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01-27 企み?

 食材を買ったゴローとサナがティルダの工房に戻ると、中を覗き込んでいる男がいた。

「あの、何か?」

 とゴローが声を掛けると、男は、

「いや、なんでもねえ」

 と言ってすたすたと立ち去っていったのである。

「……何だ、あれ?」

 なんとなく気になったゴローは、荷物をサナに任せると、

「ちょっと後を付けてみる」

 と一言言って駆け出したのだった。


*   *   *


「……ただいま」

 サナが工房に入ると、ティルダは掃除をしていた。

「あ、おかえりなさいです」

「……掃除?」

「はいです。……あの、サナさんやゴローさんと一緒に、シクトマへ行くことに決めたです」

 ティルダは、誘いに乗って、共に行くことに決めたようだ。

「そう」

「それで、店を片付けているです」

 確かに、道具類が箱にしまわれており、工房はさっぱりとした感じがする、とサナは思った。

「担いで、いくの?」

「さすがにそれは無理なのです。荷車を買うのですよ」

「……作ったら?」

 器用なドワーフなのだから作ればいいとサナは言った。

「うう……小さいものなら得意なのですが、大きいものは作ったことないのですよ」

 だがティルダは、工芸品ならいざしらず、大工の範疇はんちゅうになるような大きさのものは自信がない、と言った。

「ゴローは、けっこうそういうの、得意。手伝わせればいい」

 マネキンや看板娘を作ったゴローを思い出し、サナはそう提案した。

「そ、そうなのです?」

「うん。帰ってきたら相談してみて」

「はいなのです!」

 ゴローが木製部分を作り、ティルダが金具類を作れば、かなりいいものができるのではないか、とサナは思っていた。


*   *   *


 一方、ゴロー。

 ただの人間に気付かれないよう後を付けることなど、ゴローには朝飯前だった。

(この道は……)

 不審な男の後を付けたゴローはその男が、ティルダに金を貸したシャロッコの店に入っていったことを突き止めた。

(シャロッコの回し者か? ……いや、まだ決めつけるのは早いか)

 そこでもう少し近付いて、店の中での会話に耳を澄ましてみた。

「……ただコノいまショウヒかンえりイイまカしたンジネ。おそアタかっシたカミでカはなザリホいかシイ。でナ、どうだった? …………」

 雑多な会話が聞こえてくる。


 実際、耳がよければ遠くの音がよく聞こえると思いがちだが、それには雑音がないこと、という条件が必須だ。

 耳がよくても、いや耳がいいほど、聞きたい音以外の雑音も聞こえてしまうのだ。

 そこから知りたい情報のみを聞き分けるには、耳のよさだけでは足りない。

(伝説の聖徳太子は7人の訴えを同時に聞き分けたっていうからな……情報処理能力に優れていたんだろうか)

 などと謎知識を頭の隅でもてあそびながら、ゴローは聞こえてくる会話を話し手ごとに分離していく。


「ただいまかえりました」

「おそかったではないか。で、どうだった?」

(やっぱり、シャロッコが雇った男のようだ)

 引き続き、ゴローは聞き耳を立てた。


「はい、店の中を片付けていましたぜ。引き払うつもりなんじゃねえですか?」

 聞き分けに慣れてくると、微妙なアクセントやニュアンスも察することができるようになった。


「なに、片付けていたと? ……ふふ、そうか。諦めたと見えるな」

「ですが、そんな悲壮な表情ではなかったですぜ。どっちかというと晴れ晴れとした顔でした」

「ふん?」

 と、そこに別の声が被さってきた。ゴローは数秒、切り分けに手間取ったが、3人目の声も聞き分けることに成功した。

「だんな、しんじょうほうです」

「なんだ?」

「どうやらあの小むすめ、金づるを手に入れたようですぜ」

「何い!?」

(金づる? それってもしかして……)


「なんでも、マッツァ商会が後ろ盾になるとかならねえとか」

「マッツァ商会……ああ、あそこか。……で?」

「ほら、例の、王家が探してるとかいう宝石、そいつが見つかったらしくて、商会ではみんな浮かれてるんでさあ」

「ふうむ……それは本当か?」

「そりゃもちろん。店の中で主人とせがれが話していたのを聞いたんですから」

「そうか……」


 そこから、声はさらに小さくなった。どうやら奥に移動したらしいとゴローは見当を付けた。

(……で……やりま……かい?)

(そうだな、足がつかんよう……やれるか?)

(任してくだ……や)


 切れ切れに聞こえる会話から、どうやら何か行動に移すらしいということだけはわかった。

「うーん、どうするか」

 このまま待ち構えていれば、奴らが何をする気かはわかるだろう、とゴローは考えた。

 1日でも2日でも、待つことはできるゴローなのだから。


 会話を聞いた限りでは、考えられることは、ティルダの工房か、マッツァ商会か、どちらか……あるいは両方が狙われているということだ。

 具体的に何をされることになるのか、それはわからない。が、ろくなことではないことだけはわかる。


「しかし、シャロッコとかいう男、まともじゃないと思ったが、こんな犯罪紛い……いや、犯罪にも手を染めているのか……」

 おそらく相当汚い手を使ってのし上がったんだろうな、とゴローは想像した。


*   *   *


「むう、ゴロー、遅い」

「ほんとにゴローさん、遅いです」

 ティルダの工房では、サナとティルダが首を長くしてゴローの帰りを今か今かと待っていた。

 それは、買ってきた食材でクレープを作ってもらえるはずだからだ。


 時刻は午後4時半、そろそろ夕飯の支度を始める頃合いである。

「ちょっと、見てくる」

 サナはそう言ってティルダの工房を出た。

 そして『念話』をゴローに向けて送る。

〈ゴロー、何かあったの?〉

 返事はすぐにきた。

〈サナか。そうなんだ。これこれこういうわけで……〉

 ゴローは不審な男がシャロッコに雇われていたこと、シャロッコがティルダの工房もしくはマッツァ商会に何かよくないことを仕掛けようとしているらしいことなどを説明した。

〈……わかった。でも、明るいうちには仕掛けないんじゃないかと思う〉

〈それはそうなんだが〉

〈……なら、こうしたら? 急いで帰って食事の支度をし、それを食べてからあらためて張り込む〉

〈それしかないかな〉

〈そうした方が、いい〉

〈……わかったよ〉

 半ばサナの強引さに押し切られた形で、ゴローは一旦ティルダの工房に戻ることにしたのだった。


*   *   *


「小麦粉と砂糖を混ぜたあと卵とミルクで溶いて、ちょっとだけ植物油を混ぜる」

 ゴローは、ティルダに説明しながら作っていく。

「フライパンを熱して、植物油を引いて……」

 生地がくっつかないよう、油を引くと説明。

「弱火から中火で焼いていけばいいんだ」

 火が強すぎると中まで火が通らないうちに外側が焦げてしまうので要注意だ。

 一応、ゴローの謎知識からのレシピである。

(カタクリ粉を混ぜるレシピもあるが……今回はスタンダードにいこう)

 要するにデンプンを混ぜると、破れにくいクレープができるらしいと謎知識は言っているのだが、今回はよりシンプルにいくことにしたゴローであった。


「あ、焼けてきたのです」

 焦げないよう、フライ返しでひっくり返すゴロー。

「膨張剤があればホットケーキになるんだがなあ」

 と言いつつ、クレープは完成した。

「これにジャムを塗って食べるんだ」

 トッピングは今のところジャムしかないので、味が単調になるが致し方ない、とゴローは思った。


「これ、おいしい」

「ゴローさん、すっごく美味しいのですよ!」

 が、サナもティルダも気に入ったようなので一応よしとしたゴローであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月10日(火)14:00の予定です。


 20190908 修正

(誤)大工の範疇はんちゅうになるような大きさのものは自身がない、と言った。

(正)大工の範疇はんちゅうになるような大きさのものは自信がない、と言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「あ、焼けてきたのです」 > 焦げないよう、フライ返しでひっくり返すゴロー。 >「膨張剤があればホットケーキになるんだがなあ」 > と言いつつ、クレープは完成した。 >「これにジャムを塗っ…
[一言] ハチミツや樹蜜を忘れてますよ
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