11-33 霧の中へ
「しかし、『火の精』かい。……いろいろ聞いてみたかったねえ……」
ちょっと残念そうなハカセ。
「それより、この『上』に、『真竜』ではないにせよ『竜の墓場』があるんですよね?」
ヴェルシアが言った。
「行ってみませんか?」
「うーん、行ってみたいのは山々なんだが、『火の精』が気になることを言っていたからなあ……『人間には行けません……でもあなたは人間ではないのでしたね』って」
「ああ、そうでしたね」
「つまり、ゴローなら行ける、ってことかねえ?」
「うーん、どうなんでしょう? 行ってみたい気もしますけど」
「『ALOUETTE』で雲の外に待機して、何かあったら即助けに……は難しいかねえ」
「そうですね……例えば有毒ガスが噴き出していたら、ハカセとヴェルシアが危険ですよね」
ガスの種類によってはフランクでさえ危険である。
火山性ガスである硫化水素は銅や銀を、二酸化硫黄は銅,鉄,亜鉛やアルミニウムを腐食させるからだ。
「ゴローとサナなら、『強化』でそうした悪影響を受けにくくできるんだけどねえ」
「ゴローさんとサナさん、すごいんですねえ」
素直に感心するヴェルシア。
「そうすると、ゴローとサナに行ってもらうしかないねえ」
「任せてください」
「いつもすまないねえ」
ここでお決まりの反応をしたくなったゴローだったがなんとかこらえる。
「で、だ。改良した『魔導モニター』の試作があるから、これを持って行っておくれ」
「あ、出来上がったんですね」
「いや、まだ未完成なんだよ。さっきゴローが1人で探索に行っている間にもいじっていたんだけどねえ」
『魔導モニター』は、モニターのカメラに相当する部分が向いた方向の景色を、遠く離れた場所で見ることができるもの。
到達距離は5キルくらいなので、『念話』の10キルよりも短い。
「到達距離がもう少し伸びていると思うのさね」
「それだけでも心強いですよ」
「で、もう1つ作ってあって、こっちは声だけしか送れないのさね」
「あ、そうなんですか」
「でも、ハカセからの指示を聞けるのは、いいかも」
「そうか……。サナの言うとおりだな」
ということになった。
要するに、ハカセはゴローたちが見たものを見ることができ、声も聞ける。が、ゴローたちはハカセの声は聞けるが、映像は見られないということだ。
これで、今回は特に問題はない。
「では、もう少し進んだところで『ALOUETTE』に待機してもらい、俺とサナで行ってきますよ」
「それしかないねえ……頼んだよ、ゴロー、サナ」
「はい、ハカセ」
「任せて」
* * *
『ALOUETTE』で5キルほど山腹を回り込み、ゴローが『火の精』と出会った付近の山麓に来た。
1キルほど上には相変わらず雲が掛かり、何も見えない。
「今日はここで野営して、明日の朝調査に出てもらうとしようかねえ」
今から出ても数時間で暗くなってしまい、行き帰りのことを考えると、調べている時間はほとんどない。
「ちょっと早いですが夕食にしましょうか」
「うん、賛成」
そういうわけで、ゴローたちはこの場で野営することにした。
とはいえ、夜中に野獣に襲われるのは嫌なので、眠るのは『ALOUETTE』の中で、しかもフランクに飛行させてもらって、だ。
これなら不慮の事態にも対処しやすい。
夕食は焼きおにぎりと野菜のスープ、それにラスク。
もちろんラスクはサナのためである。
焼きおにぎりは食べる前に簡易コンロでさっと炙れば温まって美味しくなる。
野菜のスープはフリーズドライならぬ『魔法乾燥』で処理した野菜類をお湯で戻すだけ。
塩味や薬味、乾燥肉などの出汁も出て、なかなか美味い。
ラスクは言わずもがな。
探検の途中なので腹いっぱい、とはいかないが、かなり満足できる夕食であった。
「さて、まだ寝るには早すぎるし、どうするかねえ」
「ゴローに物語を聞かせてもらえばいい」
「ええ?」
「ゴロー、前にライナちゃんに昔話して聞かせてた」
「ほう?」
「そんなこともあったなあ」
ライナはゴローたちが旅を始めたばかりの頃に出会った、ジメハーストの町に住む女の子で、ディアラの孫。
そしてディアラは、ゴローたちがよく知るモーガンの母親である。
つまりライナはモーガンの娘というわけだ。
そのライナに、ゴローは『謎知識』が教える物語を語って聞かせたことがあり、サナも興味深く聞いていたのであった。
そのことを思い出し、サナは指摘したのである。
「それじゃあ、何か物語を聞かせてもらおうかねえ」
「……いいですけど」
そういうわけで、ゴローはハカセたちに物語を聞かせることになった。
「……とある町に、大きな穴が……」
ゴローはショートショート、と呼ばれる分類の話を語り出した。
「…………ある日、空から小石が落ちてきました。続いて呼ぶ声が……」
ショートショートは話としては短いので、3つ4つ語っても1時間くらいである。
ゴローは『謎知識』が教えるまま、10ほどのショートショートを語って聞かせたのである。
終わった頃にはすっかり真っ暗になっていた。
「……ええと、このくらいで」
「なかなか面白かったよ。ゴロー、ありがとよ」
「ゴローさん、ありがとうございました」
「いえいえ」
「ほんと。本にしたら売れるかも」
「いやあ、それはなあ。……俺が考えたんじゃなく『謎知識』に教わっているから。……もしかするとどこかの世界の本の内容かもしれないし」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
「やっぱりさ、盗作みたいで嫌なんだよ」
「……ゴローがそう言うのなら、仕方がない」
そんなこんなで夜も更けてきたので、『ALOUETTE』の中で眠った一行(ハカセとヴェルシアの2人だが)であった。
* * *
翌朝。
ちょっとだけ期待していたのだが、『カイラス山』の雲は晴れていなかった。
「昨日ちょっとだけ見えたあれは、本当に運がよかったんだねえ」
「そうですね。でもまあ、どこに行けばいいかだけはわかりますから」
簡単な朝食後、ゴローとサナは身支度を整え終えた。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けるんだよ、2人とも」
「はい」
そしてゴローとサナは『ALOUETTE』を降り、歩き出した。
2人のポケットにはトウガラシスプレーが入っている。
〈サナ、これからは念話で話そう〉
〈うん〉
〈俺が『火の精』に出会ったのはもう少し先だ。そこから山の上を目指してみようと思う〉
〈うん、コースはゴローに、任せる〉
そして2人は岩の荒野を歩いていく。
〈この辺で『火の精』に出会ったんだ〉
〈……今は、いないみたい〉
〈だな。ここから上を目指そう〉
〈うん〉
霧の中、2人は迷うことなく山頂方面を目指す。
『強化』は2人ができる最強の値である3倍を掛けている。
足元は子供の頭ほどもある岩がゴロゴロしており、歩きづらい。
が、今のところ有毒ガスの兆候はなかった。
〈順調だな〉
〈うん。でも、油断は、禁物〉
〈わかってるよ〉
周囲は霧が立ち込め、2メル先も見えない。
かろうじて足元の状態が分かる程度だ。
ゴローとサナは黙々と上を目指す。
〈サナ、方向は合っているかな?〉
〈傾斜のきつい方を目指しているから、山頂を目指しているのは間違いないと、思う〉
〈そうだよな〉
そんな時、2人の耳に物音が聞こえてきた。
『強化』3倍状態なので、かなり遠くからと思われる。
〈……何だろう?〉
〈唸り声……にも聞こえる〉
〈だな。何か獣の声……だとすると、近付かない方がよさそうだ〉
〈賛成。少し斜めに、登るのがいいと思う〉
〈そうしよう〉
サナの提案に従い、傾斜に対して真っ直ぐ登るのではなく、唸り声から離れる方向へ斜めに登ることにした2人である。
そうやって10分ほど登ると唸り声は聞こえなくなった。
〈離れたかな〉
〈うん〉
そこからは再び真っ直ぐ上に。
視界は相変わらず悪い。
『代わり映えしないねえ』
『魔導モニター』からハカセの声が聞こえてきた。
おそらく『ALOUETTE』側のモニターに映る風景は真っ白な霧だけなので退屈してきたのだろう。
『まだ何も見つかりません』
ゴローが『魔導モニター』に向けて返答した。
『みたいだねえ。もう少し登ってみておくれ』
「はい」
果たして『竜の墓場』は見つかるのであろうか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月16日(木)14:00の予定です。