11-27 次なる目標
ひとしきりコーヒーの味と香りを堪能したローザンヌ王女は、今日の来訪の本題に入った。
バラージュとシナージュの紛争に動きがあったという、その情報である。
これはモーガンが説明してくれる。
「一言でいうと泥沼なんだが、周辺国に動きが出てきているのだ」
「といいますと?」
「バラージュ国の南にある『ドンロゴス帝国』が動いたのだよ」
「……何か利益が目当てでしょうか?」
「お、鋭いな。帝国は、おそらくはバラージュ国の領土ではなく知識が欲しいのだと思う」
「つまり、知識層の亡命があるんですか?」
「そのとおりだ。バラージュ国の避難民を一時的に受け入れる、ということで恩を売ろうというのか、あるいは知識層も取り込もうというのか、そのあたりはまだわからん」
「なるほど……でも、戦争には参加していないのでしょう?」
「それはもちろんだ。そんなことをしたら帝国も戦争に巻き込まれるからな」
モーガンはコーヒーの残り(たっぷりと砂糖を入れた)を飲み干してから続けた。
「ただ、おそらくはこの紛争後になにがしかの見返りを期待して、物資の援助もしているだろう……おそらくは食料あたりを」
ドンロゴス帝国は南にある分、農業も盛んだからな、とモーガンは説明した。
「ドンロゴス帝国はいろいろな産業が盛んな国なんですね」
「そうだ。海に面しているから海産物も捕れるからな。豊かな国なのだ。ただ……」
「ただ?」
「……これは個人的な意見として聞いてほしいのだが、文化程度がやや低いかな、と感じるな」
「そうですか……」
そのため、エルフの知識を欲しているのではないか、というのがモーガンの『個人的な』意見だという。
そういう発言は『公人』としてはなかなかしづらいのだろうなと察したゴローである。
「そうすると、バラージュとシナージュの紛争はまだ続きそうだということですか?」
「そこがまだなんとも言えないところなんだよ」
「といいますと?」
「ドンロゴス帝国が、この先どの程度介入するかが見えていないからだ」
「それはそうですね」
ここでローザンヌ王女が説明を引き継いだ。
「噂では、バラージュ国のアルゲ氏族のセロシア公女……この敬称が適切かどうかは知らぬ…………がドンロゴス帝国の皇太子妃になるという噂もある」
「ははあ……」
縁続きとなれば、武力介入があってもおかしくない。
「それはややこしい事態ですね」
「うむ。……幸い、我が国は平穏だ。混乱も収まったしな」
「そうですね……」
「そうだとも。……例の『トリコフィトン症治療薬』も重宝しておるぞ」
「それはよかったです」
「他の薬も流通はほぼ戻ったようだしな、我らとしても安心だ」
「そうですよね」
薬の流通にはゴローたちも関わったので、正常化したことは喜ばしい。
「ゴローたちには一方ならぬ世話になっているな……返せるものが少なくて申し訳なく思っているよ」
モーガンも済まなそうに頭を下げた。
「いえ、そのお気持ちだけで」
「そうもいかぬ。……まあおいおい考えよう」
ローザンヌ王女までそんなことを言い出したのでゴローは恐縮した。
「それから……」
ローザンヌ王女はさらに続ける。
「コーヒーを入手するにはどうすればよい? ……例のマッツァ商会か?」
「あ、はい」
「ふむ、あそこはなかなか有能だからな」
これでまたマッツァ商会の株が上がりそうだなとゴローは感じ、今度買付けでマッツァ商会に行った時には、ローザンヌ王女がコーヒーを気に入ったことを伝えておかないとな、と心に刻んだのである。
* * *
いろいろと話し込んだローザンヌ王女とモーガンは夕方になって帰っていった。
それを察して奥からハカセが出てきた。サナも一緒である。
早々に避難してしまい、ゴローに全ておっかぶせてきたのだ。
とはいえサナのことなので、ゴローもあまり文句は言えない。
そんなハカセが口を開いた。
「……帰ったかい?」
「ええ、もう姫様たちは帰りましたよ」
「ああ、よかったよ。王都にいるとこれがあるからねえ……」
やっぱり今夜帰る、とハカセは言った。
「ゴロー、素材の買付け、頼むよ」
「任せてください」
「うん」
「さあ、向こうへ行ったらセラックとナイロン樹脂の使い道をいろいろ考えるとしようかね」
「お願いします」
飛行機の計器類を充実させるにも、自由に形作れる樹脂系素材があると便利だ、とゴローは思っている。
「できればアクリル系があるといいんだがなあ……」
アクリル樹脂は透明度と硬度が高く、ガラスの代替品として使える。
また、ガラスよりも軽く、割れ方もガラスより危険性が少ないので、飛行機の窓ガラスに採用されているのだ。
欠点はガラスに比べ耐熱性が劣ること。また、一部の溶剤に溶けることである。
そんな素材がないかと、ゴローはないものねだりをしているのであった。
* * *
さて、夕食後、ハカセとヴェルシアは研究所へ帰ることになる。
『レイブン改』を操縦するのはゴロー。
積載量に余裕があるので、『セラック』と『ナイロン毛虫』の素材は積めるだけ積んでおいた。
その他にも砂糖をはじめとした食材も積んでいる。
「うーん、今後の課題は『レイブン改』にもっと荷物を積めるようにすることかねえ」
「『ALOUETTE』の高速化もいいですよ」
「そうだね,やりたいことはたくさんあるねえ、いいねえ、こういうのって」
ハカセはやることがなくて暇、というのが一番嫌いなようだ。
「それに長距離通信もね。やりがいがあるねえ」
楽しそうなハカセ。
「そうだゴロー、雪の季節になる前に、もう一度『亜竜』の素材を探しに行きたいんだけどねえ」
今度は『レイブン改』か『ALOUETTE』で行けば楽だろう、とハカセ。
「そうですね、素材の買付けが終わりましたら」
「うんうん、それでいいよ」
「でも、見つかりますかね?」
「うん? ああ、行くのは別の谷だよ?」
前回抜け殻その他を手に入れたのとは別の場所だとハカセは言った。
「ああ、そうでしたか」
「あたしの知る限りでは、『亜竜』の生息地は3箇所あって、そのうち2つは研究所に比較的近いのさね」
「そうなんですね」
「その1つは前回行ったから、もう1つの方へ行ってみようというわけだよ」
「わかりました」
ゴローとハカセがそんな話をしていたら、ヴェルシアは驚いた顔をしている。
「あの、『亜竜』の生息地へ行ったことがあるんですか!?」
「一応な。抜け殻とか骨を拾ってきたわけさ」
「凄いです! ……『真竜』の生息地もあるんでしょうかね?」
「真竜かい……」
『真竜』はその名前のとおり、『亜竜』よりも格上の魔物だ。
「もっとずっとずっと北にあるって話は聞いたことがあるけどね。見に行ったことはないよ」
「そうなんですね。……私は、南の火山のどれかに棲み着いていると聞いたことがあります」
「ああ、あるかもねえ。……あたしの認識だと『真竜』は精霊に近い存在なのさ。だから火の真竜は火山、氷の真竜は北の果てに棲んでいるんだろうよ」
「なるほど」
「そうなんですね」
* * *
そんな話の途中で研究所に着いたので、ゴローも一旦降りてリビングで話の続きを少ししていくことにした。
そして、顔を出したティルダも話に参加する。
「あの、その『真竜の骨』はすごく高価な宝飾品に使われるのですよ」
「へえ……ティルダは見たことあるのかい?」
「ドワーフの里で展示されていたのを一度だけあるのです」
「どんなだった?」
「『水属性』の『真竜』だったらしくて、きれいな青色をしていたのです」
「そりゃ凄いねえ。……どこで見つかったかは知らないかい?」
「聞きそびれたのです……すみません」
「そうかい、そりゃ残念」
真竜の素材なら亜竜のものより格上だろうに、とハカセは言った。
「……あ、あの、私、『真竜の墓場』なら聞いたことがあります」
「ふうん……えっ?」
ハカセはヴェルシアの肩を鷲掴みにして揺さぶる。
「ヴェル、それは本当かい!? 本当だとしたら案内できるくらいルートを知っているかい?」
「え、ええ。……でも、正しいかどうかは……」
「それは後で確かめればいいことさ。ヴェル、聞かせておくれ」
「はい」
そしてヴェルシアは語り始めた……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月5日(木)14:00の予定です。
20231004 修正
(誤)さて、夕食後、ハカセとヴェルシア、ティルダらは研究所へ帰る。
(正)さて、夕食後、ハカセとヴェルシアは研究所へ帰ることになる。
(誤)
そしてティルダも話に参加する。
(正)
* * *
そんな話の途中で研究所に着いたので、ゴローも一旦降りてリビングで話の続きを少ししていくことにした。
そして、顔を出したティルダも話に参加する。
ティルダはお留守番でした orz