11-21 魔導モニター
夜が明けた。
ゴローは早速朝食を用意する。
『屋敷妖精』のマリーが手伝ってくれるので楽だ。
今朝はハカセとヴェルシアがいるので、甘いものだけというわけには行かない。
ということで献立は焼き立てのコッペパン、プレーンオムレツ、ベーコンエッグ、『癒やしの水』入りフルーツジュース。
コッペパンには梅ジャムとイチゴジャム、ハチミツのいずれかを塗って食べることになる。
「うん、美味しいねえ」
「美味しいですね!」
ハカセとヴェルシアにも好評だった。
もちろんサナも、コッペパンにたっぷりのジャムとハチミツを掛けて味わったのはいうまでもない。
* * *
「で、ゴロー、いつ行くんだい?」
「マッツァ商会は朝早くからやっていますので、じきに行こうかと」
「うん、わかったよ」
ハカセは受信側の準備をする。
といっても使っていない部屋にテーブルと椅子を運び、受信機(仮称)を置くだけだ。
「ハカセ、そろそろこれに名前を付けませんか?」
「そうだねえ……正式名称がないと呼びにくいねえ」
そこで皆で考え始める。
「遠見のペンダント?」
サナが送信機になっているペンダントを弄りながら言った。
「うーん……」
「じゃあ、魔導眼?」
「うーん…………」
「魔法の目?」
「うーん……サナ、悪いけど今一つだねえ」
「そう……」
ここでゴローも案を口にする。
「魔導式遠距離モニター?」
「お、いい感じだね。まだ『遠距離』といえるほどじゃないから、『魔導モニター』でいいんじゃないかねえ」
こうして、今回開発された、『遠くのものを離れた場所で見聞きする装置』は『魔導モニター』と名付けられたのであった。
* * *
「で、名前はそれでいいですが、1つ気が付いたことが」
「なんだい、ゴロー?」
「サナがこれを身に着けていれば、ハカセは居ながらにして向こうの様子を見ることができるんですが」
「うん」
「サナはハカセの声を聞くことができないわけで、もし目ぼしいものが見つかっても分からないのでは?」
「あああ……そうだねえ……」
自分の興味を満たすことだけを考えてしまった、とハカセ。
「せめてあたしの声をサナに伝えられたらよかったんだけどねえ」
そこにヴェルシアが1つの提案をする。
「……あ、じゃあ、この『魔導モニター』の音声部分を逆にしたらどうでしょう?」
「ああ、その手が。それならすぐに……いや、それだけじゃだめだね。あたしの声が大きく響いたら向こうさんに不信の念を抱かれるよ」
「あ、そうですね……」
「今からちょちょいと手直しできるものでもないしねえ」
もうじきマッツァ商会に出かける予定なので、改造している時間はない。
そんな時……。
「……ハカセ、私は、残る」
と、サナが言った。
「そうすれば、ゴローに『念話』で伝えられる」
「ああ、そうだねえ……あんたたちの『念話』は双方向だからね。時間もないし、今回はそれで行くかねえ」
「ちょっと待ってくださいよ、俺があのペンダントを着けていくんですか!?」
「何を言っているんだい。着けていくのはヴェルだよ」
「……あ、そうでした」
オズワルド・マッツァから、『ここにあるわけのわからないものを鑑定していただけるような方』と頼まれていたのである。
そのために髪の色を染め、変装しているのだ。
「でも、そうするとヴェルシアは直接の指示をハカセから受け取れませんよね?」
「うーん、そうなるね……じゃあ、やっぱりゴローが着けて行っておくれ」
「いやいや、似合いませんって!」
「……じゃあ、ちょっとだけ外見を変えるからさ」
「そうしてください……」
ペンダントヘッドの外見は、銀でできた蝶のような形の台の真ん中に直径2セルほどの石が嵌め込まれている。
その石が『目』であり耳である。
そして、遠く離れた場所にある『画面』に目で見たものが映し出されるようになっていた。
音声も同じく、スピーカーに相当する魔導具から発せられるようになっている。
この銀の部分があまりにも目立つので、ハカセは『いぶし銀』にすることを思い立ったのだ。
銀は金同様『酸化』しづらい金属である。
しかし金とは異なり『硫化』しやすい。
つまり、酸素とは反応しにくいが、硫黄とは反応してしまうということ。
硫化水素H2Sや二酸化硫黄SO2とはすぐに反応し、硫化銀Ag2Sとなって黒く変色する。
ロジウムめっきしていない銀製品が黒ずむのは、空気中の硫黄分と反応するからである。
ゆえに、温泉に銀製のアクセサリーは厳禁である。
余談だが、硫化水素中毒を起こすと、口の中の『銀歯』(銀ーパラジウム合金)も黒く変色するらしい。
その『銀いぶし』を、ハカセはペンダントヘッドに施したのだ。
具体的には『硫黄』を燃やして二酸化硫黄を発生させ、そこにペンダントヘッドを曝したわけである。
もちろん二酸化硫黄を吸い込まないよう注意しながら。
「……どうだい?」
「まあ、これなら……」
文字どおり『いぶし銀』となったペンダントヘッド。
ゴローが付けていてもギリギリ違和感はない……かもしれない。
「俺、ビジュアル系じゃないんですが」
「なんだい、そりゃ?」
「……何でしょうね?」
『謎知識』は時々文字どおり『謎』の言葉を囁くな、とゴローは思ったのだった。
* * *
そうした『魔導モニター』の準備を整え、ゴローとヴェルシアは自動車で出発した。
〈ゴロー、町の様子がよく見える〉
〈……サナがモニターを見ているのか〉
〈うん。ハカセは気持ち悪くなったって〉
〈ええ!? 大丈夫なのか!?〉
それを聞いたゴローは焦った。
だがサナは落ち着いたもの。
〈うん、大丈夫。揺れる景色を見ていたからだから〉
〈ああ、そうか……〉
カメラマンが走ったり、頭に付けた小型カメラからの映像だったりと、『揺れる』映像を見て気持ち悪くなる人がいる。
ハカセもそれだろうとゴローは考えた。
〈……で、映像はよく見えているんだな?〉
〈うん〉
それなら今日の目的には十分使えるな、と考えながらゴローはマッツァ商会を目指すのだった。
* * *
「ゴローさん、ようこそ。そちらの方が鑑定士さんですか?」
「鑑定士の資格はありませんが、多少詳しいと思っています。私はベル・サンドと申します」
偽名を名乗るヴェルシア。
「ベルさんですか。私は商会主のオズワルド・マッツァと申します」
マッツァ商会では商会主のオズワルド・マッツァが出迎えてくれた。
挨拶の後はいつもどおり応接室に通され、飲み物が出される。
「まずは、これを見てください」
ゴローは、用意してきたラピスラズリをテーブルに置いた。
「おお、これは上質な石ですね。顔料にするにはもったいないほどです。これでしたら文句のつけようもありません。ありがとうございます」
ラピスラズリについては、文句なしと評価され、100グムあたり2500シクロ(日本円換算で約2500円)の値が付いた。
今回ゴローが持ってきたのは2450グムだったので6万1250シクロとなったのである。
* * *
そして、いよいよ倉庫内の鑑定である。
「それではこちらへ」
と、オズワルド・マッツァ自ら、ゴローとベル(=ヴェルシア)を案内していった。
〈サナ、聞こえるか?〉
〈うん、大丈夫。見えてるし、聞こえてる〉
〈ハカセは?〉
〈もう、大丈夫〉
〈よし〉
『念話』と『魔導モニター』は問題なく動作しているようだ。
「まずは、ここです」
巨大な、といっていい規模の倉庫に案内され、1階を見て回ることになった。
「このあたりは大体わかっているものが置かれています」
「はあ」
大きな棚に所狭しと置かれているのは大きめの素材類。
「このあたりはバラージュ国で採れる木材ですね」
「針葉樹っぽいですね」
「おお、おわかりですか」
「木目の感じで」
「さすがですな、ゴローさん」
マツやスギ、ヒノキといった針葉樹は年輪部分(色の濃い部分)が硬い。
一方、ケヤキやクリといった広葉樹は年輪部分には大きな導管が見られ、その部分の強度が少し落ちるのだ。
この導管が目視できるのが広葉樹、できないのが針葉樹、といっていい。
木材は用途もはっきりしているので持て余してはいないという。
その奥に置かれていたものはお目当ての1つと言える、『樹脂の塊』であった。
「まずはこれをご覧ください」
さて、ゴローたちはこれをどう判断するか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月24日(木)14:00の予定です。
20230817 修正
(誤)そうした『魔導モニター』の準備を整え、ゴローとヴェルシアは自動車でで出発した。
(正)そうした『魔導モニター』の準備を整え、ゴローとヴェルシアは自動車で出発した。
20230818 修正
(誤)硫化水素H2Sや二酸化硫黄SO2とはすぐに反応し、硫化銀Ag2Sとなって黒く変色する。
(正)硫化水素HSや二酸化硫黄SO2とはすぐに反応し、硫化銀Ag2Sとなって黒く変色する。
20230823 修正
(旧)ヴェルシア=ベル
(新)ベル(=ヴェルシア)