……」
ヴェルシアはおそるおそるベストを脱ぐ。
といっても肩から背中にかけて天井にへばりついているので、脱ぎにくそうだ。
やっとの思いで右腕を抜き、ようやく脚立の上に立つことができた。
「ふう……助かりました」
「ベストは回収しておくから」
「はい、お願いします」
ヴェルシアが脚立を下りたところで、ゴローはもう2段上り、天井に張り付いているベストに手を掛けた。
「お、意外と上昇力が強い」
ゴローの全体重でもびくともしない。
ハカセはどれだけの『浮く円盤』をこれに使ったんだ……と思いながらゴローは、
「もうちょっと上昇力が弱ければよかったのに……」
と呟いた。
と、その時。
「おわっ!?」
急にベストが天井から剥がれた(正確には貼り付いていたわけではないが)のである。
さすがのゴローもバランスを崩し、危うく脚立から落ちるところであった。
「……何だ、このベスト?」
ベストを手にしたゴローは、それが『浮く力』を発揮していないことに気が付いた。
「あれ? ハカセ、このベスト、浮きませんよ?」
「え? そんなはずはないけどねえ」
「いや、それはわかってます。今の今まで浮いていたんですから」
「うーん……ゴロー、何かしたのかい?」
「いや、何もしてませんよ。というかできませんよ……ただ、『もうちょっと上昇力が弱ければよかったのに』、って思っただけで……」
「『思った』……ふうむ…………ゴロー、『浮かべ』って思ってみておくれでないかい?」
「え? はい……『浮かべ』……わ、わわっ!」
ゴローが手にしていたベストは、いきなり浮き上がって天井に張り付いたのである。
「ハ、ハカセ……」
「うーむ……こりゃ、大発見かもねえ……。ゴロー、もう一度そのベストを手にして、『浮かぶな』とか何とか思ってみておくれ」
「はい」
そこでゴローはハカセの指示どおり、脚立に上ってベストに触れ、『浮かぶな』と念じる……すると。
「……ハカセ、浮かなくなりました」
「ううん、なるほどねえ! これがどういう現象なのか、よーっく考えてみないといけないねえ」
* * *
ハカセが検証しようと考えた項目は以下のとおり。
1.ゴロー以外の者の『思考』あるいは『命令』でも『ベスト』は浮いたり浮かなくなったりするのか。
2.ゴローの『言うことを聞く』のはベストだけなのか。
2.1 ベストだけがゴローの言うことを聞くとしたら、それはなぜなのか。
2.2 ベスト以外にもゴローの言うことを聞くものがあるなら、それは何と何なのか。
3.ゴローの言うことを聞くには何か条件があるのか。
「まずは、これだけを検証してみようかねえ」
研究室ではなく、使っていない小部屋で実験を行うことにする。
それは、天井が低い方が浮かび上がって張り付いたベストもしくは試験片を回収しやすいからである。
「それじゃあ、実験を始めようかねえ」
部屋には研究所にいる全員が集まっている。『屋敷妖精』であるマリーの『分体』もだ。
「まずはサナ、このベストを手に持って、『浮かべ』と念じてくれるかい?」
「うん」
ハカセからベストを受け取ったサナは、『浮かべ』と念じてみた。
だが。
「ハカセ、浮かない」
「みたいだねえ。……ヴェル、試してみておくれ」
「は、はい……」
先程天井に張り付いた体験から、警戒しながらベストを手にするヴェルシア。
そして念じてみるが……。
「浮きません」
「だねえ。……ルナール、頼むよ」
「はい」
そしてルナールが念じてもベストは浮かぶことはなかった。
「ゴロー、ちょっと試してみておくれ」
「はい」
ベストに『浮かぶ』機能がなくなった可能性もあるので、途中で検証してみる。
「あ、浮きました」
そしてゴローはすぐに『浮かぶな』と念じ、浮かばない状態に戻す。
「うーん、浮かなくなったわけじゃないねえ。……なんとなくわかってきたけど、念のため、ティルダ、試してみておくれ」
「はいなのです」
結果。
「……浮かなかったのです」
「うーん、それじゃあ最後、マリー、頼むよ」
「はい」
マリーの『分体』はベストを手にし……。
「おおお? う、浮いたよ!?」
ベストは天井まで昇っていったのである。
「うーん……ゴローとマリーの言うことを聞く……のかい……」
「あの、ハカセは?」
「あたしは最初にやってみたさ。駄目だったよ」
「そうですか……」
とにかくこれで『1』の検証は終わったわけだ。
次は『2』である。
『ゴローの『言うことを聞く』のはベストだけなのか』。
「じゃあゴロー、この『浮く円盤』で同じことをやってみておくれ」
「はい」
重りにくくりつけて浮かなくしておいた『浮く円盤』の1つをゴローは受け取り、『浮くな』と念じた。
「おお、浮かなくなったねえ。……また浮かせられるかい?」
「はい」
ゴローが『浮かべ』と念じると、円盤はまた浮かぶようになった。
「うーん……それじゃあ2.2だねえ……『ベスト以外にもゴローの言うことを聞くものがあるなら、それは何と何なのか』だよ」
少しずつ、謎のベールが剥がされていく……。
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次回更新は3月14日(木)14:00の予定です。