11-23 商談終了
『掘り出し物探し』もとい、『倉庫内物品の鑑定』は順調に進んでいた。
〈ゴロー、右手上のそれ、『エルフシルク』だって〉
「これって、『エルフシルク』ですね」
「おお、これが!」
「はい。……『天蚕』という虫が吐いた糸から作った布です」
『謎知識』がいろいろ教えてくれる。
天蚕は『ヤママユガ』のことで、コナラ、カシワ、シラカシなどの葉を食べ、緑色の繭を作る昆虫である。
これを、一般的な蚕の繭と同じように糸に紡ぎ、布に織ったものが『エルフシルク』らしい。
* * *
〈ゴロー、右側足元〉
「おっ……ベル、これって……」
「『カツ』の根ですね。乾燥させたものをすり潰して水にさらし、精製すると風邪薬になります」
「おお、それはよいことを教えていただきました」
『カツ』は『謎知識』が『葛』だと言っている(『クズ』という名のつる性植物もあるが、どういうわけか『カツ』の方が『クズ』より薬効が高いという)。
ゴローとしては『葛粉』を作りたかったが、そこまでの量がないので諦めた。
というか、屋敷で『木の精』のフロロに相談してみようと心に留めおく。
* * *
〈ゴロー、左の棚〉
「おっ……これ、『黒鉛』ですね。これを油で練って馬車や荷車の軸と軸受の間に塗ると潤滑作用がありますよ」
「おお、それはいいですな」
* * *
〈ゴロー、正面の棚、真ん中〉
「これは……ベル、ほら」
「ああ、これは『トクサ』ですね」
「ほう?」
トクサと聞いてゴローの『謎知識』が解説を始めた。
「こうして乾燥させた茎を切りそろえ、半分に割ったものを板に張ることでヤスリになるのです。特殊な工芸には重宝しますよ」
「ほうほう。……どんな工芸ですか?」
「漆塗りや木工ですね。うちにも少し分けていただきたいくらいです」
「いいですとも」
* * *
〈ゴロー、右の棚の一番上〉
「ベル……あれ」
「ああ、これは『ジンセン』ですね」
「ほう?」
漢方でいう『高麗人参』あるいは『朝鮮人参』である。
「健胃腸薬を作る生薬の1つです」
「ほほう、これがですか……これは嬉しい」
また……。
〈ゴロー、足元、左〉
「これは『金剛石の粉』のようですよ」
「何に使えるでしょう?」
「研磨剤ですね。鋼でも削ってしまいますよ」
「ははあ、それは凄いですね」
「少し分けていただきたいですよ」
「どうぞどうぞ」
……と、有用な品が幾つも見つかったのであった。
* * *
「いやあ、ゴローさん、ベルさん、本日はまことにありがとうございました!」
ひととおりの鑑定を終え、応接室に戻ってくると、オズワルド・マッツァは2人に頭を下げた。
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
「私もです」
「お礼と言ってはなんですが、ご入用のもの、勉強させていただきますので」
「それはどうも」
というわけで、ゴローが欲しがったものについて、改めて商談することになった。
リストアップすると以下のようになる。
1.セラック 2樽 : およそ400キム
2.コーヒーの実 1袋 : サンプル
3.砂白金 : サンプル(およそ100グム)
4.辰砂 1樽 : およそ2キム
5.膠 5束 : およそ500グム
6.ナイロン毛虫の内臓 : サンプル
7.紅虫の染料 1瓶 : およそ500グム
8.黒鉛 1瓶 : およそ1キム
9.トクサ 3束 : およそ600グム
10.金剛石の粉 1袋 : およそ100グム
以上10点。
商談の結果、セラック2樽以外は今回の鑑定料と相殺ということになった。
そしてセラックは……。
「1樽1万シクロ(日本円換算で約1万円)でいかがでしょうか?」
と、破格の値段で売ってもらえたのである。
もちろんこれには、『使い方が分かり次第教える』という前提で、だ。
「セラックの樽は後ほどお届けします」
「よろしくお願いします」
こうして商談はつつがなく終了した。
これで終わり、のつもりだったのだが……。
「ところでゴローさん」
「はい?」
お茶を飲み干したオズワルド・マッツァが口を開いた。
「今日は珍しいアクセサリーをお付けですね」
「はあ」
「銀いぶしですか。それに中心の石は……」
覗き込むオズワルド・マッツァ。
同時刻、たまたまハカセは『魔導モニター』を覗き込んでいたので、オズワルド・マッツァの顔が大写しになって後ろにひっくり返りそうになった……らしい。
「ま、まあ、これは借り物ですので」
ちょっと苦しい言い訳をするゴロー。
……などと、最後にちょっとトラブルがあったが、鑑定と商談は円満に終了。
ゴローとヴェルシアは屋敷に戻ったのである。
ちなみに、今回はヴェルシアも連れていたので自動車である。
* * *
「ただいま」
「お帰り、ゴロー」
「なんとか見つかったよ」
「うん、ハカセも喜んでた」
「そっか。よかった」
そして荷物を運び込む。
「おー、いろいろ持ってきたねえ」
「あ、ハカセ、ただいま帰りました」
「お帰り。ご苦労さん、ゴロー、ヴェル」
さっそく品物を検分し始めるハカセ。
「まずはっきり、物と用途がわかっているものを分けようかね」
「でしたらこれとこれですね」
膠、紅虫の染料、トクサがこれにあたる。
「それからちょっと試してみたいものかねえ」
砂白金、辰砂、黒鉛、金剛石の粉がこれだ。
「そして検証が必要なもの」
セラック、コーヒーの実、ナイロン毛虫の内臓がこれ。
分類はあくまでもハカセの独断で決められた。
「まずはセラックを試してみようかね」
「それじゃあ俺はコーヒーの実を」
「うん、そうしておくれ。あたしの方はサナとヴェルに手伝ってもらうとしよう」
「はい」
そういうことになったのである。
* * *
ゴローはコーヒーの実を持って厨房へ。
「まずは、この干からびた果肉を取り除いて、と……お、これだこれだ」
果肉の中から現れたのは、半球状の種。それが2つ、向かい合わせで実の中に入っている。
種には縦に筋が入っており、ゴローの『謎知識』は、これが『コーヒー豆』に違いないと言っていた。
「よし、じゃあ全部中身を出すか」
「ゴロー様、お手伝いします」
「お、じゃあ頼む」
『屋敷妖精』のマリーが手伝ってくれたので、30分ほどでコーヒー豆の取り出しが終わった。
「次はどうしますか?」
「これを焙煎するんだけど、とりあえず小さい鉄のフライパンでやってみよう」
「用意いたします」
コーヒー豆専用の焙煎器もあるが、フライパンでも可能である。
まずフライパンにコーヒー豆を投入し、コンロに火を点ける。
豆の量はフライパンの底がぎりぎり隠れるくらい、つまり全部のコーヒー豆がフライパンに触れるくらいの量だ。
火力は、フライパンがまだ温まっていないので中火。
焦げないように時々混ぜていく。
数分で豆の色の茶色が濃くなってくるので弱火にする。
ここからは焦げないよう、頻繁にかき混ぜる。
『ハゼ』といって、豆が『弾けて』フライパンから飛び出すこともあるのでその都度拾って戻す。
豆の色はどんどん濃くなって焦げ茶色になる。
焙煎器ではなくフライパンを使っている時は、フライパンの底に接している部分だけが熱せられるのでとにかく頻繁に混ぜなければならない。
「いい匂いがしてきました」
「だな」
10分くらいでかなりいい感じに焙煎できたようだ。
「もうちょっとやってみるか」
コーヒー豆の品種(銘柄)が不明なので、ゴローは少し深煎り気味に焙煎することにした。
そして12分でゴローは火を止める。
まだフライパンの余熱で焙煎が進むので、焦げ付かないよう気を付けながら、金属製のバットにあける。
これで焙煎終了、豆が冷めればいつでも使える。
ちなみに、フライパン焙煎は豆の焼け具合が一定にならないのが特徴である。
従って、いろいろな焼き加減の豆をブレンドしたかのような独特の風味が得られる。
そして最後に……。
「随分汚れたなあ……」
「わたくしがお掃除しておきます」
フライパンで焙煎すると『チャフ』と呼ばれる『コーヒー豆の薄皮』が飛び散るのだ……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月7日(木)14:00の予定です。
20230831 修正
(誤)種には縦に筋が入っており、ゴローの『謎知識』は、これが『コーヒ豆』に違いないと言っていた。
(正)種には縦に筋が入っており、ゴローの『謎知識』は、これが『コーヒー豆』に違いないと言っていた。
(誤)10分くらいでかないいい感じに焙煎できたようだ。
(正)10分くらいでかなりいい感じに焙煎できたようだ。
20230901 修正
(旧)5.膠 : 5束
(新)5.膠 5束 : およそ500グム
(旧)9.トクサ 3束
(新)9.トクサ 3束 : およそ600グム
20230909 修正
(誤)「『ロバータ』の根ですね。乾燥させたものをすり潰して水にさらし、精製すると風邪薬になります」
(正)「『カツ』の根ですね。乾燥させたものをすり潰して水にさらし、精製すると風邪薬になります」
(誤)『ロバータ』は『謎知識』が『葛』だと言っている。
(正)『カツ』は『謎知識』が『葛』だと言っている(『クズ』という名のつる性植物もあるが、どういうわけか『カツ』の方が『クズ』より薬効が高いという)。