12-09 『浮く力』
『充填された『魔力庫』の中身に『AETHER』の性質を付加』。
この研究が進めば、大空への夢がさらに広がることになるだろう。
「ということで、できたみたいだよ」
翌朝、ハカセは朝食の場でゴローたち皆に報告した。
「え、もうですか?」
「まさか、徹夜したんですか、ハカセ?」
ゴローが顔を顰めた。
「しないしない。……実験の手配をして、あとはフランクに見守っていてもらったのさね」
「フランクに……そうですか」
ほっとするゴロー。
ハカセの健康は、彼らにとって最重要事項なのだ。
「……で、どんな結果が?」
今度はサナからの質問。
「うん、超小型の『魔力庫』を用意して、そこに『緑に光る石』を触れさせておいたのさ。で、一晩放置してどうなるかをフランクに見届けてもらったというわけだよ」
「ああ、それならいいですね。……で、結果は?」
「うん、大成功さ。フランクによると、だいたい5時間で『魔力庫』の中身は『AETHER』の性質を帯びた『マナ』になったみたいで、天井まで浮かんでそこに張り付いているよ」
「浮く力はどうなんでしょう?」
「それなんだけどね、フランクによると、100キム近くの浮力があるみたいだよ」
「100キム……!」
「それは凄いですね!」
皆、大喜びだ。
同じものを10個用意すれば1トムの物を持ち上げられることになる。
ここでヴェルシアが疑問を口にした。
「……あの、その超小型の『魔力庫』ってどのくらいの大きさなんですか?」
「気になるだろうねえ。大体この壺くらいさ」
ハカセが指し示したのは食卓上に置かれた、漬物の入った壺。
直径10セル、高さも10セルくらいである。
その大きさで100キムを持ち上げるというのはすごい。
「あとハカセ、『魔力庫』の向きは影響しませんよね?」
「お、ゴロー、いい質問だね。そのとおりだよ。『上へ』向かう力は、容器の向きに影響を受けないみたいだねえ」
つまり、これを積んだ航空機は、どんな姿勢になっても『上へ』昇るわけだ。
「あとは、この効果が永続的かどうかだよね」
「容器の密閉度を上げないといけませんね」
「だろうねえ……」
今使っているのは『魔力庫』なので、『マナ』や『オド』が導線を通じて出入りするわけだ。
この導線をなくしても、少しずつ漏れ出てしまいそうだということが想像できた。
「漏れ出さないようにするいい方法……何かないですかねえ」
「いい方法か……難しいねえ」
「そもそも『マナ』や『オド』を充填しなければならないんですからねえ」
「充填するためには入り口が必要だからね……」
皆で知恵を出し合って考えていく。
「あの……これは素人考えなんですけど」
珍しく、狐獣人のルナールが意見を口にした。
「この前集めてきた……『竜の骨』は使えないんですか?」
「え……ああ、そうか……! ……うん、使えるかもしれないねえ!」
『魔力庫』の封印のことばかり考えて、そっち方面には考えが及ばなかったとハカセは苦笑した。
「さっそくやってみようかね。……ゴロー、手伝っておくれ」
「はい」
『竜の骨』をカットするには、ゴローの持つナイフが便利である。
「使いやすくするなら、円盤状に切ってみようかね」
「わかりました」
直径が6セルくらいの骨を、厚さ1セルくらいにカット。
円盤状で、分厚いコースターのようだ。
「これって、このまま『AETHER』の性質を付与できるかねえ……」
「やってみてくださいよ」
やり方は簡単。『緑に光る石』をカットした円盤の上に載せてみる。
「さあ、どうなるかねえ」
「『AETHER』が見えるといいんですけどね」
「そういう道具を考えてみたいねえ」
そんなことを言っている間に、円盤が動き出した。
「おや」
「あ、軽くなった……というか、浮くようになったみたいですね」
「ゴロー、ちょっと押さえていておくれ」
「はい」
ハカセは10キムの重りを用意し、円盤に縛り付けた。
「これでもう一度『緑に光る石』を載せて、と」
「あ、もう浮き始めましたよ?」
「早いね……『竜の骨』は効率がいいのかねえ?」
5分ほどで10キムの重りを持ち上げるほどになっている。
ハカセはそれに紐をつけ、さらに10キムの重りにくくりつけた。
さすがに20キムを持ち上げる力はないようで、風船のように浮いている。
10キムの重りが浮いているのはシュールな光景である。
「今はこのくらいでやめておこうかね」
これで様子を見て、時間が経って浮く力がなくなるようなら『竜の骨』も今ひとつ、ということになるわけだ。
「ついでに『亜竜の骨』でも試してみようかねえ」
「あ、いいですね、それ」
そういうことになり、同じような過程を経て、10キムの重りがもう1つふわふわ浮き上がることになった。
「あとは様子見だね」
「ですね。……あ、マリーにもちょっと見てもらいましょうよ」
「おお、そうだねえ」
ゴローはマリー(の『分体』)を呼んで、この光景を見てもらった。
「……すごい眺めですね」
マリー(の『分体』)も驚く眺めのようだ。
「ええと、どちらからも、魔力も『AETHER』も漏れていないようですけど」
「お、そうかい。ありがとうよ、マリー」
「マリー、ありがとう」
「いえ、いつでもお呼びください」
兎にも角にも、『竜の骨』と『亜竜の骨』は、それ自体が『AETHER』の性質を帯びることがわかったのである。
「あとは、『AETHER』の性質がなくならないならいいんだけどねえ」
「ですね、ハカセ」
「……でも、降りる時はどうするの?」
「え?」
いつの間にかサナがやって来ており、疑問を口にしたのだった。
「降下か……」
「あまり強力な上昇力があったら、降りて来られませんね」
「中の魔力を抜いてしまえばいいんだろうけど、さすがにもったいないねえ」
「浮力を遮断することってできませんかね?」
「遮断かい……」
さすがのハカセも、できるともできないとも口にしなかった。
この件は要研究ということなのだろう、と、ゴローとサナは研究室をそっと後にした。
「助手としてはフランクがいるから大丈夫だろう」
「うん」
* * *
そして昼食時。
なかなかハカセがやってこないので、ゴローは研究室へ様子を見に行った。
すると……。
「ああ、ちょうどよかった。ゴロー、手伝っておくれ」
天井にひっついた円盤を取ろうと、作業台の上に上ろうとしているハカセがいた。
「危ないですから、俺がやりますよ」
「頼むよ、ゴロー」
ゴローは『空気の壁』を使い、空気の踏み台を作って天井へと手を伸ばし、円盤を手に取ったのだった。
その時にふと思い付く。
「ハカセ、『AETHER』の効果を遮断する方法、何かありましたか?」
「うーん、思いつかなかったねえ……」
「そうですか。……あの、空気をなくしたらどうなりますかね?」
『AETHER』が、天空の上方にあるとされた、澄み渡った輝く大気のことだとしたら、その『大気』がない場所ではどうなるのか、とゴローは思ったのである。
「なるほどねえ。……やってみる価値はあるね。まずは……」
「あ、その前に、お昼ごはんです」
実験を始めようとしたハカセを現実へと連れ戻すゴロー。
「ああ、そうか、もうそんな時間かい」
「はい」
渋々ながら、ゴローと一緒に食堂へと向かうハカセであった。
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次回更新は2月29日(木)14:00の予定です。