11-32 精霊種
ゴローのペース……通常人の3倍くらい……で歩き続けて30分が過ぎた。
「うーん……それらしい気配はないな……」
〈ゴロー、様子はどう?〉
「サナか。まだ見つからないよ」
〈そう、気を付けて〉
……と、時折近況報告をしながら、ゴローは歩き続けた。
「うーん、変わり映えしない景色だな……」
今のところ、有毒ガスの濃度も薄く、普通の人間にも害にならない程度。
そして地面は岩だらけの荒れ地。
「一つわからないのは、どうして雪が積もっていないか、だな」
地温が高いわけでもなく、地形が特殊なわけでもない。
なのに、ゴローが歩いてきた周辺には雪のゆの字もないのである。
「……あら、それは、私が降らせないようにしているからですよ」
「!?」
ゴローの独り言に応じるかのような声に、ゴローは身構え、あたりを見回した。
だがその『声』の主の姿は見えない。
「あら? あなた、不思議な魂をしているのですね? ……身体も人間じゃないみたい」
「え? …………おま……あなたは、いったい?」
「私は『火の精』、と呼ばれています」
そして声の主は姿を現した。
炎を体にまとう、妙齢の女性……に見える。
が、人間ではない証拠に、爬虫類のような尾が生えていた。
「『火の精』……四大精霊の?」
「おや、よく知ってますね? そう、私は自然界の4つの元素のうち、『火』を司る『火の精』。『火』という元素が意思を持ったもの、それが私です」
「……」
「ふうん……あなたからは『木の精』の祝福が感じられますね。それから……エサソン? 屋敷妖精? クー・シー? 水の妖精? ……ピクシーも? あなた、どうなってるの?」
「そう言われても……」
「姿形は人間だけど、人間じゃないのですね……」
「え、ええ、まあ」
『火の精』はゴローが人ではないことも見抜いてしまった。
「まあいいでしょう。……それで、あなたは何をしにこんな場所に?」
「ええと、『真竜の墓場』を探しに来ました」
「そんなもの、ありませんよ……」
「ええっ!?」
意外すぎる言葉にゴローの肩が落ちる。
「そもそも『真竜』は、私と同じ精霊種ですから、死という概念は当てはまりません」
「そうなんですか……」
落胆したゴローだが、今目の前にいるのは人知を超えた存在だと思い直し、この機会にいろいろ教えてもらおうと決心する。
「ですが、『真竜の墓場』がある、と噂されていますし、俺の仲間は『真竜の骨』を見たことがあると言っていましたが?」
「噂……ですか。それはおそらく『真竜』ではなく『竜』ですね」
「違うんですか?」
「ええ、違います。『真竜』は精霊種ですが『竜』は生物です」
「そうなんですね。……では、『竜』の墓場がこのあたりにあるのでしょうか?」
「それならあります。……が、人間には行けません……でもあなたは人間ではないのでしたね」
「はい」
『火の精』は、ゴローをじっと見つめた。
「魔法で合成された人造生命……ですか。よくできていますね。……ただ……」
「ただ?」
「魂……『精神体』が、いささか混沌としていますね」
「は?」
「これは……複数人の魂が混じり合っている? ……『人格』は1つ……でも『知恵』が混沌と? ……ふうん……」
「……何か?」
自分を『人造生命』だと見抜いた精霊の言葉なので、少し気になるゴロー。
「いいえ、気にするほどではないようです。……ただ、あなたの中には、複数の魂が混じり合っているように見えたから。でも、『精神体』はしっかりとしているので大丈夫そうですね」
「はあ……」
すると『火の精』はにっこりと微笑んで、
「少し話しすぎたかしら、そろそろ私は消えることにしましょう。あまり物質世界に干渉しすぎるのもまずいですから」
と言った。
ゴローは慌てて尋ねる。
「あ、あと1つ、教えてください。……『竜』の墓場はこの近くにあるんですね?」
「ありますよ。……この『上』に」
そう言い残し、『火の精』は姿を消したのである。
「……上?」
ゴローが、霧に隠れて見えない頂上方面を見上げた、その直後。
〈ゴロー、ゴロー!〉
サナからの『念話』が届いた。
心なしか切羽詰まったような印象を受ける。
〈サナ、どうした?〉
〈……ああ、よかった。やっと繋がった〉
〈え?〉
〈……いきなり、ゴローと『念話』が繋がらなくなって、心配、した〉
〈そうだったのか?〉
〈うん。私がゴローに呼びかけていたら、いきなり……そう、扉を閉められたかのように。距離が離れたとかじゃなく、唐突に〉
〈そうだったのか……〉
〈……何か、あったの?〉
〈うん、あった〉
〈え? それって……〉
〈とりあえず、一旦戻るよ。戻りながら、説明する〉
〈うん〉
ということで、ゴローは来た道を戻り始めた。
そして道々『念話』でサナに説明を行う。
〈……と、いうわけだ〉
〈……そう、だったの……〉
〈ハカセたちに説明しておいてくれよ〉
〈ううん、それは、ゴローが直接話したほうが、いい〉
〈そうか?〉
〈うん〉
サナとの話し合いで、そういうことになったのである。
* * *
無事『ALOUETTE』に戻ったゴローは、一部始終を詳しく説明した。
「『火の精』!? そんな存在に会ったのかい!?」
「……はい」
「で、『真竜』は精霊種だから墓場はない、と……なるほどねえ」
「でも『竜』の墓場が上にある、って言われたんですよね?」
「うん。でも、人間に行けるところじゃない、とも言われた」
「……それにしても、『火の精』は、どうして部分的に雪を降らせないようにしていたんでしょう?」
ヴェルシアがもっともな疑問を口にした。
「ああ、それは聞きそこなったな……」
『火の精』という常識外の存在に出会ったことで気が動転していたらしい、とゴロー。
「それは仕方ないねえ。……四大精霊ともなると、我々にはわからない理由があるのかもしれないしね」
ハカセがフォローしてくれた。
「……それよりも、あたしが気になったのは、ゴローの『精神体』だよ」
「ええ、複数人の魂が混ざりあっている、って言って………………あ」
「うん、どうしたね、ゴロー?」
「……ハカセ、ヴェルシアが聞いてますが」
「ああ、いいんだよ。ヴェルにはみんな話してしまったのさね」
「え?」
ゴローからの『念話』が突然途切れたことで、サナが大慌てしたことが発端となり、ゴローとサナが『念話』で会話できることがバレた。
それを説明するいい口実も急には思いつかず、この際真実を伝えることにしたのだと言う。
「ゴローが戻ってくるまでの間に、ひととおり説明したのさね」
「そうでしたか」
ゴローがヴェルシアの方をちらっと見ると、彼女はニコッと笑った。
「ゴローさん、サナさん、お二人が『人造生命』だったとしても、今更驚きませんよ。……そりゃ少しは驚きましたけど」
ヴェルシアは微笑みながら心情を説明する。
「むしろお二人がいろいろ不思議なことができるというのが納得できた、といえますね。でも、これからも、ゴローさんはゴローさん。サナさんはサナさん、ですよ」
「そういうわけで、ヴェルシアはこれからも仲間だよ」
「ええ、よろしくお願いしますね」
「そういうことでしたか」
こうして、ヴェルシアも本当の意味で仲間になったようである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月9日(木)14:00の予定です。
20231102 修正
(誤)屋敷妖精? ク―・シー? ……ピクシーも? あなた、どうなってるの?」
(正)屋敷妖精? クー・シー? 水の妖精? ……ピクシーも? あなた、どうなってるの?」
(誤)落胆したゴローだが、今目の前にいるのは人知を超えた存在だと思い直し、この機会に色いろいろ教えてもらおうと決心する。
(正)落胆したゴローだが、今目の前にいるのは人知を超えた存在だと思い直し、この機会にいろいろ教えてもらおうと決心する。
20231103 修正
(誤)ゴローからの念話が突然途切れたことで、サナが大慌てしたことが発端となり
(正)ゴローからの『念話』が突然途切れたことで、サナが大慌てしたことが発端となり