11-29 北上 1日目
夜が明けた。
いよいよ出発の日である。
お天気は上々だ。
早起きしたゴローは『水の妖精』のクレーネーや『クー・シー』のポチに行ってくると告げた。
「はい、お気を付けて行ってらっしゃいですの」
「くーんくーん」
「それじゃあ行ってくるよ」
一方、ハカセも寝ていられなくて早々と起きてきていた。
それで、いつもより30分早い朝食を済ませ、いよいよ出発だ。
最終的なメンバーは、ハカセ、ゴロー、サナ、ヴェルシア、そしてフランク。
加えて、『木の精』のルルから枝をもらい、鉢に挿し木をして『分体』として付いてきてもらっている。
もちろん周囲索敵のためだ。
以前同じことを『木の精』のフロロに頼み、『フロロレーダー』として役立ってもらったので、再び……というわけである。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「お気を付けて、なのです」
「行ってきます」
「無事のお帰りをお待ちしています」
「あとを頼むよ」
「はい、お任せください」
留守を任されるのはルナールとティルダ。そしてマリーの『分体』である。
マリーの『分体』も、最近はこの研究所に馴染み、そろそろ『分体』から1ランクレベルアップしそうな感じである。
つまり独立した『屋敷妖精』になれそう、というわけだ。それがいつになるのかはわからないが。
* * *
さて、青空の下、『ALOUETTE』は時速150キルほどで飛んでいる。
「快適だねえ」
船室はほぼ密閉されているので上空の寒気も入ってこない。
高度は2000メル。
研究所の標高が既に1000メルほどはあるので、そう高いわけではない。
ハカセとヴェルシアのことを考えたら、非常時以外にいきなり高度を取ることは避けたいからだ。
「船室に与圧できるといいですね」
ゴローがハカセに提案した。
「与圧? ……ああ、高度を上げても中の気圧が下がらないように、かい」
「そういうことです」
「確かにねえ。帰ったら改造するかねえ。……室内の密閉度を上げて、気圧を調整するために……」
早速ハカセは考え始めたようだが、
「ああ、やめやめ。今はこの調査行に集中しなきゃ」
と思い直し、窓の外に目をやったのである。
* * *
30分も飛んでいくと、2000メルの高度では低すぎるようになってきた。
つまり地面の高度が上がってきたのである。
仕方なくゴローは高度を3000メルまで上げた。
「あ、なんだか耳の奥がツーンとするねえ」
「あ、私も……」
ハカセとヴェルシアは高度による気圧低下を感じたようだ。
「それ以外に問題はないですか?」
「ああ、大丈夫だよ。つばを飲み込んだら治ったからねえ」
「私もです」
「それならいいんですが、具合が悪くなったらすぐに言ってください」
「ありがとうよ、ゴロー」
とはいえ、ハカセもヴェルシアも気圧の変化には強いようで、高山病……高齢者では標高1500メートルから注意、と日本の厚生労働省関西空港検疫所のHPにある……にはならずに済んだ。
* * *
「……見つかりませんねえ」
「見つからないねえ」
その日1日、北の地を飛び回ったが、目的とする高い山は見つからなかったのである。
「もうじき日が暮れるねえ」
「どこかに着陸して休みましょう」
「そうだね、それがいいね」
ゴローとサナ、そしてフランクは休まなくても平気だが、ハカセとヴェルシアはそうではない。
そこで、『ALOUETTE』を着陸させられるような場所を、まだ明るいうちに探すことにした。
そして探し回ること20分。
「ゴロー、左手に平地がある」
サナが格好の野営地を見つけてくれた。
近付いてみると、山中に開けた草地である。
「周囲に生き物はいないわね」
『ルルレーダー』もそう言ってくれたので、『ALOUETTE』は着陸した。
標高は1500メートルくらい。枯れた草が一面に生えた、山上にできた草地である。
「ここも、研究所と同じような、小さなカルデラみたいですね」
周囲は低い山に囲まれており、風は穏やか。
とはいえ研究所よりも500キロ以上北に来ているのでかなり寒い。
「天幕を張るより『ALOUETTE』の中で寝たほうがいいですね」
「ううん、そうだねえ。夜は冷えそうだね」
『ALOUETTE』の座席はフルフラットになるので寝台代わりにできるのだ。
食事の支度は火を使うため、外で行う。
お湯を沸かし、スープを作る。
干し肉を火で炙れば香ばしい匂いに。
パンもちょっと焼けば食べやすくなる。
サナには甘いラスクを2枚付けてやった。
食べるのは『ALOUETTE』の中。
風も来ないので暖かい。
「うん、炙った干し肉はなかなか美味しいねえ」
「下味を付けてますから」
今回の干し肉は燻製に近い製法で作ったもののようだ。
次回は自分たちで燻製肉を作ってみようと考えるゴローであった。
「温かいスープがありがたいです」
ヴェルシアはやや寒さには弱いようで、スープの入った器を両手で持ち、手を温めながら飲んでいた。
「今日は結構広い範囲を飛んだ気がしたんですけどね」
食後のお茶を淹れながらゴローが言った。
「うーん、山の記憶はあやふやだけど、もう少し北の方だった気もするんだよねえ」
明確な地図があるわけでもなく、記憶に頼っているので場所の特定は難しい。
まして、上空からだと探しやすい反面、地上から見た景色とかなり異なるので同定しづらいというデメリットもあった。
「そうしたら、明日はもう少し北まで行ってみましょうか」
「そうだねえ」
「あと……そうだハカセ、30分くらいでいいんですが、『ALOUETTE』内の気圧を上げる……というか、低下させずに保つ魔法ってありませんか?」
「うん? ……ああ、もっと高度を上げようっていうんだね?」
「そうです。さすがハカセ」
目指す山が世界有数の標高だというのだから、『ALOUETTE』の高度を6000メルとか8000メルまで上げれば見つけやすくなるのではないか、とゴローは考えたのだ。
それをハカセはいち早く察したのである。
「うーん……呼吸ができなくなっちゃ困るわけだから、換気しないというわけにもいかないんだろう?」
「はい」
「ちょっとすぐには思いつかないねえ……『空気の壁』じゃあ空気も通さなくなっちゃうからねえ」
「そうですか……」
さすがのハカセも、すぐには思い付けないようだった。
魔法も万能ではないのか……と、ゴローはちょっと落胆する。
だが。
「魔導具ならできそうだけどねえ」
「え?」
空気を送り込む魔法を、パイプの中で、一定の強度で発生させる。
この時、排気側の圧力を一定に保つよう調整しておけば、吸気側の圧力が変化しても排気側の圧力は一定に保たれるはず……というのだ。
「まあ、細かい制御は必要だろうけどね。……これを術者がやるのはちょっと無理だろうねえ」
「そうですね……」
継続させる時間が長いこと、値を一定に保つこと。
これは人間ではなく魔導具にやらせるべき案件だ、とハカセは言ったのである。
魔法と科学の融合なら可能ということだ。
光明が見えた……が、明日実行するというわけにはいかない。
一旦研究所に戻って……では、時間がかかってしまう。
そうなったら、北の山に大雪が降る可能性が高くなってしまうのだ。
「ゴロー、短時間なら耐えられると思うよ?」
「わ、私も……頑張ります」
とハカセとヴェルシアは言うが、健康に関する妥協はしたくないゴローである。
「……じゃあ、フランクに操縦してもらって高度を上げ、そういう山が見えるかどうか確認してもらうのはどうだい?」
「ああ、それがありますね」
その間、ゴローとサナはハカセとヴェルシアの護衛をするわけだ。
建前はゴローとサナも高度の影響を受けないよう、自動人形であるフランクに任せるわけだが。
「それで行きましょう」
そういうことになった。
その晩は眠る必要のないフランクが寝ずの番を務めてくれたので、皆安心して(ゴローとサナは起きていたが)眠ったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月19日(木)14:00の予定です。