11-35 助言
穴の底まではおよそ50メル。
下り立ったゴローは、慎重に周囲を見回した。
地熱が高く、雪も氷もない。草一本生えてもいない。
空気中には、二酸化炭素が多い感じがした。
これでは普通の生物は生息できない。
不用意に下りたら、生物は昏倒してしまうだろうなとゴローは察したのである。
〈……ということみたいだ〉
〈それが、『火の精』が言っていた、『人間が行くのは無理』ということ?〉
〈そうかもな〉
『念話』で会話をしつつ、ゴローはゆっくりと歩を進めた。
サナには火口壁の上から警戒してもらっている。
〈ゴロー、周囲に異常は、ない〉
〈わかった。よく見ていてくれ〉
〈うん〉
ゴローは『竜』の骨に近付いていった。
30メルもある生物の骨は、近くで見るとさらに巨大だった。
〈これ、どうしようか?〉
〈うん……ゴローの『ナイフ』で少しずつ切って小さくして、運ぶしかないんじゃ?〉
〈そうだなあ……!?〉
その時、不意に気配を感じてゴローは振り返った。
「よくここまで来ましたね」
「『火の精』……」
「ゴロー、でしたね。人間ではないあなただからたどり着くことができた、わけです。同行した人間を連れてこなかったことは褒めてあげます」
「それは……どうも……」
『火の精』は僅かに微笑んだ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私は何も干渉しませんから」
「……」
「それに、ここの地熱が高いのは私が何かしているわけじゃなくて、ここが元々火山だからです。そして今でも地下には熱い塊が蟠っています」
「……マグマですか?」
「マグマ? ……ああ、あなたを構成する『魂』の1つが記憶している単語ですね? ……ええ、そうです。『マグマ』が地表近くまで上ってきているのです」
「それじゃあ、噴火が近い?」
この質問に『火の精』は首を横に振った。
「いいえ、それは大丈夫でしょう。私の見立てではあと200年は噴火しませんよ。ただし『地の精』が何もしなければ、ですが」
「『地の精』!? ……この近くにいるんですか?」
「今のところは姿を見ませんね」
「……そうですか……」
それを聞いてほっとしたゴローである。
「あの、俺がこの骨を持ち帰るのはまずいですか?」
気になったのでゴローは尋ねてみる。
「いいえ、好きになさいな」
「そうですか」
再びほっとするゴロー。
「……あなたの制作者なら『竜』の骨をうまく使えるでしょう」
「それはどういうことですか?」
だが、すべての質問に答えるつもりはないらしく、『火の精』は笑みを浮かべたまま沈黙していた。
ならばと、ゴローは話題を変える。
「あなたの他に『地の精』がいるのはわかりました。では『水の精』や『風の精』もいるのですか?」
「ええ、おりますよ」
この質問にはちゃんと答えてくれた。
「そもそも『大精霊』とは自然現象が意思を持ったものですから、遍在するのです」
「……なんとなく、わかります」
「なかなか会うのは難しいでしょうけれど、ね」
「会うための秘訣みたいなものってあるんでしょうか?」
「さあ、どうでしょう。……うーん……あなたみたいな存在には、興味を持つかもしれませんね」
喜ぶべきかどうか、ゴローは一瞬迷ったが、好奇心が勝った。
「それなら、いつか会えるかもしれませんね」
「ふふ、あなたは本当に面白い存在ですねえ。……そんなあなたに1つだけアドバイスをしてあげましょう」
「お願いします」
「あと……あなた方の時間単位で30分くらいすると、ここに瀕死の『竜』がやって来ます。瀕死とはいえ、多分あなたより強いでしょうから、採集するなら急いだほうがいいですよ?」
「え……!?」
「それでは、またどこかで会いましょう」
そして『火の精』は消えた。
〈サナ、聞こえたか?〉
〈うん、ゴローが『念話』でも伝えてくれた、から〉
〈急いで骨を採集するから、20分経ったら教えてくれ〉
〈うん〉
採集に夢中になって時が経つのを忘れるとえらいことになりそうなので、ゴローはサナに時間管理を頼んだのだ。
そして。
〈このナイフなら『竜』の骨も面白いように切れるな〉
〈ゴロー、5分経過〉
〈わかった〉
ゴローはてきぱきと作業を進めていく。
太い骨、中くらいの骨、細い骨。
何がどう役立つかわからないので、まんべんなく採取する。
〈ゴロー、10分経過〉
〈わかった〉
切った骨を束ねていくゴロー。
それぞれ一抱えもある大きな束が4つ。計200キムくらいになりそうである。
用意してきた組み立て式の背負子に括り付けていく。
〈ゴロー、15分経過〉
〈わかった〉
何か見落としはないか、ゴローは周辺を見渡してみる。
と、きらりと光るものが岩の間にあった。
「何だ?」
拾い上げてみると、ニワトリの卵くらいの大きさの琥珀色の球である。
それも一応ポケットに入れておく。
よくよく見ると、同じようなものがあと4つ見つかったので、それも拾うゴローだった。
〈ゴロー、20分経過〉
〈わかった。これで切り上げる〉
200キム以上ありそうな骨の束を括り付けた背負子を、ゴローは軽々と背負い、戻るべく歩き出した。
〈崖をよじ登るのは危ないかな?〉
〈うん、荷物が重いから〉
ゴロー1人分の体重なら大丈夫だったが、今は200キムを超える荷物を持っているので、崖の強度が心配である。
〈『空気の壁』で駆け上がることにするよ〉
〈うん、それがいい〉
〈いくぞ〉
ゴローは『空気の壁』の、ゴロー独自の用法である『踏み台』を使って、50メルの崖を駆け上がったのである。
* * *
〈ふう、なんとなく、疲れた〉
〈お疲れさま、ゴロー〉
肉体的に、というより精神的に疲れたゴローであった。
そうやって休んでいると、登る途中で聞いた『唸り声』が再び聞こえてきた。
〈あの声、『竜』だったんだな〉
〈うん。……近付かなくて、正解だった〉
幸い、声はゴローたちがいる場所の反対側から聞こえており、『望まぬ出会い』にはならないだろうと思われた。
〈『火の精』に感謝だな〉
〈うん……〉
いつでも動けるよう、体勢を整えつつ、ゴローとサナは岩陰から崖下を覗き込む。
〈あ、来た〉
〈……あれが『竜』か……!〉
ゴローの第一印象は『巨大な』コモドオオトカゲである。
が、よく見ると、爬虫類独特の脚つきではない。
ざっくりいうと、爬虫類は胴体の側方に四肢が生えているが、哺乳類は下へ向かって生えている。
ワニとゾウの違いのようなものだ。
で、この『竜』の脚は哺乳類のように、下に向かって生えていた。
だからこそ、より重い体重を支えられるのだろう、とゴローは考えたのである。
〈明らかに、弱ってる〉
〈そうだな。だからここへ来たんだろう〉
這いずるようにして移動しているところを見ても、30メルもある身体を支える力がなくなっているのだろうと思われた。
加えて、二酸化炭素濃度が濃いわけで、生物である限りきついだろうなとゴローは想像した。
〈そういえば、骨はあったけど皮はなかったな〉
〈あ、確かに〉
〈骨に比べて耐久性が低いのかな?〉
〈その可能性はある、けど、1つもないというのが……〉
〈それもそうだな……〉
腐ったり分解したりするにしても、なにがしかが残っていてもよさそうなものである、とゴローたちは思ったのだ。
が、ないものはない。
〈ゴロー、もう、行こう?〉
〈そうだな〉
ないものねだりをしても仕方がないし、何より『魔導モニター』が通じなくなってしまったのでハカセが心配しているだろうと思われた。
〈急いで下るか〉
〈うん〉
というわけで、ゴローとサナは『カイラス山』から下り始めたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月30日(木)14:00の予定です。
20231123 修正
(誤)ゴロー独自の用法である『踏み台』を使って、50メートルの崖を駆け上がったのである。
(正)ゴロー独自の用法である『踏み台』を使って、50メルの崖を駆け上がったのである。