11-22 倉庫内巡り
倉庫にあった『樹脂の塊』。
すぐにサナの念話が届く。
〈ゴロー、それはほぼ間違いなく『セラック』だって〉
〈わかった〉
ゴローはヴェルシア……今はベル……に向かい、
「ベル、これって『セラック』だよな?」
と水を向ける。
ベル(=ヴェルシア)もそこは心得ていて、
「あー……これは『セラック』ですね」
と答えた。
「おお、これがセラックですか! ……どうやって作るのでしょう?」
「セラックは『セラック虫』という1セルにもならないような小さな虫が出す樹脂ですね。強いお酒には溶けますが、水には強いです」
「ほう……これはありがたい! 1つ、不明だった品物が判明しました」
「結構ありますね」
ゴローが見たところ、ワインの樽5つ分ほどもある。1つが大体200リルなので、1000リル分あるということだ。
「これは売ってもらいたいですね」
「ゴローさんは前にもそう言ってましたね。使い道をお教えいただければ、格安でお譲りしますよ」
「それはありがたいですね」
ということで、後ほど商談をすることになった。
今は鑑定である。
* * *
さらに倉庫の奥へ行くと、爽やかな香気が漂ってきた。
「次にわからないのはこれです」
オズワルド・マッツァが指差したのは根が付いたままの干し草の束……に見える。
おそらく薬草で、それならベル(=ヴェルシア)の専門だ。
「これは『トウキ』ですね」
(なるほど、『当帰』か)
説明を聞き、ゴローの謎知識も語り出す。
『当帰』はセリ科の植物で、セロリに似た香りを持つ。爽やかな香気というのはこれであろう。
西洋では「アンゲリカ」と呼ばれ、昔から使われていたハーブである。
「ほう、薬草ですか」
「ええ。使うのは根っこです。体を温めてくれますので冷え性の人に処方します。特に女性に効果があると言われています」
「それはいいことをお聞きしました」
「根っこ以外はポプリにするといいでしょう」
「ありがとうございます」
* * *
そしてさらに倉庫内を見て回る。
「もし何かお入り用でしたら声をお掛けください」
「ありがとうございます」
そんな話をした直後。
「おっ」
「何かありましたか?」
「はい、これは……」
ゴローが見つけたのはコーヒーの実……のように見えるもの。
「ああ、それですか。それはバラージュ国産ではありません。もっと南の国……名前はちょっと忘れましたが……から輸入したものです。元々は真っ赤な実だったんですが、干からびてしまっていますね」
「……食べるのですか?」
「ええ。赤く熟したものは甘くて美味しいんですが、種が大きくて食べる部分がほとんどないんですよ。そのせいか人気が出なくて売れ残ってしまいました」
見ると、麻袋に10袋以上積まれている。
「これが、俺の思っている実だとすると、利用価値があります。サンプルをもらえますか?」
「ええ、ええ、どうぞどうぞ。そこの封が切ってある袋でしたら差し上げます」
「では」
ということでゴローはまだ半分以上入っている実を袋ごともらえることになったのである。
〈ゴロー、それ、何? 美味しいの?〉
サナからも念話で質問が来る。ゴローはすぐに答えた。
〈ああ、俺の思ったとおりのものだったらな。楽しみにしていてくれ〉
〈うん〉
そして1階の確認は終わる。
「次は地下を見ていただきます。前回にも見ていただきましたが、こちらがメインです」
「わかりました」
階段を下りて地下へ。
明かりが灯され、暗くはない。ただ、若干空気が淀んではいる。
「とにかく、大きくて重いものや、用途不明なものは地下に置いています」
ここでサナから念話が届いた。
〈ゴロー、左の棚をよく見て〉
〈わかった〉
左側の棚にはなにやら銀色に光る粒が入った瓶が並んでいる。
ゴローは棚に近付き、瓶を手に取った。
「重い……」
〈金よりも重いようなら、それは『白金族』だって。……前、ゴローが言ってたやつ〉
〈ああ、砂白金だな〉
「それは砂金と一緒に取れる粒なんですが、硬いし溶けないしで使い道がないんだそうです」
「なるほど」
白金族元素……プラチナ、パラジウム、ロジウム、イリジウム、オスミウム、ルテニウムらは、いずれも貴金属で、水とは反応せず酸やアルカリにも侵されにくい。
産出する際は幾つかもしくは全部の合金となっていることが多く、その場合は砂金に比べて遥かに硬い粒となる。
融点も、金が摂氏1064度なのに対し、白金族はパラジウムの摂氏1828度を除き、皆2000度以上である。オスミウムなどは摂氏3306度にも達している。
ゆえに通常の手段では溶かせず、単体分離すらできていないのが現状であった。
「重りくらいにしか使えませんよね」
「でもこれは、貴重な金属ですよ?」
ゴローがそう言うが、オズワルド・マッツァは、
「使い道……需要がなければ価値は下がりますから」
と言って溜息を吐いた。
「加工できるかどうか、これもサンプルをください」
「ええ、構いませんよ。というか、利用法がわかったならお教えくだされば、ただで差し上げます」
* * *
〈ゴロー、今度はその右側の棚の下〉
〈わかった〉
再びサナからの念話が届き、ゴローは棚の下を覗き込んだ。
「これ……象牙……いや、『マンモスの牙』かな?」
〈それって、大昔に滅んだ……つまり古代竜の牙だって〉
〈へえ〉
「これ……『古代竜の牙』ですか?」
「おお、やはりそうなのですね! 真贋がわからないので困っていました。ゴローさん、ありがとうございます!」
その他にも、これは名称はわかっているが、ゴローやハカセが欲しいなと思った素材も多々見つかった。
例を挙げると水銀の原料である『辰砂』、接着剤として使える『膠』、などである。
主にベル(=ヴェルシア)が鑑定していく。
そして最後、倉庫の2階へと上がっていく一行。
「あれから、また購入したのですよ」
「だから2階に置いているんですね」
前回ゴローが案内された時は、2階にはバラージュ国から買い叩いた品は置かれていなかったのである。
鑑定できるということで、さすがやり手の商人、儲けのチャンスは逃さないようだ。
* * *
「こちらは昨日仕入れました。小さいもの・軽いものが多いのです」
「2階ですからね、床の強度もありますし」
「ええ、そういうことです」
ここには、ゴローも興味を惹かれるようなものが数多く置かれていた。
そしてそれはハカセも同じだったようで、念話を通して矢継ぎ早に指示が飛んできた。
〈右側の棚をよく見せてくれ、って〉
〈そう、その下の段〉
〈今度は左の棚の上、一番左〉
そうしてひととおり眺めた後、ゴローはヴェルシアに合図を送った。
「……これ、もしかすると『ナイロン毛虫』の内臓かもしれませんね」
『ナイロン毛虫』というのはゴローとハカセで相談して付けた名称だ。わかりやすく、が第1である。
「ベルさん、『ナイロン毛虫』というのは?」
「エルフ領の東にいるという大きな毛虫で、糸を吐いて獲物を拘束するのですが、その内臓には糸の元が溜まっているわけです」
「これが、それだと?」
「ええ」
「でも、もう干からびて、固まっているようですが?」
「それは大丈夫です。この『糸の元』は熱を加えると軟らかくなり、冷やすと硬くなる性質を持つのが特徴です」
「おお、なるほど……ありがとうございます」
オズワルド・マッツァは何ごとかを考えている。
「オズワルドさん、これもサンプルをいただけませんか?」
「そうしますと、これが、ゴローさんが言っていた『巨大毛虫の内臓』なんですね?」
「そうらしいです」
「わかりました。ええ、いいですとも。是非、いい使い道を見つけてください」
こうして、欲しかった樹脂素材はなんとか見つかったのである。
* * *
だが、ハカセの興味はそれで尽きたわけではなかったし、オズワルド・マッツァが鑑定して欲しい素材もまだ残っていたのである。
「これは『紅虫』から取った染料ですね」
鮮やかな紅色の染料。『謎知識』は『コチニール』に近い、と囁いていた。
「これは……柳の樹皮ですね。鎮痛剤を作れますよ」
「なんと! それでは大事にしなければ……」
まだまだ、掘り出し物はありそうである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月31日(木)14:00の予定です。
20230825 修正
(誤)と言ってため息を付いた。
(正)と言って溜息を吐いた。
20230908 修正
(誤)というか、利用法がわかったならお教えくださるなら、ただで差し上げます」
(正)というか、利用法がわかったならお教えくだされば、ただで差し上げます」
20230909 修正
(誤)「ほう、それは何ですかな?」
(正)「おお、これがセラックですか! ……どうやって作るのでしょう?」