12-01 研究開始
研究所のあるカルデラにも雪が降った。
いよいよ本格的な冬がやってくる。
だがハカセの研究所は賑やかであった。
「これが『竜の骨』ですか!」
アーレン・ブルーが加わったのである。
王都にいるはずの彼がどうしてここにいるかというと……。
* * *
「うーん、アーレンとラーナを呼んできたほうがいいのかなあ……」
「そうだねえ。仲間外れにするのは可哀想だよねえ」
というような話し合いともいえないようなやり取りがあって、前夜、ゴローが迎えに行ってきたのだ。
* * *
「まずは工具を作りましょう」
「それがいいだろうねえ」
ハカセとアーレンのやり取りも簡潔だ。
「おーい、ゴロー、手伝っておくれ」
「はい」
「ティルダもおいで」
「はいなのです」
『竜の骨』に特効がある『弱くなれ』の魔法を放つ魔導具……『加工結界機』を使う。
これは1メル掛ける2メルほどもある板状で、この上30セルくらいの範囲にある『竜の骨』は弱体化し、普通の工具で加工できるようになるのだ。
まあ作業台もしくは加工台と言っていいだろう。
「さすがハカセですね」
「大きなものを加工する際は大きいやつを作るさね」
ハカセ、アーレン、ゴロー、ティルダで手分けして工具・道具を作り始めた。
ハカセは主に工具。
ペンチ、ニッパー、プライヤー、錐、乳鉢、るつぼなど。
アーレンは刃物系工具。
ノコギリ、カンナの刃、ノミ各種、彫刻刀、大型ヤスリなど。
ティルダは小物用の道工具。
小型ヤスリ、タガネ、キサゲ(刃が1つしかないヤスリ。主に金属表面を削って滑らかにする)、セン(金属を削るカンナのような工具)など。
そしてゴローは包丁やナイフを作っていた。
* * *
「……随分できたねえ」
半日やっていたら結構な量の工具が揃った。
これだけあれば、数年は工具が不足することはないだろう。
「ゴロー、ショートソードを作って献上する必要はない、かな?」
サナがそんなことを言い出した。
もちろんローザンヌ王女に、である。
「うーん……どうだろう?」
入手方法や入手経路を聞かれたらどう答えようかと考えると、面倒事は避けたいと思えてくる。
「そうなった時に慌てなくていいよう、一振りだけ作っておくか?」
「それがいい、かも」
「じゃあサナにも護身用のナイフか短剣を作ろうか」
「うん、ナイフでいい」
「わかった」
ということでゴローは『いざとなったら献上するかもしれないショートソード』と、サナ用の護身ナイフを作り上げた。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう」
ショートソードの方はティルダに頼んで鞘と柄、それに簡単な装飾をしてもらうことにしたのである。
* * *
「まずは、これで実験してみようかねえ」
「それがいいですね」
ハカセとアーレンは工具を作った際に出た『竜の骨』の削り屑を集め、実験をしようとしていた。
これを再び固めて整形する、という実験である。
成功すれば、貴重な『竜の骨』が無駄にならずに済む。
「弱くなっている状態なら、熱で溶かせるかもしれないからね」
「そうですね」
というわけでハカセとアーレンは実験を開始。
まずは骨の粉をるつぼ(こちらは普通の、黒鉛製のるつぼ)に入れ、熱しながら圧力を加えていった。
「おお? 固まったねえ」
「みたいですね」
期待どおり、『竜の骨の粉』は固まってくれたのである。
しかし。
「うーん、脆いねえ」
「脆いですね」
元の強度には到底及ばなかったのだ。
言うなれば『素焼き』の土器のような感じである。
「温度が低いのかねえ……」
「でも、これ以上の高温はちょっと……」
と、ここでハカセは、
「そうだ、ティルダのところの火床だよ」
と思いついた。
「ティルダさんの?」
「そう。あそこには『火の精』の『分体』が住み着いているのさね」
「ええええ!?」
「あれ、話さなかったけね?」
「聞いてませんよ! 『竜の骨』を探す途中に『火の精』と出会ったことは聞きましたけど」
そこでハカセは、『火の精』が庭園に現れ、ゴローに『分体』を託したことも説明したのである。
「はあ……なんというか、ゴローさんですねえ」
「まあ、そういうわけでね。さあ、行ってみよう」
というわけで2人はティルダの工房へと移動したのである。
* * *
「ハカセ、アーレンさん、どうしたのです?」
「ちょっと火床を使わせてもらおうと思ってねえ」
ハカセが状況を説明すると、ティルダは即OKした。
「どうぞです。……見ていてもいいのです?」
「ああ、いいともさ」
ハカセとアーレンは『火床』の前に立ち、『竜の骨の粉』が入ったるつぼをアーレンが火ばさみで掴み、火に近付けた。
もちろん『加工結界機』の効果範囲で、だ。
そしてハカセがふいごで火床に風を送る。
すると赤く燃えていた火は黄色くなり、白い炎となった。黒鉛のるつぼも赤熱している。
それがさらに青みを帯びた時。
「溶けました!」
アーレン・ブルーの声が響き渡った。
「溶けたかい!」
「はい!」
るつぼを火床から離すと、中にはどろどろに溶けた『竜の骨の粉』が。
それを用意した『型』に流し込む。
一辺が2セルほどの立方体、底面が直径2セル、高さ3セルの円柱、厚さ5ミル、縦横5セルの板を作った。
30分もすると触れるくらいに冷めたので取り出してみる。
「ふわあ、きれいなのです」
半径2セルほどの半球は、透明感のある白色で、ティルダが見惚れるほどだった。
立方体も円柱も板も同様。
「それじゃあ『加工結界機』を止めるよ」
すると透明感のある白色から、半透明へと変わる。
要は透明感がさらに増したということだ。
厚さ5ミルの板は、薄いのでほとんど透明に見える。
「おお、いいねえ。これって、『風防』や『窓』に使えそうだねえ」
「貴重すぎて使えませんよ……」
ハカセの言うことはもっともだが、アーレン・ブルーとしては素材の希少性を考えるとなかなか使い所がないなと感じたのである。
「なら、他にいい素材はあるかい?」
「それが、ありそうなんです」
「え?」
「王都の工房で聞いた話なんですが……」
アーレン・ブルーは説明を始めた。
「遥か南の地にある植物の樹液は、固めると硬くて透明になるそうなんですよ」
「ほほう? ……南というと、ドンロゴス帝国かねえ?」
「もっと南のようです。なんでも、海の中というか、大きな島というか……」
「なるほどなるほど。そっちはあたしも行ったことないね。……冬でも暖かそうだし、次の目標はそこにしようかねえ」
「それは今の実験が終わってからということで」
「全面的に賛成だよ」
話が飛んだので、ハカセとアーレンは軌道修正。
「とりあえず、『竜の骨の粉』を溶かして固めることができることはわかったわけだ」
「次は何に使えるか、ですね」
「そう。何に使えるか、調べてみないとねえ」
ハカセとアーレンの研究は始まったばかりである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月28日(木)14:00の予定です。