00-04 魔法の練習
研究所の外に出て、56号は37号による魔法のデモンストレーションを見学していた。
「『火』『点す』」
短い詠唱をすると37号の指先に小さな火が点った。
「おお!」
思わず声を上げてしまう56号。
「『光』『灯す』」
今度は指先に小さく光が点った。
「『エレメント』と『効果』、これが基本。ここに、『形容』を入れると……」
今度はすっと腕を伸ばし、
「『火』『槍』『発射』」
少し長い詠唱に従い、細長くなった火の塊が遠くまで飛んでいった。
「『火』を『炎』にし、『槍』の後に『第2形容』である『破裂』を入れると、大きな炎が飛んでいって、着弾と同時に破裂、する」
「へ、へえ……」
56号はすっかりその光景に魅せられていた。
彼のあやふやな記憶の中には、魔法というものは一切なく、文字どおり生まれて初めて見る魔法の発現に大興奮しているのだ。
それからも37号からの魔法の講義は30分ほど続いた。
「それじゃあ、やってみて」
「お、俺が?」
56号としては、できるとは思えないのだ。
「できるはず。……まずは安全な、光を点す魔法から、やってみて」
「う、うん」
56号は指を立て、
「『光』『灯す』」
と唱えたが、何も起こらなかった。
「……」
「それじゃあ、駄目。体内のオドを動かさないと」
37号に駄目出しされた。
「そんなこと言ったって、やったことないし、オドなんてどこにあるんだか……」
「確かに。私が悪かった。……手を貸して」
そう言いながら、37号は56号の手を取った。
(うわ、柔らかい手……)
どぎまぎする56号。
56号が、どうやら自分は、女の子に手を握られたことはないみたいだな……などと思う間もなく、繋がれたその手から、何か温かいものが流れ込んでくる感触を覚えた。
〈……私を、感じる?〉
「え?」
56号の脳裏に、37号の思念が響いた。
〈今、あなたの中に、私のオドを流し込んで、いる。この感覚を、感じて、覚えて〉
「オドの、感覚……」
〈そう。私と、あなたのオドは、同じハカセに作られたホムンクルス同士、同質。だから、私のオドがわかれば、あなたは自分のオドもわかる、はず〉
(…………)
56号は、繋いだ手から流れ込んでくる温かなものに意識を集中しようとした。
が、すぐ目の前に37号の顔があり、その柔らかな手の感触も同時に感じられ、どうにも集中できない。
〈目を閉じると、いい〉
(あ、そうか)
56号は目を閉じ、流れ込むオドを感じ取ろうとした。
最初はうまくいかなかったが、次第に感覚が慣れてくる。
〈そう。それが、オド〉
(これか……!)
〈わかったなら、今度は自分のオドを、動かすことを、覚えて。起点は、心臓部の『哲学者の石』〉
(わ、わかった)
56号は、己の中を巡っているオドの感覚をつかんだあと、心臓部にあるはずの『哲学者の石』に意識を集中した。
(こ、これか? ……あ、あれ?)
だが、なかなかうまくいかない。
〈……そう。それ。……そう、それで、いい〉
37号のアドバイスもあって、56号は少しずつ自分のオドを動かせるようになっていった。
〈そう、そこ。そのまま、ゆっくり、少しずつ〉
(こ、こうかな?)
5分、10分と練習するに連れ、56号はオドの感覚に慣れてきた。
〈うん、それで、いい。その状態を維持、して〉
(う、うん)
そしてまた5分、10分。
〈オドの感覚がつかめたなら、身体の中を巡らせるように、する〉
(……こうかな?)
〈そう、上手。その状態を維持できるようになったら、今度はオドを、私に流し込んでみて〉
(ええと……こうか?)
56号は、体内を巡るオドを、触れ合っている手から流し出すように意識した。
〈……凄い。濃いものが、流れ込んで、くる。……これがあなたの、オド……〉
そのまま56号は、37号にオドを流し込んでいく。心臓部にある『哲学者の石』が暖かな脈動を始める……。
すると、奔流のようなオドが56号の手から37号へと流れ込んだようだ。
〈あ、あ……あ、あふれちゃう、と、止めて〉
37号はうわずった声を出した。
(ご、ごめん)
56号はあわててオドの流れを止めたのだった。
繋いだ手をほどき、37号は上気した顔を伏せた。
「……凄かった。こんなの、初めて」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと、驚いた、だけ」
ほんのり桜色に染まった顔を上げた37号は薄く微笑んだ。それを見た56号はドキッとする。
「……あなたの『哲学者の石』の性能が高いのは、知っていた。でも、これほどとは思わなかった」
「そうなのかな?」
「そう。今感じただけでも、私の、2倍は、あった」
フル稼働させたならどのくらいになるか、想像できない、と37号は言った。
「それってまずいことなのか?」
「それ自体はまずく、ない。ただ、制御の仕方を覚えないと、いろいろまずいことが起きる」
「……どんな?」
「コップ一杯の水を出すつもりで、風呂桶一杯の水を出してしまう、と言えば、想像できる?」
「それは困るな」
そう反応しつつも、この世界にも風呂桶ってあるんだ、と頭の片隅で思う56号である。
「薪に火を点けたいと思っても、竃ごと燃やしてしまう、とか」
「……確かにまずいな」
「だから、制御の練習が、必要。……わかった?」
「わかったよ」
己の危うさに気づかされた56号は、素直に頷いたのであった。
* * *
〈そう、そんな感じ〉
(……こんなものかな)
再び手を繋ぎ、37号と56号はオドの制御訓練を再開した。
〈焦って速く動かしちゃ、駄目。慣れるまではもう少し、ゆっくり動かして〉
(む、難しいな)
〈動かすのに慣れたら、流す量を制御、する。例えるなら……そう、太さと速さを意識するように、して〉
(あれもこれも……大変だな……)
〈慣れれば、無意識にできるようになる。歩くのと、一緒〉
(早くそうなりたいよ……)
〈練習、あるのみ〉
(わかったよ……)
辺りはすっかり暗くなり、空には無数の星が瞬いていた。
37号と56号は、暗さも夜気も気にならないように、オドの制御訓練を続けている。
その時、不意に37号が手を離した。
「ど、どうしたんだ?」
「……何か、来た。多分、魔獣」
「魔獣?」
「そう。魔力……オドを体内で生成できる、獣」
「危険なのか?」
「私と、あなたには脅威ではない。でも、ハカセにとっては、危険」
「なるほど」
そんな会話をしているうちに、唸り声が聞こえるようになった。
「イビルウルフ。群れを作って、獲物を襲う」
闇の中、光る目が22、見えてきた。
「11頭か?」
その数を数えた56号が頭数を口にするが、37号は首を横に振った。
「12頭。1頭は奥に、いる。そいつがリーダー」
4頭が群れから離れ、飛びかかってきた。2頭は37号に、2頭は56号に。
「うわっ、うわわ!」
「焦らないで。こいつら程度では、私たちに、傷1つ、付けられない」
焦る56号と裏腹に、37号は落ち着き払っている。
「ちょうどいい、実験台。『魔法』を、使ってみて」
「わ、わかったよ!」
56号は、どんな魔法を使えばいいかと考えを巡らす。が37号は、悠長に考え込む56号を見て、
「火魔法を使って」
と、指示を出したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
20190609 修正
(誤)少し長い詠唱に従い、細長くなった火の固まりが遠くまで飛んでいった。
(正)少し長い詠唱に従い、細長くなった火の塊が遠くまで飛んでいった。
20190708 習性
(誤)『槍』の後に『第2形容』である『破裂』入れると
(正)『槍』の後に『第2形容』である『破裂』を入れると