11-36 無事の帰還
風がないので、登ってきた雪の上には2人の足跡が残っていた。
〈これなら迷わないな〉
〈うん〉
そして2人が順調に下っていくと……。
『ゴロー、サナ!』
ハカセからの通信が届いた。
「はい、ハカセ」
ゴローがすぐに返事をすると、安心したような声が返ってくる。
『ああ、やっと通じたねえ。……おそらく通信可能距離を超えたからだと思うけど、『魔導モニター』が通じなくなったので焦ったよ』
「すみません、ハカセ」
『無事だったのならいいさ。それで、どうだったんだい?』
「はい、『竜の骨』を200キムくらい回収してきました」
『そうかいそうかい、やったね! ゴロー、サナ、ありがとうよ。気を付けて帰ってくるんだよ?』
「はい、ハカセ」
そうして2人は、時折ハカセと話しながら山を下っていったのだった。
* * *
「ああ、あそこにいた」
「うん、見えた。……向こうも、私たちに気が付いた」
山を下り、霧の中から出たゴローとサナは『ALOUETTE』を探す。
ゴローたちの視力は、強化すれば10.0以上。上空の『ALOUETTE』を容易く見つけることができた。
そして『ALOUETTE』を操縦するフランクもまた、特別製の視覚センサーを持っている。
よって、互いを見つけるまでに5分と掛からなかった。
* * *
「ゴロー、サナ!」
「サナさん、ゴローさん!」
着陸した『ALOUETTE』から、ハカセとヴェルシアが駆け寄ってきた。
「よくぞ無事で帰ってきてくれたねえ……」
そしてゴローが担ぐ山のような骨を見て、また驚く。
「なんとまあ……これが『竜の骨』かい」
「はい」
ハカセはその骨を調べようと、研究者の目つきになる……が。
「ハカセ、お話は中で。荷物を積んじゃいましょう」
「ああ、そうだね」
ヴェルシアに言われ、ハカセは我に返った。
「ゴロー、すまなかったねえ。さあ、荷物を下ろすといいよ」
「はい」
「ゴロー様、お預かりします」
「フランク、頼む」
フランクが受け取ってくれたので、ゴローは荷物を下ろすことができた。
そして積み込んでいく。
『ALOUETTE』なら200キムくらいの荷物なら十分収容できる。
「さあ、帰るかね」
「ええ、帰りましょう」
「うん、帰ろう」
「帰りましょう」
皆の意見が一致し、『ALOUETTE』は研究所目指して飛び立ったのだった。
* * *
帰る方角はフランクが記憶しているので間違いはないが、さすがに途中で短い冬の日が暮れてきた。
「夕食にして、休みましょう」
「そうだねえ」
早く帰りたそうなハカセであるが、それは無理なこともわかっているので渋々ながら承知。
平らな草地に着陸し、同行してくれている『木の精』のルルの『分体』に、周囲に危険な魔物がいないことも確認した。
明日は研究所なので、食料の出し惜しみはなし。翌朝食べる分を残し、食べてしまうことに。
サナにも甘味を、翌朝の分以外全部食べさせたのでご機嫌である。
その夜は安全のため『ALOUETTE』を10メル浮かせておき、皆は休んだ。
といっても眠ったのはハカセとヴェルシアだけで、操縦しているフランクはもちろん、ゴローとサナも眠らないので警備は問題なかった。
そして、得てして警戒している時は何ごともないもの。
翌朝まで平穏な時間を過ごせた一行であった。
* * *
翌朝。
研究所まではあと半日くらいである。
朝食を済ませると、用意してきた食料は綺麗さっぱりなくなった。
もっとも、非常食としてほんの少しの『メープルシュガー』がとってあるが、これはサナには内緒である。
「さあ、研究所に帰るよ!」
ハカセは、一刻も早く研究所に帰って『竜の骨』の研究を始めたいようだ。
「では、発進します」
フランクの操縦は的確で安全だ。
「一応、平穏無事と言えるのかねえ」
ハカセが呟いた。
これまで、危険といえるような場面に出逢うこともなかった。
閃光弾やトウガラシスプレーも出番がなかったが、用意しているときほど使わずに済むものなのかもしれない。
そして午前11時、懐かしい風景が見えてきた。研究所のある山である。
「帰ってきましたね」
ヴェルシアまでがそんな言い方をした。
「ああ、帰ってきたな」
王都の屋敷と、生まれた研究所。
どちらも自分の『家』だなあとゴローは思った。
強いて言うなら研究所は『生まれ故郷』で、王都の屋敷は『自分の家』か……などとも考えつつ、研究所前に着陸した『ALOUETTE』から下り立ったのである。
* * *
「わうわう」
「お、ポチ、出迎えありがとうな」
クー・シーのポチが駆け寄ってきてゴローに飛びついた。
「わふ」
「あれ……お前、また少し大きくなったな?」
今のポチは、後足で立ち上がるとゴローと同じくらい。
出会った頃と比べ、随分と成長したものである。
「おかえりなさい、なのです」
「おかえりなさいませ」
ティルダとルナールも出迎えてくれた。
そしてルナールは、
「すぐに昼食の支度をいたします」
と言って戻っていった。
それを聞いたサナはゴローに声を掛ける。
「ゴロー、もうじき、お昼」
「あ、そうみたいだな」
時刻は正午少し前、昼食の時間である。
ポチはゴローにかまってもらったことで満足して、またどこかへ駆けていった。
ゴローはそれを見送り、研究所に入る。
食堂へ行けば、お昼ごはん……焼き立てのパンと温かいスープ、生野菜のサラダが並んでいた。
「急いだので簡単ですが」
「いや、十分さね。いつ帰るとも分からなかったんだからね」
「そうさ。ありがとうな、ルナール」
「いえ、これが役目ですから」
そして和やかな食事をし、ゆったりとティータイム……にはならず、ハカセは一気にお茶を飲み干すと研究室へと飛ぶように駆けていったのである。
* * *
「……で、どうだったのです?」
「それな……」
ゴローとサナはゆったりとお茶を飲みながら、ティルダとルナール(座らずに立って話を聞いている)に調査行のことを話して聞かせた。
「はあ……すごいお話なのです。……すると、『真竜』ではなく『竜』の骨を見つけて帰ってきたわけです?」
「そうなるな」
「うーん……今のお話だと、私が昔見た『真竜の骨』は偽物だったということです?」
「偽物、というより『勘違い』なんじゃないかな? 実は『竜の骨』だったとかさ」
「ああ、そうかもしれないのです」
「それなら、研究室へ行ってみるか? 採集してきた『竜の骨』はみんなそこだろうから」
「行くのです!」
「よし」
そういうことで、ゴローとティルダはハカセの研究室へ行った。
「ハカセー、お邪魔します」
「おお、ゴローかい。どうしたんだい?」
「いえ、ティルダが、『竜の骨』をよく見てみたいというので」
「ああ、そういえば、昔『真竜の骨』を見たと言っていたね。……それって、もしかすると『竜の骨』だったんじゃないかねえ?」
「俺もそう思ったんで、確認してもらおうと」
「なるほどね。……ティルダ、こっちへおいで。これが『竜の骨』だよ」
ハカセに招かれ、ティルダはそちらへ歩いていった。
ハカセの前には、汚れを落とされた『竜の骨』が。
「真っ白なのです」
「磨いたらこうなったのさね」
ティルダはそれをじっと見つめ、やがて口を開いた。
「昔見た『真竜の骨』は『竜の骨』だったようなのです」
「そうなのかい?」
「はいです。色は違うけれど、雰囲気はそっくりなのです」
「なるほどねえ。……だとすると、この骨も宝飾品になるかい?」
「なると思うのです」
「そうかい。それじゃあ、いくつか試しに加工してみておくれ」
ハカセの提案にティルダは喜ぶと同時に驚いた。
「いいのです? 貴重な素材を……」
「いいともさ。宝飾品への加工を通じて、いろいろな特性も見えてくるだろうしね」
「わかりましたです。では、喜んで加工させていただきますです」
「よろしい」
そういうわけで、ティルダも『竜の骨』を少し分けてもらい、宝飾品に加工してみることになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月7日(木)14:00の予定です。
20231130 修正
(誤)「はい、『竜の骨』を200|キムくらい回収しきてきました」
(正)「はい、『竜の骨』を200キムくらい回収してきました」
(誤)今のポチは、後足で立ち上があるとゴローと同じくらい。
(正)今のポチは、後足で立ち上がるとゴローと同じくらい。
(誤)それ聞いたサナはゴローに声を掛ける。
(正)それを聞いたサナはゴローに声を掛ける。