12-05 雪の日
『竜の骨』を使った工具・道具類の一新が終わり、ハカセは次の研究を考え始める。
アーレン・ブルーとラーナは、そろそろ王都の工房に帰らなければならないかなあと思い始めた。
ティルダは『竜の骨』でカメオっぽいものを作っている。
ヴェルシアは溜め込んだ薬草を加工し、薬を製作中。
ルナールはいつもどおり家事。
「また雪か……」
そう、研究所の外は雪で、外に出たくない天気なのである。
『エサソン』のミューも、落ち葉の奥に潜って冬ごもりのようだ。
『木の精』のルルも、葉を落とし、休眠中。
「わふわふ」
『クー・シー』のポチだけは元気に雪の中を駆けずり回っている。
「犬は喜び庭駆け回り、か……」
と、『謎知識』が何やら歌のフレーズを囁いていたりする。
「あとはクレーネーだが……おーい」
「はいですの、ゴロー様」
薄氷すら張っていない池から、『水の妖精』のクレーネーが現れた。
「あれ? また、レベルが上ったかい?」
存在感が増したような感じを受けたのだ。
「はいですの。……ゴロー様方が何か運んでいらしたと思ったら、力が湧いてくるようで」
「……『竜の骨』の影響かな?」
「『竜』ですの? ……ああ、そうかもしれませんですの」
どうやら『竜の骨』が帯びた残留魔力(?)のようなもののおかげでクレーネーはレベルアップしたらしい。
「まあ、何にせよいいことだ」
「ありがとうございますですの」
「……で、この池って、凍らないのか?」
「はいですの。今の私でしたら、よほど寒くない限り、凍らないと思いますですの」
「そうなのか……無理はするなよ?」
「大丈夫ですの。お心遣い、感謝しますですの」
「じゃあ、今日も『癒やしの水』を少し分けてくれ」
「はいですの」
そんなやり取りを経て、ゴローは2リルほどの『癒やしの水』をもらって帰ったのだった。
* * *
『癒やしの水』はハカセが飲むだけではなく、ヴェルシアが薬を製造するのにも役立っている。
これを使って抽出すると、効果が高まる上、保存性が格段によくなるのだ。
なので作れるときに作り置きしよう、ということが可能になる。
冷蔵庫に保管すれば、3年から5年はゆうに保つ。
「いざという時に役に立つといいですよね」
と言いながら、ヴェルシアは薬を作っていく。
ちなみに、作っている薬は……。
胃腸薬
解熱鎮痛薬
滋養強壮薬
トリコフィトン症治療薬
である。
* * *
そしてハカセは……。
「ゴロー、ちょっと相談にのっておくれ」
「はい?」
「空を飛ぶ、ということについて、意見が聞きたいんだよ」
……と、新たな航空機を考え始めていた。
「『竜の骨』を使えば、これまでは無理だと思っていたような形状の機体でも浮かすことができると思うのさね」
「そのとおりでしょうね」
「で、だよ?」
「はい」
「空を飛ぶ……というか、空中で移動する際に適した形状って、何だろうね?」
「ああ、そういうことですか……」
鳥は、浮かぶ・進むために『羽』を持っている。
飛行機は、揚力を発生するために『翼』がある。
気球は、浮力を発生するために『気嚢』が必要だ。
それぞれ、機能に応じた形状を持っている。
では、浮かぶために、大した苦労もせずに済むなら?
「うーん……『水滴型』でしょうかね」
「水滴? ああ、水の雫みたいな形ってことかい」
「はい。こんな形ですね」
ゴローは、ハカセが用意していたメモ用紙にイメージスケッチを描いてみせた。
『水滴』は、実際には球形に近い。
それは水が持つ『表面張力』のため、自由落下の状態だと『表面積が最小』である球形になるからだ。
それがどういうわけか『水滴型』あるいは『涙滴型』といえば半球に三角錐をくっつけたような形と認識されているわけだ。
そして、ゴローが描いてみせたのも、球形ではない方の水滴型に近い形状である。
現代日本の飛行船の気嚢によく似た形といえばおわかりいただけるであろうか。
ゴローが『謎知識』から得たデザインだ、と言うと、ハカセは頷いた。
「『飛行船』ねえ。空を飛ぶ船かい。いいじゃないか」
「まあ、それに似ている、というだけですけどね」
「でもいいさね。……外装は丈夫にできそうだし、空気抵抗も少なそうだねえ。水の上にも浮けそうな気がするよ」
「できるんじゃないでしょうか。もしかすると水中にも潜れるかも」
「それは面白いねえ!」
ハカセのやる気が一気に上がった瞬間であった。
「アーレン! ちょっと来ておくれ!」
ハカセは大声でアーレン・ブルーを呼んだ。
「ハカセ、何でしょう……?」
「ちょっとこれを見ておくれ」
「はい。ええと、これは?」
「ゴローが『謎知識』を参照して描いてくれた次世代の航空機さね。『飛行船』って言うらしいよ」
「へえ……!」
「基本はこういう形で、うまく作れば船にもなるし、水にも潜れるかもしれないんだよ」
「それは凄いですね! 作ってみたいなあ……」
アーレンも乗り気であった。
「だから、少なくとも設計図までは完成させてから王都に帰らないかい?」
「そうですね、そうします!」
アーレンとラーナが王都の工房に帰るのは、この『飛行船』の設計を終えてから、ということになったのである。
* * *
それからは、全員を巻き込んでの仕様決めになった。
「断面が円形ですと、中で頭がつかえるのは困りますから、直径は3メルから5メルくらいでしょうか」
「下3分の1くらいで床にして残り3分の2が居住空間にすれば、4メルくらいで?」
「床下は倉庫とか色々な機器を収めればいいでしょう」
「中で寝泊まりできるといいですね」
「簡単なキッチンも欲しいです」
「気密、水密をしっかりすれば超高空や水中にも行けると思いますよ」
「全長は直径の2.5倍から3倍くらいでしょうか」
「直径4メルなら10メル。まあそんなもんだろうねえ」
と、主に形状について(一部船内の希望もあったが)決まれば、次は機構類だ。
「……全部『竜の骨』で作るかい?」
「量的にはできると思います」
「そうすれば、外装そのものに『浮く』という効果を発揮させることができると思うよ」
「ああ、なるほど。翼がいらなくなりますね」
「そういうことさね。で、『浮く』向きを逆にすれば、水にも潜れるんじゃないかと思っているんだけどねえ」
「さすがハカセですね」
「透明にした素材で窓を作れば、外も見えるだろうしね」
「いいですねえ」
「推進器は『魔導ロケットエンジン』でいいね」
「ですね」
うまく使えば亜音速くらいは出せそうである。
いや、機体(船体)が『竜の骨』ならば超音速も夢ではない。
「あとは、安全に関してですが……」
忘れてはならないと、ゴローが提案した。
「墜落防止、だねえ」
「はい。……パラシュートを作る必要もあるかも」
「パラシュート?」
「はい。『落下傘』とも言って、一定の高さからならゆっくり下りられるんです」
「それも『謎知識』かい?」
「そうです」
「それじゃあ、それも候補に入れておこうかねえ」
他に非常用の装備のアイデアはないか、とハカセは言った。
「ハカセ、個人用の『飛行用具』って、作れない?」
サナがそんなことを言い出した。
「ほう……面白い考えだねえ」
「うん。長時間飛ぶ必要はなくて、非常時に安全に飛び降りることができるだけ、でいい」
「うーん……できそうだねえ」
ハカセなら、パラシュートよりそちらの方がうまくできそうである。
このような検討が行われ、『飛行船』の設計は進んでいく。
外では音もなく雪が降り積もっていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月1日(木)14:00の予定です。