12-08 触媒
「なんだって? 『風の精』に会ったのかい!?」
「はい」
「うーん、あんたたちは精霊に好かれるんだねえ……」
『火の精』、『地の精』ときて、『風の精』である。
「それで?」
「はい、実は……」
ゴローは、『風の精』が語った、『『亜竜』の翼膜なんかなくても大丈夫。『***』を解明なさい』という言葉をハカセに伝えた。
そして別れ際にもらった『緑に光る石』をハカセに見せたのである。
「これは……」
「ハカセ、何だかわかりますか? ペリドットみたいにも見えますけど」
「いやいや、ペリドットじゃないよ。……もしかして『風属性』の『AETHER』に何か関係が……?」
「『AETHER』ですか……? それって、どういうものなんです?」
「天空の上方にあるとされた、澄み渡った輝く大気のことさね。……そして、それが持つ『力』のこともそう呼ぶのさ」
「そうなんですね」
「……で、AETHERは上へ上へと昇ろうとする性質があるという話なんだよ」
「え……そうすると……」
「うん、『風の精』が『亜竜』の翼膜なんかなくても、『AETHER』を解明しなさいと言ってたそうだけど、このことだろうねえ」
『AETHER』の性質を使えば、『浮く』ことができそうだ、とハカセは言った。
「『AETHER』って、いったい何なのですか?」
「うーん、難しい質問だねえ。……まず、『エーテル』というものがあってね。この『エーテル』は天体を構成する元素で、気体状のものが気脈に流れているんだよ」
「はい」
「液体化したエーテルの1つが『エリクシル』だって、以前聞いただろう?」
「そうでしたね」
そして固体化した『エーテル』の1つのあり方が、ゴローやサナの持つ『哲学者の石』だ、ということであった。
「そして『AETHER』というのは、さっきも言ったとおり、天空の上方にあるとされた、澄み渡った輝く大気のことなんだよ」
「はい、『AETHER』は上へ昇ろうとする性質があるんでしたね。つまり『AETHER』は、『エーテルの上澄み』でしょうか?」
「うんうん、近いかもしれないねえ」
空気に例えると、『エーテル』は窒素80パーセント酸素20パーセントの標準的な大気で、『AETHER』は水素とかヘリウムになるのかもしれない……とゴローは想像してみた。
「で、『飛行船』の外被に『AETHER』を満たすと、浮力が生じるんじゃないかというわけさね」
「ああ、なるほど……で、その『AETHER』はどうするんですか?」
「さあ、そこだよ」
この『緑に光る石』の『風属性のAETHER』をどうやって利用すればいいのかがわからない、とハカセは言った。
「溶かして何かに混ぜる? それとも砕いて何かに混ぜる?」
「石は小さいですから、試してみるわけにもいきませんしね」
「そうなんだよ」
「……あ、マリーの『分体』に聞いてみたらどうでしょう」
「ああ、それはいいかもねえ」
以前、王都の屋敷でもマリーには『エーテル』や『龍脈』について教えてもらっていたのである。
「マリー、いるかい?」
「はい、ゴロー様」
ゴローが呼ぶと、マリーの『分体』が現れた。
「ちょっと聞きたいんだが……」
ゴローは『AETHER』の利用について知っているか、とマリーの『分体』に尋ねた。
その際、『風の精』からもらった『緑に光る石』も見せている。
「少しだけでしたら、わかるかもしれません」
「ほうほう、教えておくれ」
「はい。……ええと、その石は『AETHER』の性質を持っていますから、近くにある『エーテル』を変化させられると思います」
「何だって?」
「その石に触れた『エーテル』は『AETHER』に近いものになるみたいです」
「それはいいことを聞いたねえ……」
「お役に立てましたか?」
「うん、参考になったよ」
「ありがとう、マリー」
ハカセとゴローはマリーに礼を言った。
「うんうん、なんとなくイメージが湧いてきたよ」
「よかったですね」
「……『エーテル』を変化させられるなら、『マナ』や『オド』はどうなんだろうねえ」
「どういうことですか?」
「『マナ』や『オド』は『エーテル』が変化したもの、という説があるんだよ」
「つまり、『エーテル』と似た性質があるというわけですか」
「そうそう」
ということで、ハカセは実験をしてみようと考えた。
「『魔力庫』に蓄えられた『マナ』で試してみようかね」
実験用の『魔力庫』を用意し、そこから取り出された魔力を『緑に光る石』に当ててみた。
すると。
「お? なんとなく、魔力が上へ向かうようになった気がするよ。ゴロー、サナ、どうだい?」
「そうですね、上へ向かう魔力……この場合は『マナ』ですね。マナが上へと流れていますよ」
「うん、感じる」
「そうかいそうかい。使い方の方向性はこれでいいみたいだね。次はこの『上へ向かうマナ』で浮くことができるかどうか、だね」
これは少し実験しづらい。
「うーん、どうやるのが一番わかりやすいかねえ……」
「ハカセ、『上へ向かうマナ』を溜め込んだ『魔力庫』の重さが軽くなるかどうかを調べたらどうでしょう?」
「おお、ゴロー、いいアイデアだね。それでやってみよう」
ということで、ゴローのアイデアが採用される。
通常、『魔力庫』の重さは、魔力充填前と後とで変わることはない。
基本的に魔力には重さはない(というか物理的な性質がない?)からだ。
しかし、『AETHER』の性質が付与された魔力は?
それを実験してみようというわけである。
「それじゃあ、この空の『魔力庫』に、ゴローの『哲学者の石』から『マナ』を充填してくれるかい? その際にはこの『緑に光る石』を手に持って充填してみておくれ」
「わかりました」
空の『魔力庫』を台秤に乗せた状態で実験を行うわけだ。
『魔力庫』の重さはおよそ5キム。
若干効率は悪いだろうが実験だから、とハカセは言い、ゴローは『哲学者の石』の稼働率を上げ、『マナ』を充填し始めた。
「ふんふん……おお、少し軽くなったよ……」
秤の目盛りを見ながらハカセは嬉しそうに言った。
「まだ10分の1も充填していないのにこれかい。これは期待できそうだね」
「そうみたいですね」
その間にも『魔力庫』には『マナ』が充填されていく。
半分くらいまで充填されたところで、秤の目盛りは0になった。
さらに充填していけば、当然……。
「おお、浮いたよ、ゴロー。もういいよ、ありがとう」
「はい、ハカセ」
ゴローは充填をやめた。だいたい充填率にして60パーセントくらいで重さが0になったということだった。
「多分、この『魔力庫』に充填された『マナ』の半分くらいは普通の状態で、もう半分くらいが『AETHER』の性質を付与された『マナ』だろうと思うんだよ」
この割合はざっと、であって4対6かもしれないし6対4かもしれない、とハカセは言った。
「それでもこれだけの浮力が生まれるんですね」
「そういうことだねえ」
ハカセは嬉しそうに言った。
「この『魔力庫』はありがたく実験に使わせてもらうよ、ゴロー」
「はい、お願いします」
「ああ、こりゃ楽しみだねえ」
ハカセは喜々として実験に取り掛かろうとした。
そこへサナが待ったをかける。
「ハカセ、ちょっとだけ待って」
「うん? どうしたね、サナ?」
「『緑に光る石』を確認しておいた方が、いいと思う」
使えば使うほど消耗してしまうのかどうかが気になる、とサナは言った。
「ああ、そうだねえ」
実験を繰り返すことで『緑に光る石』が消耗するとしたら気を付けなければならない。
「……どうだい、ゴロー?」
「……そうですね、小さくなった感じはしませんね」
「でも安心はできないね」
外見は元のままでも、『AETHER』としての性質が薄れてしまっていないかどうか。
これは、もう一度マリーの分体を呼んで、聞いてみることにした。
その結果は……。
「最初に見せていただいた時と、変わっていないようですけど」
「おお、そうかい! それはよかったよ」
『触媒』みたいな働きをするのかな、とゴローは想像してみた。
『触媒』は、それ自体は変化せずに、化学反応を促進する物質である。
この場合は化学的な反応ではなく魔力的な反応であるから、『魔導触媒』とでもいうべき働きをしているようであった。
「ハカセ、充填時に使うのではなく、充填された『魔力庫』の中身に『AETHER』の性質を付加できませんかね?」
「うーん、ゴローの言うようなことができると便利かもねえ」
「もちろん、付与に時間が掛かりすぎては駄目なんですが」
「まあそうだねえ。それも確認しようじゃないか」
そちらも併せて研究することになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月22日(木)14:00の予定です。
20240215 修正
(誤)「石は小さいですから、試してみるのわけにもいきませんしね」
(正)「石は小さいですから、試してみるわけにもいきませんしね」
(誤)「……あ、マリーの『分体に聞いてみたらどうでしょう」
(正)「……あ、マリーの『分体』に聞いてみたらどうでしょう」
(誤)空の『魔力庫』を台秤に乗せた状態で実感を行うわけだ。
(正)空の『魔力庫』を台秤に乗せた状態で実験を行うわけだ。