11-38 ピュール
ハカセが開発した『弱くなれ』の魔法。
その効果の程は……。
「おお! 削れるよ!」
炭素鋼のヤスリで『竜の骨』が削れるようになったのである。
「これでなんとかなりそうだねえ」
ほっとするハカセ。
かなり回り道をしたが、ようやく『竜の骨』でいろいろと実験ができるようになったのである。
「あの、ハカセ、お願いがあるのです」
「なんだい、ティルダ?」
「『竜の骨』の端材で、工具を作らせてほしいのです」
炭素鋼よりも強靭で、ルビーよりも硬いわけだから、優れた工具になりそうである。
「ああ、いいとも。……そうだね、あたしの分も作っておくれよ」
「はいなのです!」
「骨はいっぱいあるから、今のうちにいい道具を揃えておこうじゃないか。……そうだ、護身用の短剣もいいかもね」
「わかりましたのです」
「よし。そうなると、この『弱くなれ』の効果を魔導具に付与しておこうかねえ」
ということで、ハカセは30分ほどで2つ、『竜の骨』に特効がある『弱くなれ』の魔法を放つ魔導具を完成させたのであった。
「1つはティルダが使っていいよ」
「ありがとうございますです!」
魔導具と骨を持って、ティルダは自分の工房へと走り去ったのである。
* * *
「さてと、あたしもいよいよ研究に取り掛かろうかね。……ゴロー、サナを呼んでくれるかい?」
「はい」
〈サナ、ハカセが研究を手伝ってくれってさ〉
〈うん、わかった。今、行く〉
『念話』は便利である。
「『念話』じゃなくても、離れた場所と通話できたらいいねえ。そっちもいずれ実現してみせるよ」
開発意欲に燃えるハカセである。
「ハカセ」
「お、サナかい。研究を手伝っておくれ」
「はい」
ということでサナはハカセと研究を始めたので、ゴローは研究室を出て、庭園へ向かったのだった。
* * *
「大分寒くなったなあ」
季節はもう冬である。
北の地であり、標高の高い場所にある研究所では、朝夕は氷点下に下がっている。
いわゆる『冬日』だ。
この先、1日中氷点下となったら『真冬日』である。
あと1ヵ月もしないうちにそうなるだろうな、とゴローは考えながら庭園を散策した。
「夕方の風が冷たいな……雲も出てきた……明日は雪になるかな?」
いよいよ本格的な冬が来る前に『竜の骨』を手に入れられたのは運がよかった、と、ゴローは考えていた。
「そろそろルルも休眠するんだろうな」
『木の精』であるルルは、冬は葉を落とし休眠する。
『水の妖精』のクレーネーは、池が凍ったらどうするんだろう……と思い、池へ向かうゴロー。
ちなみに、『癒やしの水』は大分溜まったので、毎日出して貰う必要はなくなっている。
「クレーネー、いるか?」
「はいですの……ゴロー様、その方は?」
「え?」
「ふふ、こんにちは、ゴローさん」
「え? わあ!」
クレーネーの言葉に振り向くと、背後に『火の精』が立っていたのだ。
「い、いつの間に……」
「ふふ、言ったでしょう、私は遍在します、って」
「まあ、確かに……」
「ゴローさんの魔力は覚えたので、ちょっと様子を見に来ただけですよ」
「はあ……」
「無事『竜の骨』を手に入れたようですね。欲を出さなかったのはさすがです」
瀕死とはいえ『竜』と出くわしたら危険だったから、と『火の精』は言った。
「それはそうと、ここはいい場所ですね」
「いい場所?」
「ええ。大地の『龍脈』が集まっていますから、神秘世界の住民には居心地がいいはずです」
「……」
「ここに、『火床』がありますよね?」
「え、あ、あると思います」
ティルダの工房にはそうした施設があるはずだ。
「それじゃあ、これ」
『火の精』は右掌を差し出した。その上にはオレンジ色をしたトカゲ(?)が。
「火床か、暖炉に住まわせてあげてくださいな」
「これは……」
「まあ、私の『分体』というか、一部というか」
「ええ……?」
「そんなに大したものじゃありませんよ。あなた方が面白そうだから、置いていくのです。この子の近くで起きたことなら、私には手に取るようにわかるんですよ」
いわば『耳』を置いていくようなもの、と『火の精』は言った。
「その代わり、この子がいればあなた方の『研究所』の中は1年中暑からず寒からずになるはずです」
「ええと、『熱』を自在に操れるから、ですか?」
「まあそういうことですね。お仲間にドワーフの子がいるでしょう? 火床に住まわせれば、鍛冶の品質が向上するでしょう」
『耳』を置かせてもらうお礼代わりですね、と『火の精』は笑った。
「あの、食べ物は……? やっぱり石炭とか炭とか薪とかですか?」
だが、この質問に『火の精』は首を横に振った。
「なにもいりません。自分で発熱しますから」
それを聞いたゴローは、『超小型の核融合炉』みたいだな、と思った。
「私は遍在するからどこにでもいるんですけれど、あまり長いこと1箇所に留まるのはよくないのですよ。だから『分体』を置かせてもらうのです」
「わかりました。ありがとうございます。……『ピュール』、よろしくな」
ゴローは『分体』に名前を付けた。『謎知識』から、『火』を意味する単語を選んだのだ。
「ゴローさん、あなた……」
「はい?」
『火の精』は、ゴローが『分体』に名前を付けたのを見て驚いていた。
「……そう、あなたはそういう方ですのね。私の『分体』、大事にしてやってくださいね」
「はい、もちろん」
「それじゃあ、そろそろ行きます。また、いつか」
「はい、お元気で」
「ふふ、私にそんなことを言う人はあなただけですよ……」
そして『火の精』は消えた。
ゴローの手の上にはオレンジ色のトカゲが。
「……何だったんだ……」
「ゴロー様、すごいですの」
「え?」
振り返るとクレーネーがゴローを拝むように見つめていた。
「大精霊様にお気にかけていただけるなんて……ゴロー様って偉いお方だったんですの……」
「え? あ、いや、偶然だから気にしないでくれ」
「……そうですの?」
「ああ、これまでと同じで頼む」
「……はい、ですの」
「それじゃあ、俺はこの子を火床に住まわせてくるから」
「はい、それじゃあ、またですの」
そしてゴローは研究所に戻ったのである。
* * *
「……ええええ!? 『火の精』が来たんですか!?」
「……『火の精』から『分体』を預かったんです!?」
研究所に戻って報告すると、ヴェルシアとティルダは驚いた声を上げた。
「……はあ、あんたは本当に人外に好かれるんだねえ」
「……私も、会いたかった」
ハカセとサナはこんな感じ。
「………………」
ルナールは声も出ないほど驚いたようだった。
無理もない。『獣人』はとりわけ大精霊への信仰が篤いのだから。
「とにかく、この『ピュール』を、ティルダの火床に住まわせてやってくれ」
「あわわわわ、い、いいのです?」
「『火の精』はそう言ってたぞ? 鍛冶の品質が向上する、とも」
「そ、そうなのです? ……な、なら……どうぞです」
「よし」
ゴローはティルダとともに工房へ行き、火床に『ピュール』を放した。
火床は小ぶりの暖炉のような形状で、耐熱性のある素材……ここでは『アルミナ』(酸化アルミニウム、融点は摂氏2072度)製である。
『ピュール』は火床の中へちょろちょろと潜り込み、姿を消したのである。
「これでいいのです?」
「ああ。自分で発熱すると言ってたぞ。基本的には何もしなくていいらしい」
「それならいいのですが……」
「『火の精』がいいと言っていたんだからいいんだろう」
「うー、納得はできないけど、わかったのです」
「そうしてくれ」
そしてゴローはティルダの工房を後にした。
そんなゴローの前に、今度はマリーの『分体』が姿を現す。
「ゴロー様」
「マリーか」
「はい。……あの、研究所の中に、大精霊様の気配がするのですが」
「ああ、それは……」
ゴローはマリー(の分体)にも説明をした。
「……『火の精』様の分体……納得です」
「マリーに支障はないよな?」
「はい、まったく。ただ、その影響で存在が強固になった感じがします」
「存在が? 強固に?」
「はい。 ……言い換えますと、より力が振るえるようになりました」
「それはよかった」
「はい。一層お役に立てます」
ゴローとサナの周りには人外の存在が喜々として集まってくるようである。
これで研究所の居心地もさらによくなると思われた。
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次回更新は12月21日(木)14:00の予定です。