01-28 警戒
夕食後、ティルダからゴローとサナに対し、正式に『シクトマへ一緒に行く』という宣言があった。
「ゴローさんが言ったように、この町にはちょっと馴染みにくい気がするのです。だからシクトマへ行って一旗揚げるのですよ!」
「おう、その意気だ」
ゴローとしても、ティルダのその決心は嬉しかった。
「それで、ゴローに相談がある」
今度はサナが。
「どうした?」
「ティルダと協力して、荷車を作ったら、いいと思う」
「そういうことか」
サナの短い言葉だけでゴローは察した。
「ティルダは何ができるんだ?」
「ええと、金具類を作ることができますです」
「そうだろうな」
ゴローはなんとなく、自分は大工仕事ができる、と認識していた。
「よし、それじゃあ荷車を作るか」
「やってみたいのです」
そういうことになって、荷車の設計検討をすることにした。
「大きさはどのくらいにする?」
これは荷物の量によるので、ティルダの意見がものを言う。
「ええと、嵩張るものや重すぎるものは置いていくのです。手工具は全部持っていきますけど」
その他に、鍋や包丁、皿などの台所用品や食器も持っていくという。
「うーん、逆に、置いていくものって何と何だ?」
「あ、その方がわかりやすいかもですね。……金床は……どうしましょうか」
「確かに重いけど、小さいだろう? 重さは……100キムないくらいか?」
彫金用の金床なので、鍛冶屋のものよりは小さいが、軽すぎると役目を果たさないので、ある程度の重さはあるのだ。
「作業台は……嵩張るけど重くはないだろう」
ゴローは問題ない、と言い切る。
「え、ええと、そんなこと言っていると、全部持って行くことになりそうなのです」
済まなそうにティルダが言うが、ゴローは平然としている。
「いいじゃないか」
「えっ?」
「道具ってのはそういうものだろう? 使い慣れた道具は職人の財産だ」
「え、ええと……ゴローさんは行商人さんですよね?」
「……うん、まあな」
「なのに職人さんみたいなのです」
「ま、まあ、いいじゃないか。職人の気持ちがなんとなくわかるんだよ」
と、誤魔化すゴローだった。
「……で、大きさの標準ってあるのかな? あるんならそれでいきたいな」
「明日、マッツァ商会で聞いてみたら?」
「そうするか」
あくまでも作ることに拘るゴローは、マッツァ商会の名が出ても、そこで荷車を調達しようという発想にはならないようだ。
そんなところは、『ハカセ』の薫陶が生きているのかもしれない。
「で、車軸と軸受けは金属にしたいんだが」
できれば鉄で、とゴローは言った。
「鉄です? ……軸受けは作れそうですが、車軸は無理かもです」
大きさと長さから言って、ティルダは無理だという。
「そうか……車軸って買えるのかな?」
「車軸だけでは売ってくれないような気がするです」
「そうだよな……」
どうするか、と考え込むゴローにサナが、
「なら、何か流用すればいい」
と助言をした。
「槍の柄とか、そういう武器の流用か?」
だが、サナは違う、と言った。
「檻」
「檻? ……ああ、なるほど」
檻に使われている格子は鉄製のものがある。
それを手に入れればいいと、サナは言っているのだ。
「どこで手に入るかな?」
「さあ?」
そこまでは知らないサナであった。
それからも、屋根を付けようとか、中で仮眠くらいは取れるようにしようとか、アイデアが出た。
兎にも角にも、荷車についての概略だけは決めることができたので、その日は休むことにした3人である。
* * *
その夜。
サナはティルダの工房に残り、ゴローはマッツァ商会に行ってみることにした。
不審な男が何かするのではないか、気になったからである。
時刻は午後11時。
就寝時間の平均が午後8時くらいのこの世界にとって、もう真夜中といっていい時刻だ。
(何か事を起こすならそろそろかな)
何ごとも起こらなければそれでいい、とゴローは思っている。
〈サナ、そっちはどうだ?〉
〈……なにごともない〉
眠くはないが退屈なので、声を出さなくていい念話でサナと会話をするゴロー。
このくらいの距離なら、少し集中すれば念話は通じるのだ。
〈さすがに10キル離れたらだめだったな〉
〈うん〉
以前に、どのくらいまで念話が通じるのか実験したことがあったのだ。
〈今は2キルくらいだから問題ないよな〉
〈うん〉
特に集中せずとも、念話は通じている。
〈・・・・・・〉
〈・・・・・・〉
が、待機状態で、しかも顔を合わせていないと話が弾まない。
やはり人とのコミュニケーションは面と向かって話をすることが基本なんだなあとゴローが思った頃。
〈……誰か、来た〉
〈なに?〉
〈工房の外から、中を窺って、いる〉
* * *
時刻は午前0時になろうとする頃。完全な真夜中である。
月もなく、蓄光石の明かりも少し弱まってくる頃。
2つの人影が、ティルダの工房に忍び寄っていた。
(ここでいいのか?)
(そうだ)
(ちんけな工房だな?)
(ああ。だが、調べたところによれば、お宝が転がっているらしいぞ)
(そいつは楽しみだ)
そして2人は、工房の裏口へと回った。
(鍵が掛かってやがるな)
(任せろ)
1人が何か薄い金属板のようなものを出し、扉の隙間に突っ込む。
この世界の一般庶民が使う鍵は、『閂』『つっかい棒』が多い。
南京錠のような精密な鍵は、貴族や裕福な商人以上が使っているのだ。
ティルダの工房の裏口はつっかい棒だった。
なので、扉の隙間から差し込み、上へと持ち上げれば、つっかい棒は扉から外れた。
(よし)
外れたつっかい棒を、差し込んだ金属板をうまく使い、音がしないように床に下ろせば完了。
(入るぞ)
1人が周囲を警戒し、もう1人がそっと扉を開ける。
「『暗視』」
周囲を警戒していた男は魔導士らしく、中級の補助魔法をもう1人の男に掛けた。
「ありがとよ」
元々夜目は利く方であったが、こうした補助魔法の効果は桁が違う。文字どおり昼間のように見えるようになるのだ。
「なに。俺はあくまでサポートだからな」
男たちは実行係と補助係、役割分担をしていた。
そして実行係が先頭で工房の裏口から侵入した、その時。
「……あなたたち、誰?」
2人の目の前に、サナが立ちはだかったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月12日(木)14:00の予定です。
20190910 修正
(誤)
「あ、その方がわかりやすいかもですね。……金床は、確かに重いけど、小さいだろう? 重さは……100キムないくらいか?」
(正)
「あ、その方がわかりやすいかもですね。……金床は……どうしましょうか」
「確かに重いけど、小さいだろう? 重さは……100キムないくらいか?」
20200213 修正
(誤)「明日、マッツァ商会で聞いたみたら?」
(正)「明日、マッツァ商会で聞いてみたら?」
20210215 修正
(旧)「ええと、金床や作業台は置いていくのです。
(新)「ええと、嵩張るものや重すぎるものは置いていくのです。




