12-07 シルフ
「できたぞ」
「こちらもできました」
ゴローが作っていたのは『揚げドーナツ』、ルナールに任せていたのは『ラングドシャ』。
『揚げドーナツ』は、型がないのでリング状ではなく一口大になっている。
そのかわり、砂糖味と樹糖味の2種類がある。
ところで、『生』ドーナツというものもあるが、別に生なのではなくて(生ではただの練った小麦粉の塊)生のようにやわらかい、という意味だそうだ。
『ラングドシャ』は、小麦粉や卵白、砂糖、バターを混ぜて作った、軽い食感のクッキーである。
意味は『猫の舌』=ラングドシャ(Langue de chat)。
(英語で言えばタングオブキャット……一気に不味そうになったな……)
などと『謎知識』でセルフツッコミを入れたゴローは、とルナールと共に甘味を作っていったのである。
* * *
そして、根を詰めているハカセのところへ、ホットミルクとともに持っていく。
「ハカセ、ちょっと休憩してください」
「ああ、ゴローかい。……うん、美味しそうだね」
細かな作業をやっていたハカセに、手を拭くためのお絞りを渡すゴロー。
「ありがとうよ」
手を拭いたハカセは揚げドーナツを一つ口に。
ラングドシャは日持ちするので、まずは揚げドーナツから出していく。
「うん、こりゃおいしいねえ」
「考え疲れたときは甘いものがいいですから」
「うんうん、気遣いすまないねえ」
「ゴロー、これ、おいしい」
いつのまにかサナもやって来ていたりする。
「樹糖味は絶品だねえ。売れるよ、これ」
「王都に戻ったらマッツァ商会に相談してみましょうか……」
そんな話をしながら揚げドーナツを食べていく。
ティルダやヴェルシアも呼んだので、大皿に山盛りあった揚げドーナツは全部きれいになくなったのである。
「ごちそうさま」
「おいしかったのです」
「夕食は……ちょっと遅めにしましょうか」
「そうだねえ。ちょっと食べすぎた気もするよ……」
「私は、大丈夫、だけど」
「まあ、サナはなあ……」
そういうわけで、この日の夕食は1時間遅く食べることに決定。
それはそれとして。
「ハカセ、どうですか?」
「うん? 通信距離かい?」
「はい」
「そうだねえ……『竜の骨』を使うと、到達距離は3倍くらいに伸ばせると思うよ。でもねえ……」
まだ不十分だしねえ、とハカセは言った。
「どうせなら王都とやり取りしたいじゃないかね」
「それはそうですが」
「まあ、通信機としての性能をアップするのはいいんだけどねえ」
「でも、一応作っておいてくださいよ」
「わかったよ」
先日『カイラス山』へ行った時の通信機は10キルが限度だったが、今度は30キルくらい、これならより実用的と言えた。
『航空機』と『地上班』との通信なら実用的レベルである。
「それ以上の長距離は……今のところ難しいねえ……」
ハカセでも難しいとなると、もう1つ、何かブレイクスルーがないと難しいのかな、とゴローは思ったのだった。
* * *
1時間遅れの夕食の後、お茶を飲みながらゴローはハカセに質問をする。
「ハカセ、今回作ろうとしている『飛行船』ですが、普通の材料を使って作れますか?」
「普通の材料……つまり『竜の骨』を使わずに、という意味だね?」
「はい」
「うーん……作って作れないことはないだろうけど……同じ性能は出せないだろうね」
「そうでしょうね」
「せいぜいが、浮くのがやっと。速度も歩く程度じゃないかねえ」
「そんなに低いですか」
「そりゃあねえ……」
ゴローはがっくりと肩を落とした。
「なんだいゴロー、普通の素材でも作りたかったのかい?」
「ええ、まあ……といいますか、カムフラージュのためにですね……」
「え?」
ここでサナが察した。
「ああ、堂々と乗れるように」
「そうなんです」
今のままでは、『世界にただ1機』の飛行船ということになる。
それはそれでいいのだが、堂々と乗りたい、という思いもあるのだ。
「……今度作る機体を献上、というわけにはいかないものねえ」
「そうなんですよ」
「うーん……」
「浮く方はそこそこいけるかもねえ……」
機体(船体)をジュラルミンで作ることは可能だが、浮くための装置は『亜竜の翼膜』を利用することになるけどね、とハカセは言った。
「ええと、『魔導炉』は?」
「問題はそれなんだよ」
あれだけの大きさの船体を浮かすためには、手持ちの『亜竜の翼膜』を全部使うことになるだろう、とハカセは言った。
「そうすると、それ相当の魔力を消費するわけだ」
「ああ、出力が足りませんね」
「そうなんだよ」
「……」
行き詰まってしまった。
「まあ、もう少し考えてみようかね」
「お願いします」
とはいえ、その夜のうちにアイデアが閃くこともなく、渋るハカセを説得して皆床に就いたのは午後10時を過ぎた頃であった……。
* * *
翌日。
晴天である。
ゴローとサナは揃って研究所前に出る。
一面の銀世界。空には雲1つない。
研究所前で空を見上げたゴローは大きく背伸びをした。
「ピーカン、だな……」
「ゴロー、『ピーカン』って、なに」
ゴローの呟きをサナが聞きつけた。
「ピーカンってのは快晴のことさ」
「快晴、って?」
「空全体に雲が占める割合が1割以下の時だったかな」
「じゃあ、晴れは?」
「雲の割合……『全雲量』って言うんだが、全雲量が2から8割だな」
「意外と多い」
「俺もそう思うけど、『謎知識』がそう言ってる」
8割近くもあったら曇りじゃないか、とサナは言った。
当然、9割以上あったら『曇り』である。
「ふうん……で、『ピーカン』は?」
「ええと、『タバコ』っていう嗜好品の缶が紺色だったから、紺碧の空の色を『ピース缶』になぞらえて『ピーカン』と言った、という説や、太陽の光がピーンと届いてカンカン照りだから、とかいろいろ説があるみたいだ」
「……『タバコ』って、美味しいの?」
嗜好品、という単語に反応するサナ。
「いや。……こっちの世界にはないのかな? 乾燥した草の葉に火をつけて、その煙を吸うんだそうだ」
「煙くない?」
「それを含めて楽しむらしい」
「理解できない。甘くないなら、興味ない」
「はは、サナらしい」
『そうよね。わざわざ煙を吸うなんて、『人族』くらいのものだわ』
「……え?」
「……えっ?」
聞き慣れない声が聞こえたので、きょろきょろとあたりを見回すゴローとサナ。
するとくすくす、という含み笑いが聞こえ、
『ここよ、ここ。よーく見てちょうだい』
との声に、空を見上げると、半透明の少女が浮かんでいた。背中にはさらに薄い羽が2対。
『あ、やっぱり見えるんだ』
自分で見てみろ、と言ったのに、少女は少し驚いたような顔をした。
『やっぱりね。あなたたち2人は『人族』じゃないわけだし。1人は……元レイス? もう1人は……うーん、よくわかんないわね。ま、いいか』
半透明の少女は小首をかしげて微笑んだ。
「もしかして……『風の精』?」
『当たりよ。……んーと、サナちゃん?』
「あ、うん」
まさかの3人(3柱?)目の四大精霊、『風の精』であった。
『火と土の名残があったし、『竜』の気配もあったから、ちょっと立ち寄ったの。おかげであなたたちに出会えたわ』
『風の精』はにっこりと微笑んだ。
『あなたたちは空も飛んでいるみたいね。道具を使って、だけど』
「あ、はい」
『その心意気に免じて、1ついいことを教えてあげましょう』
「え? あ、是非、お願いします」
『あなたは……ゴローちゃん? ……いい? 『亜竜』の翼膜なんかなくても大丈夫。『***』を解明なさいな』
「えっ?」
『『AETHER』。……そうね、ヒントにこれを置いていくわ』
『風の精』は、緑色に光る何かを、ゴローに向かって投げた。
「ありがとうございます?」
『じゃあね。またどこかで、会いましょう』
『風の精』は、文字どおり風のように去って行ってしまった。
ゴローの手の中に残ったのは、親指くらいの大きさの、緑色に光る石。
ちょっと目には、先日見つかった『ペリドット』のようにも見えるが、もう少し明るい色をしていた。
「今、『風の精』がいたんだよな……?」
「うん……」
ゴローとサナは、ハカセたちに報告するため、研究所の中へと駆け込むのであった。
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次回更新は2月15日(木)14:00の予定です。