11-31 伝説の山? 発見
「あれが、あたしが昔見た山だよ、間違いない!」
その山はずんぐりした印象を受けるほどどっしりした形状で、頂きには雪を被り、垂直に近い山腹には横に何本も筋が走っている。
「カイラス山……?」
『謎知識』に囁かれ、思わず呟いてしまったゴロー。
その呟きをハカセが聞きつけ、
「カイラス? 『謎知識』がそう言ったのかい? ……カイラス山、か。……うん、いいじゃないか。今からあの山を『カイラス山』と呼ぶよ! ……で、ゴロー、カイラス山ってどんな山なんだい?」
カイラス山はチベット高原西部に位置しており、仏教やヒンドゥー教、ボン教、ジャイナ教などの『聖地』として崇められている。そのため未踏峰である。
チベット仏教で須弥山と同一視される山だ。地元では『カン・リンポチェ(尊い雪山)』と呼ぶ。
閑話休題。
「ふうん……いわれのありそうな山なんだねえ、やっぱりあの山は『カイラス山』でいいよ」
ハカセがその昔見た山はここだったようだ。
「ずいぶん遠くまで来ていたんですねえ、ハカセ」
「あたしも若かったねえ……」
そう言っているうちに『カイラス山』にはまた雲が掛かり、その姿を隠してしまった。
「ああ、また見えなくなった」
「でも方角はわかりましたから大丈夫ですよ」
今いる場所から直線距離で100キルはないだろう、とゴローは目算している。
100キル——100キロメートルは、おおよそ東京と富士山の距離である。
かつては気象庁から富士山が見えると視程100キロの目安にしていたという。
「多分50キルくらいでしょう。『ALOUETTE』ならすぐです」
「うん、ただ、目的地は頂上じゃないからねえ」
「あ、そうでしたね」
「じゃあ、どうしましょう……」
「うーん……」
* * *
ならば、山を周回すれば見つけられる確率が高くなるだろう、という結論になった。
まずは雲に隠れている『カイラス山』を目指す。
「10キルくらいまで近付いたら周囲を旋回してみよう」
30分ほどでカイラス山を覆う雲の手前までやって来た。
『カイラス山』は独立峰に近い感じのため、高度3000メル程度ならぶつからずに1周できそうである。
「フランク、雲に入らないようにぐるっと回ってくれ」
「わかりました」
『ALOUETTE』は右回りに『カイラス山』を周回し始めた。
「うーん……雪ばかりだねえ」
「『竜の墓場』が雪に埋もれて見えないって可能性はありませんか?」
ヴェルシアがハカセに尋ねた。
「その可能性は0じゃないだろうけど、何か目印くらい見えるんじゃないかねえ」
そんな時。
「ハカセ、また湖が見えます」
ゴローがハカセを呼んだ。
「どれどれ……不思議な色だねえ……」
先程の湖はアクアブルーに澄んでいたが、眼下の湖はエメラルドグリーンに『濁って』いたのである。
周囲からは白い煙が吹き出しており、雪も積もっていない。
位置的には『カイラス山』の西側に当たる。
「うーん……危険だと思います」
「あそこがかい?」
「はい」
湖の色からして、硫酸系の物質が溶け込んでいると思われた。
吹き出しているのは蒸気ではなく二酸化硫黄や硫化水素を含んでいる可能性もある。
「黄色いのは硫黄でしょうね」
近付かない方がいいと思います、とゴローは念を押した。
* * *
『ALOUETTE』は『カイラス山』を回り込み、北側までやって来た。
「雪ばっかりですね」
「真っ白だねえ」
何も見つからなかった。
そして『カイラス山』も雲に隠れたまま。
『ALOUETTE』はさらに回り込んでいく……。
「このまま1周しても見つからなかったら、あの雲の中なのかな……」
誰にともなくゴローが呟いた。
「うーん、その可能性もあるよねえ」
ハカセが応じる。
「でも、霧の中というか雲の中は視界がないから危険ですよ」
「そうなんだよねえ」
「……ルル、何かわかる?」
「うーん、わからないわ。『真竜』はあたしより格上だし……」
「そうなのか……」
「というか、『真竜』より上の存在なんていないんじゃないかしら」
「そうかもな……」
そして『ALOUETTE』は『カイラス山』の東側に回り込んだ。
「おや、あれは?」
「ハカセ、何かありましたか?」
自分とは反対側の窓から下界を見下ろしていたハカセが声を上げたので、ゴローはそちら側へ行ってみる。
「あれは……フランク、速度を落として、高度も落としてくれ」
「了解」
高度を落としていく『ALOUETTE』。
眼下に広がるのは、荒涼とした風景。岩だらけの荒野に、巨大な動物の骨が転がっており、地面のそこかしこからは白い蒸気が噴き上がっている。
さらに不気味なのは、赤い池・青い池が点在していることだ。
「ここだ……と言いたいけど、あれはどう見ても『真竜』の骨じゃないねえ」
「ですね。大型の動物の骨ではあるんでしょうけど」
「……やっぱり動物の墓場なのかねえ?」
「そんな感じですね」
「でも、大型動物の墓場があるなら、『竜の墓場』があってもおかしくないよねえ」
「それはそうかもしれませんね」
そして『ALOUETTE』は『カイラス山』の周りを一巡りしてしまったのだった。
「今度は雲の中……」
「危険すぎます」
「ここまで来てねえ……」
いかにも残念そうなハカセの顔を見たゴローは、1つの案を思いつく。
「それじゃあ、俺が降りて、地表から探してみますよ」
「うーん……それだって危険だよ?」
「でも、他にいい方法は……」
フランクに、という手もあるが、ゴローはサナと『念話』で連絡が取れるため、自分が行く、と言い張った。
「それもそうか……それじゃあ、せっかくだから『トウガラシスプレー』は持っていっておくれ」
「わかりました」
万が一魔獣に出くわした場合、ゴローなら逃げることはできるだろうが、トウガラシスプレーがあればより安全に逃げ切ることができるだろうとハカセは言った。
念のため『ALOUETTE』は高度20メルほどに浮いて待機。
これなら、不慮の事態もそうそう起こらないだろうし、ゴローなら『空気の壁』を使って空中を駆け上がることもできるだろうからだ。
そしてゴローは小さな背嚢を背負い、ポケットにトウガラシスプレーを2つ入れて出発した。
* * *
「さて、どっちへ行くかな……」
今いる場所は『カイラス山』の南側。
あまり西へ寄ると火山性ガスが噴き出す荒れ地なので、ゴローは山の斜面側を進む。
既に周囲には霧が立ち込め、視界は20メルくらいしかない。
ゴローは『強化』2倍を自分に掛け、道なき道を進んでいった。
草も灌木もほとんど生えていないため、そういう意味では歩きやすい……のかもしれない。
「常に右側が高い状態で歩いていれば大きく道を外れることはないだろう」
右手側に山頂がある、ということになる。戻るときは左手側が高くなるような向きに進めばいいわけだ。
「しかし、なにもないな……」
視界が悪いことも手伝って、行けども行けども荒れ地しか見えない。
火山性ガスの臭いはしないのでその点は安心だ。
ごろごろした岩場を越え、ザラザラした砂の斜面を渡り、ゴローは進んでいった……。
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次回更新は11月2日(木)14:00の予定です。




