11-28 出発前日の支度いろいろ
『真竜の墓場』。それがどこかにあるという噂話は人口に膾炙している。
そんな噂よりも信憑性のある話を、ヴェルシアは始めたのである。
「司祭さ……司祭がおっしゃ……言っていました。噂よりは信憑性が高いけれど、確認はされていない、と」
「なるほどねえ。それで、その場所は?」
「ええと、かなり北の地です。研究所よりももっと北で、世界有数の高山が目印だとのことです」
「へえ?」
世界有数の高山、というところでハカセには心当たりがあるようだった。
「その山の名前はわかるかい?」
「はい。ええと、確かコララト山と……」
「うん、研究所の遥か北にそんな山があるねえ」
「行ったことがあるんですか?」
「いや、ないよ。でも、遠くから眺めたことはあるのさね。……あたしが若かった頃に」
ハカセが若かった頃。
漠然と、何年前だろうなとゴローが考えていたらハカセに睨まれた。
「180年くらい前だよ」
「まだ何も言ってませんが……」
「顔に書いてあったよ」
「そんなにわかりやすかったですか?」
「あたしゃゴローの親だからねえ」
ハカセには敵わないな、と兜を脱いだゴローであった。
* * *
「さて、それじゃあ俺は一旦帰ります。また明日の夜、サナも連れて戻ってきます」
「そうだね。たくさん資材を積んできておくれよ?」
「はい。ですので『ALOUETTE』で帰りますから」
『ALOUETTE』なら積載量は十分である。
「そうだね。気を付けてお戻り」
「はい、それじゃ」
そんなこんなで、『ALOUETTE』で王都の屋敷へ戻ったゴローである。
* * *
明けて翌日は、ローザンヌ王女の来訪もなく、比較的のんびり過ごせたゴロー。
お昼近くに、マッツァ商会から『セラック』と『ナイロン毛虫』の素材が届いた。
「これだけあれば当分の間、不足しないな」
それは全部『ALOUETTE』に積み込んだ。
「ゴロー、お砂糖も」
「わかってるよ」
その他、砂糖をはじめとする食材もたっぷりと詰め込むゴローであった。
「さてと、あとは……」
おそらく、半月くらいは留守にしそうなので、忘れ物はないか、やり残したことはないかとゴローは屋敷の中を見回した。
トウガラシも順調に育っており、蕾が膨らんできている。実が生って収穫できるまではまだ2月くらい掛かるだろうと思われた。
「こっちは引き続き世話を頼むよ、マリー」
「はい、お任せください」
「あと、アーレンが来たら事情を説明しておいてくれ」
「承りました」
そんなこんなでやり残したこともなくなり、夜になった。
* * *
「じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ、ゴロー様、サナ様。お気を付けて」
午後7時半、すっかり暗くなった夜空に『ALOUETTE』は浮かび上がった。
そして、一路研究所へと飛んでいく。
それほど速度を出さなかったので、研究所に着いたのは午後10時。
「お帰り、ゴロー、サナ」
「ただいま、ハカセ」
ハカセが2人を出迎えてくれた。
荷下ろしはフランクが手伝ってくれたので5分で終了。
「今夜はもうこれで終わり。明日にしようかね。……なんか疲れたよ」
「……ハカセ、今日1日、何をやっていたんですか?」
「ちょっと研究をね……」
「無理なさらないでくださいよ?」
「わかってるよ、ちょっと興が乗ってしまっただけさね」
「もう……それじゃあ、今日は休みましょう」
そういうことになった。
* * *
夜。
ゴローとサナは眠る必要がないので、『念話』で話をしていた。
〈サナは『真竜の墓場』って知っていたのか?〉
〈ううん、知らない。ハカセから聞いたこともなかった〉
〈そっか。……やっぱり遠いから、行けるはずがないと思っていたのかな?〉
〈それはあると思う。とにかく遠い北の地みたいだし〉
〈だな……〉
〈……危険は、ない?〉
〈どうだろう? 未知の土地だからな〉
〈明日は支度をするはず。準備は、万全に〉
〈うん、そうだな〉
サナの『念話』に、見えないとわかってはいても頷くゴローであった。
* * *
翌朝、早起きしたゴローは、まず『水の妖精』のクレーネーの所へ行った。
「ゴローさん、おはようございますですの」
「おはよう、クレーネー」
そして、明日から出掛けることを話し、多めに『癒やしの水』をもらった。
今のクレーネーは10リルくらい出せるらしいが、今回もらったのは3リルほどだ。
ハカセ用と、道中何かに使えるかもしれないという意図がある。
クレーネーによれば『癒やしの水』は何年置いても腐らないらしいので、非常用の水としても有効だ。
次にゴローは『クー・シー』のポチを呼び出した。
「わふわふ」
「ポチー、元気だったか?」
「くーん」
「よしよし」
また少し大きくなったようなポチを、思う存分撫で回してやるゴロー。
ポチは嬉しそうにされるがままになっていた。
「また留守にするからな。悪いな、ポチ」
「くーん」
ゴローの言うことがわかっているのか、ポチは神妙に頷いていた。
* * *
ゴローが研究所に戻ると、朝食ができたところだった。
ハカセも起きてきていて、絶妙のタイミング。
「おはよう、ゴロー」
「おはようございます、ハカセ」
汲みたての『癒やしの水』をコップ一杯飲んだハカセは、上機嫌に言った。
「今日は遠征の準備をするからね。ゴローにも手伝ってもらうよ」
「もちろんです」
ゴローが運んできた素材も使ってみたいが、それよりも雪の季節が来る前に北の地……『真竜の墓場』へ行くことの方が優先される、というのだ。
ゴローは保存食を多めに準備するつもりだった。
もちろんサナの好きな甘味の割合を多くして。
ラスクをはじめとして純糖(和三盆糖もどき)、フルーツ類の砂糖漬け、干し肉、乾パン、それに『魔法乾燥』処理したご飯。
それからお米、小麦粉、砂糖や塩、メープルシュガー、ハチミツも少し持っていく。もちろん水も。
「食料はいいけど……魔獣よけも必要だな」
『例』の『トウガラシスプレー』は必須。
それに煙幕用の古ゴム(燃やすと黒い煙が出る)。
「あとは『閃光弾』もいいな」
『閃光弾』はキーワード『イルミノ』を唱えると3秒後に閃光を発するもの。
「ああ、『音響弾』もほしいな……ハカセに相談しよう」
ということでゴローは、ハカセの研究室へ向かった。
* * *
「ほほう、『音響弾』ねえ。要するに、大きな音を発する魔導具だね?」
「はい。こちらにもダメージがありますから、起動して数秒は音が出ないようにしてほしいんです」
「そのへんは『閃光弾』と同じだね。……うん、できそうだ」
「じゃあ、ぜひお願いします」
「わかったよ」
ハカセが受けあってくれたのでゴローは任せることにした。
「『轟音』の魔法を書き込めばいいわけだからね」
『閃光弾』は同じように『閃光』の魔法を閉じ込めたものなのだ。
「ハカセ、その2つを同時に使えますか?」
「できるよ?」
「では、閃光と轟音を同時に発するものも作ってください」
ようするに『スタングレネード(閃光手榴弾)』である。
「わかったよ。面白そうだね。幾ついる?」
「できれば『閃光弾』『音響弾』『閃光音響弾』それぞれ10発はほしいですね……」
「うーん……わかった。作ってみるよ」
「お願いします」
個人の武装としては『トウガラシスプレーガン』を持つ。
主に戦闘能力のないハカセとヴェルシア用だ。
それからお金を少々。
おそらくハカセは、そちらには無頓着だろうからだ。
サナはサナで、着替え類の準備をしていたのだった。
* * *
「準備は万端、いよいよ明日出発だねえ」
「ちゃんと寝てくださいよ?」
「だ、大丈夫さね」
ちょっと動揺しながらも受け合うハカセであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月12日(木)14:00の予定です。
20231005 修正
(誤)〈ううん、知らない。ハカセか聞いたこともなかった〉
(正)〈ううん、知らない。ハカセから聞いたこともなかった〉
(誤)こちらにもダメージがありますかた、起動して数秒は音が出ないようにしてほしいんです」
(正)こちらにもダメージがありますから、起動して数秒は音が出ないようにしてほしいんです」
(誤)「ハカセ、その2つを当時に使えますか?」
(正)「ハカセ、その2つを同時に使えますか?」