11-37 新魔法と新アイデアと
ティルダは工房に行き、さっそく『竜の骨』の加工を始めた……が。
「タガネの刃が欠けたのです……」
『竜の骨』は焼入れした炭素鋼よりはるかに硬いのであった……。
* * *
一方、ハカセも……。
「ううん……こりゃあ硬いねえ……おーい、ゴロー! ちょっと来ておくれ……」
加工しようとしたらノコギリもノミもナイフも刃が立たなかったので、ゴローを呼ぶハカセである。
「はい、どうしました?」
「切れないよ……」
「あ、やっぱり?」
「ゴローのナイフなら切れたんだね?」
「はい、サクサクと」
「ちょっとでいいから、貸しておくれ……」
「はい、どうぞ」
というわけでハカセはゴローから『古代遺物』であるナイフを借り、『竜の骨』のサンプルを切り分けていく。
「おお、サクサク切れるねえ……こりゃあ、工具の方を先に開発しないと、この先苦労しそうだよ……」
「……じゃあ、きっとティルダの方も……」
とゴローが言い掛けた時、そのティルダがやって来た。
「ハカセ、タガネの刃が欠けたのです……あ、ゴローさん」
「ティルダ、あんたもかい……」
「試しに、ルビーのヤスリで擦ったのですが、傷ひとつ付かないのです……」
「そりゃ硬いな……」
ルビーのモース硬度は9、これ以上硬い天然の鉱物はダイヤモンドくらいしかない……と謎知識は言っている。
「ゴローのナイフなら切れるということは、魔力でどうにかできそうだということだよねえ……」
まずはそっちからか、とハカセは頭を切り替えた。
『竜の骨』に興味はあるが、加工できなくては研究もおぼつかない。
「その度にゴローのナイフを借りるわけにもいかないしねえ」
そう言うと、ハカセはナイフをゴローに返し、何ごとか考え始めたのである。
* * *
サナはというと、庭に出て、『木の精』のルルに、『分体』を返しに行っていた。
「ルル、ありがとう」
「うん、サナちんの役に立ってよかったわ」
そう言ってルルは『分体』を吸収していった。
「お礼は、『オド』でいい?」
「うん、サナちんの『オド』はすごくありがたいわ」
「それじゃ」
……と、サナはお礼の『オド』を、しばしルルに注ぐのだった。
* * *
ヴェルシアは採取してきた薬草を仕分けし、処理している。
『ゲンチャナ』『ショウマ』『イワタケ』などである。
それ以外にも『ルバブ』が見つかっている。
これは薬草というより健康食品。
繊維質が豊富で、ビタミンCやカリウムやカルシウムも多いと言われている。
「根っこごと採集してきたから、薬草園で栽培してみましょう」
ヴェルシアは自分のできることで皆に貢献しているようである。
* * *
さて、ハカセである。
たっぷり15分考え込んだあと、おもむろに筆記用具を手に取ると、何やら書き始めた。
「これがこうで……ううん、ここをこうして……」
その集中ぶりに、ゴローはしばらくそっとしておこうと思った。
だが、ハカセに呼び止められる。
「ゴロー、実験に付き合っておくれ」
「あ、はい」
ハカセはごちゃごちゃに書き込んだ紙を持って立ち上がり、ゴローを実験机へと手招いた。
「いいかい、考え方の基本は『丈夫に』なのさ」
「え……」
「ああ、いい。言いたいことはわかるから。……それを『反転』するのさね」
「反転ですか?」
「そう。要するに、丈夫にするんじゃなくて『弱く』するわけだね」
「あ、なるほど」
『丈夫に』はおよそ2倍に身体構造を強化する魔法である。
これを応用して、対象の物質構造を『弱く』する魔法を、ハカセは考案した(改造した)というわけである。
「ゴローのナイフも似たような効果を刃先から発しているようなんだけどね。問題はその対象さ」
「対象ですか?」
「そうだよ。ゴローのナイフで言ったら、ナイフ以外の物質全てだねえ」
「あ、そうか。ナイフの刃そのものまでが弱くなったら意味がないですものね」
「そういうことだよ。逆もありさ。『丈夫に』や『強化』で自分以外を強化したら意味がないだろう?」
「ですね……」
仮に『強化』で強化して敵を殴るとして。その敵も『強化』の効果範囲に入っていたら意味がない。
「……ん? 待てよ……」
「どうしたんだい、ゴロー? 何かおかしなことを言ったかねえ?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……ちょっと面白い魔法の使い方がひらめいたんです」
「ほう? 聞かせてごらんな」
「本筋から外れますけど、いいんですか?」
「いいよいいよ。聞かせておくれ」
ハカセはこういうことになると後に引かない。
「ええとですね、軟らかい敵がいたとします」
「うん」
「なので打撃はあまり効きません」
「そうだろうねえ」
「そんな相手の表面だけを『ちょっと硬く』してやるんですよ」
「ほうほう」
「これって、攻撃魔法じゃなくて支援魔法のようなものですから、防御されない可能性が高いです」
「うんうん」
「で、表面だけ硬くなったなら、そこを壊せそうじゃないですか」
「なるほど、卵の殻みたいなもんだね?」
「そうです」
「面白い! 面白いよ、ゴロー。…………『硬くなれ』でいけそうだね」
「え? もう?」
「簡単さね。『強化』の延長だからね」
さすがハカセ、既存の魔法の発展形とはいえ、10秒で新しい魔法を考案してしまったのである。
閑話休題。
改めて、ハカセは『竜の骨』の加工法の検討に戻る。
「さっきのは簡単なんだけど、こっちはいろいろ難しいんだよねえ」
「似たような感じに思えるんですが」
「そうはいかないんだよ。さっきの『硬くなれ』の範囲指定は『自分以外』だったからね」
それでもゴローがわからない、という顔をしていたので、ハカセはもう少し噛み砕いた説明を試みる。
「『自分』と『自分以外』は簡単さ。範囲を反転するだけだからね。でも、自分以外の特定のものを指定するのは難しいんだよ」
「ああ、『選択範囲』の指定でしたか」
「そうだけど、なんだい? 急に理解できたのかい?」
「ええ、なんとか」
『謎知識』がペイントソフトの『選択範囲の指定』というものを教えてくれた。
特定の画像の一部を選択するのは案外難しいのだ。
既に選択されているものを反転するのは難しくない。
「なら、選択のための条件を加えてやればいいんでしょう?」
「それはそうだよ。それがなかなか難しいのさね」
「選択するための魔力をフィルタリングしたらどうです?」
「フィルタリング……選別するんだっけね」
「そうです。今回は『竜の骨』にのみ効果を及ぼしたいわけですから」
「『竜の骨』でフィルタリングしてやるかねえ」
「理屈はそうなりますが、できますか?」
「あたしを誰だと思っているんだい。できるとも!」
ハカセは胸を張った。
そして、
「で、ゴロー、ちょっとだけ、手を貸しておくれ」
と言ったのだった。
「もちろんです。なにをすれば?」
「ゴローのナイフで、この骨をスライスしてほしいんだよ」
「わかりました」
ゴローはナイフを取り出すと、容易く骨を3枚ほどスライスした。
大きさは、輪切りなのでほぼ円形。直径10セル、厚さ0.3セルくらいだ。
「ここに魔力を通すと、おそらく『竜』の魔力と同じか、よく似た魔力だけが通過して、残りは通さないんじゃないかと思うんだよ」
「だからフィルタリングですか」
「うん、そういうことだね」
「逆はないでしょうか? 『竜』の魔力に近いものだけが吸収されてそれ以外は通過してしまうとか」
ゴローの意見に、ハカセは頷いた。
「うん、それも考えてみたよ。でも、あたしの勘では前者なんだよ。まあ、やってみればわかるさ」
「それもそうですね」
実験そのものは面倒臭いわけではない。
フィルターを通して魔法を使う。それだけだ。
いわばフィルターが『魔法の杖』的な役割を果たすわけだ。
ゴローがそう言うと、ハカセは頷いた。
「そうだね。『杖』を使う魔導士は少ないけど、『杖』の役割は魔力の収束だからね……うん?」
「どうしました?」
「いや……『杖』が魔力を収束するなら、『魔導モニター』の魔力をもっと遠くへ送れるかもしれないと思ってね」
「ああ、そうですね」
電波や光のように、収束することができればより遠くまで魔力波を飛ばせるかもしれない、というわけである。
要は『アンテナ』である。
「でもまあ、今はこっちだね」
いろいろアイデアがひらめいたハカセであるが、いっぺんに全部を片付けることはできない。
まずは目の前の目標からである。
「『弱くなれ』……さあ、どうだろうね?」
いよいよ新魔法の検証が始まる……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月14日(木)14:00の予定です。
20231207 修正
(誤)……と、サナはお礼の『オド』を、しばしルルの注ぐのだった。
(正)……と、サナはお礼の『オド』を、しばしルルに注ぐのだった。
20231208 修正
(誤)「簡単さね。『強化』の延長だかららね」
(正)「簡単さね。『強化』の延長だからね」