12-06 一息ついて
『飛行船』の設計は順調である。
『翼がいらない』とハカセは言っていたが、空気中での姿勢制御や方向転換に空力を併用するのは有効なので、小さな翼を取り付けることにした。
風防も当然『竜の骨』を『火の精』……の『分体』であるピュールの炎で融かしたもの。
一度高温にすればするほど透明度が増すことがわかったので、そうした処理をした『竜の骨』を窓として使っている。
「食料庫は大きめに」
「座り心地、寝心地のいいシートも」
などは当然として、『探照灯』『霧の中用窓』(霧の中ゴーグルの応用)『トウガラシ液噴霧器』なども装備。
その日の夜には、設計は終了したのである。
* * *
「それじゃあ今夜、アーレンたちを送ってきます」
「雪もやんでいるしねえ、気を付けて行っておいで」
「はい、ハカセ」
使うのは『レイブン改2』。
こちらも『竜の骨』を使って強化済みである。
1.5倍くらいの性能になっているので、王都までの往復も楽々だ。
午後7時に研究所を出て、午後8時には王都に着いてしまった。
王都の屋敷に『レイブン改2』は着陸。
アーレンとラーナは、ここから徒歩で工房に帰るのだ。
「5日くらいしたら迎えに来てください」
と、アーレン・ブルー。
「わかった。……天気の都合で一日二日遅れるかもしれないが」
「わかりました」
「ゴローさん、サナさん、それでは、また」
「うん、少しゆっくりしてくるといい。……無理かもしれないが」
「あはは……それじゃ」
そして2人はブルー工房へと帰っていったのである。
* * *
「さて、俺たちも……」
「ゴロー、待って。お砂糖、積んでいこう」
「……そうだな」
帰ろうとしたゴローを、サナが引き止めた。
そして積み込まれる砂糖と小麦粉、調味料、食料。
ついでにサンルームの様子をマリーに聞くと、
「トウガラシが生り始めました」
とのことだった。
見れば、もう青い小さなトウガラシができてきている。
「あと半月で最初の収穫ができると思います」
「それじゃあ頼むよ」
「はい、お任せください」
トウガラシについてはこれでよし。
「フロロはもう休眠かな?」
「はい。よほどのことがない限り起こさないで、ということでした」
「わかった。……王都の騒動は?」
「もう沈静化したようです。日常が戻ってきています」
「そうか、よかった」
そして最後はマリーのこと。
「マリーは大丈夫か?」
ゴローが遠く離れたままである上、『分体』も研究所に行きっぱなしなのである。
『存在』が弱くならなければいいが、とゴローは危惧していたのだ。
「はい、ゴロー様。全く問題ありません」
「それならいいが……これ、役に立つかな?」
ゴローは持ってきた『竜の骨』をマリーに見せた。
「ああ、何か強い力を感じると思いましたが、これでしたか。……はい、こちらがお屋敷の中にあれば、より力を振るえそうです」
「そっか。じゃあこれを置いていくよ」
「ありがとうございます」
『水の妖精』のクレーネーがレベルアップしたように、『屋敷妖精』のマリーにも効果があるのではないかと思い、小さく切った『竜の骨』を少量持ってきていたのである。
予想どおり、マリーの役に立ちそうで、ゴローはほっとした。
「ゴロー、支度、できた?」
「ああ、サナ。そっちは?」
「うん、大丈夫」
「よし」
時刻はまだ午後9時。今の『レイブン改2』なら1時間弱で研究室に着ける。
「それじゃあマリー、屋敷のことは頼むな」
「はい、お任せください。……ゴロー様、サナ様、お気をつけて」
そしてゴローとサナは研究所へ戻ったのである。
* * *
「おかえり、ゴロー、サナ」
時刻は午後10時、ハカセもまだ起きていて2人を待っていた。
「屋敷の方は変わりなかったかい?」
「はい、大丈夫でした」
「それはよかったよ」
一同は食堂へ移動。説明した。
蜂蜜をいれたホットミルクを飲みながら、ゴローは王都での様子を語る。
エルフの国を発端とした騒動も沈静化し、王都は静かになっているようだった、とゴローは説明。
「それなら安心だねえ。……エルフの騒動はエルフの国だけで収めてほしいよ、まったく」
苦笑するハカセ。ゴローも同感である。
少なくとも周辺国家に迷惑をかけてはいけないだろう、と。
そしてホットミルクを飲み干した彼らは、それぞれ床に就いたのであった。
* * *
翌日の朝食後、ハカセが1つの提案を口にした。
「今度作ろうという『飛行船』だけどね」
「はい」
「これを作るには、今の工房はちょっと手狭だよねえ」
全長10メートルの飛行船を収容するには少々……いや、確実につっかえてしまいそうだ。
「ですね」
「場所はあるから、拡張しようかねえ」
「それがいいですね」
「船体の組み立てはアーレンが戻ってきてからとして、そうした準備は進めないとねえ」
ということで、『ALOUETTE』を組み上げた工房の、奥行きと天井を拡張することになったのである。
* * *
工房の拡張は、パワーアップしたフランクによって、1日で終了。
この時、思わぬ拾い物があった。
拡張のために岩壁を崩したのだが、その際に『ペリドット』の原石がいくつか見つかったのである。
「玄武岩だからありえるわけか」
ゴローの『謎知識』はそう言っていた。
ペリドットは鉱物名を『かんらん石』という(かんらんは橄欖と書きオリーブの意)。
かんらん石は主に鉄・マグネシウムを含む火成岩に含まれることが多い。
今回採れたのは美しい緑色のもので、磨けば宝石となるだろう。
とはいえ、大量に採れたわけではない。
赤ん坊の拳より小さいものが3個だ。
「うーん、『捕獲岩』っぽいな」
『捕獲岩』とは地下深部で固まった岩石や鉱物をマグマが取り込んだもので、今回の例で言えば、研究所の一部を形作る玄武岩が地中深くでかんらん石を取り込み、地上近くへと上ってきて固まったものではないかとゴローの『謎知識』は推測したのである。
「きれいなのです」
ペリドットは流通の少ない宝石である。
というのも、なかなか大きな原石が見つからないため、アクセサリーの主役になれないからだ。
とはいえ、その爽やかなアップルグリーンを好む人もおり、隠れた人気の石とも言える。
特に、夜間照明でも色が変わらないので、ローマ人からは『夜会のエメラルド』と呼ばれていたという。
……別に、エメラルドが夜間に色が変わるわけではないのだが(アレキサンドライトと違って)。
「じゃあこれ、ティルダにまかせるよ」
「いいのです?」
「うん。ふさわしいカットをして、アクセサリーにしてやってくれ」
「わかりましたのです」
ペリドットについてはそういうことになった。
* * *
「さてハカセ、ちょっと思い付いたことがあるんですが」
「なんだい、ゴロー?」
「『竜の骨』で通信機をパワーアップできませんかね?」
「うん? ……ああ、いいねいいねえ。やってみる価値はあるよ!」
ハカセはそう言うと、研究室……通常の大きさのものを作る……へと向かっていったのである。
こういう時は任せておくのが一番いいことを知っているゴローは、台所へ行き、甘味を作ることにした。
「お手伝いさせてください」
「そうだな、じゃあ頼もうか」
ルナールが手伝いを申し出てくれたので遠慮なく用事を言いつけることにしたゴロー。
「それじゃあ卵を10個割って、白身と黄身を分けておいてくれ」
「わかりました」
その間にゴローは薄力粉、砂糖、重曹、ミルク、バターを用意する。
「できました」
「よし。それじゃあルナールは、ボウルにバターを入れて、泡立て器でクリーム状になるまで練ってくれ」
「はい」
ちなみに無塩バターである。
ゴローは卵黄に砂糖を入れ、混ぜていく。
そこにバターを入れ、さらに混ぜる。
「重曹をちょっと入れて……と」
なお、この重曹は、『重曹泉』の水から取ったものである。ベーキングパウダーがないので使っているのだ。
「ルナールは、そこに砂糖を入れて混ぜてから、卵白を何回かに分けて入れてよく混ぜてくれ」
「はい」
「そうしたら薄力粉を入れて混ぜるんだ」
ゴローも、指示を出しながら自分の作業を進めていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月8日(木)14:00の予定です。
20240508 修正
(誤)(かんらんはキャベツの意)
(正)(かんらんは橄欖と書きオリーブの意)
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