11-17 入手の見通し
王都に戻ったゴローは、夜が明けるとすぐ(といっても朝食を済ませてだが)にマッツァ商会へと向かった。
道中の町の様子は、ほぼ元に戻った印象を受ける。
そんな観察をしつつ、ゴローは歩き続け、マッツァ商会へとたどり着いた。
「ゴローさん、ようこそいらっしゃいました」
商会主のオズワルド・マッツァがゴローを迎え入れた。
すぐに応接室へ通される。もはや上客だ。
お茶が出され、オズワルド・マッツァはそれを一口飲むと、話を始めた。
「さてゴローさん、本日はどんなお話でしょうか?」
「ええ、これから需要が増えそうな素材についてです」
「ほう?」
「まずは、これをご覧ください」
ゴローは、アーレンが作ったガラス製のスプレー瓶を見せた。
「これは……香水噴霧用の瓶に似ていますが?」
「ええ、仕組みは同じです。ただ、より安価に手に入るようにと作られたものです」
「なるほど?」
「用途は、先日お話ししたかと思いますが『トリコフィトン症治療薬』を噴き付けるためのものです」
「ほほう……そういうことですか」
ここまでが前提である。
「この瓶は『ブルー工房』で作ってもらえます。が、それは今日の本題ではないんですよ」
「最初に素材、とおっしゃってましたな」
「ええ。これはガラスでできていますが、ガラス以外の素材で作りたいんですよ」
「もちろんガラスよりも安価であることが条件ですね?」
「そうです」
「ふむ……」
オズワルド・マッツァは考え込み始めたが、すかさずゴローがそれを遮る。
「一応素材の見通しはついているんですよ」
「なんと? ……ああ、では、その素材が入手可能か、そしてコストはどの程度になるか、を確かめにいらっしゃったのですな?」
「そのとおりです」
さすが百戦錬磨の商人、ゴローの意図を正しく察したのである。
「それでですね、その素材というのが少々……いやかなり特殊でして」
ここでゴローは、『セラック虫の樹脂』と『巨大毛虫の内臓』について説明した。
「ふうむ……『セラック虫の樹脂』は聞いたことがあります。それから、『巨大毛虫の内臓』ですが、それなのかどうかわからないものが、バラージュ国からの輸入品にありましたね」
「輸入品のことを、詳しく聞かせてください」
「もちろんです。……バラージュ国がシナージュ国と紛争状態だというのはご存知でしょうけれど、その関係か、紛争の直前にさまざまなものが叩き売りされまして」
手っ取り早く外貨が欲しかったということなのだろうとオズワルド・マッツァは言った。
「当然、商人は更に買い叩きます」
「でしょうね」
「で、幾つかは非常に有益で利益が見込めるものがあった反面、役に立たないか、何に使うのかわからないものも大量に混じっておりまして」
つまりその中にゴローが欲しがっているものがあるのではないかということだった。
「もしもあるようでしたら、今回は格安でお譲りいたします」
「わかりました。……先に見せてもらってもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
ということでゴローはオズワルド・マッツァに案内され、倉庫へと向かうのだった。
* * *
「これはすごい……」
マッツァ商会は地下2階地上3階、敷地面積1000平方メルの巨大な倉庫を有しているのだが、その地下1階部分がまるまる埋まっていたのである。
「どれがそうなのか、あるいはないのか……わかるといいのですが」
「そうですね……」
どういうものなのか、ゴローも一応聞いては来ていた。が、実物を見てわかるかどうか、自信はない。
だが。
「これかな……?」
干からびた訳のわからないものの中に、半透明な不定形の塊を見つけたのである。
大きさはソフトボール大だが、粘土のように軟らかい。
「おお、それですか」
「よくわかりませんが」
「でしたらサンプルとしてお持ちください。いろいろ試されて、それが役立つなら、今後値付けさせていただきます」
「いいのですか?」
「他ならぬゴローさんですからな。……その代わりと言ってはなんですが、1つだけお願いが」
「なんでしょう?」
こうしたところはやはり商人である。
「ここにあるわけのわからないものを鑑定していただけるような方をご紹介願えればと思いまして」
マッツァ商会1の鑑定士でも半分くらいはわからなかった、という。
「わかりました。雇いたい、というのではないんですよね?」
「ええ、そこまで贅沢は申しません。ここにあるわけのわからないものが何なのかはっきりさせてもらえれば」
「それでしたら大丈夫かと思います。近日中に連れてまいります」
「おお、感謝しますぞ」
この件はそういうことになった。
そしてもう1つの『セラック虫の樹脂』。
これは応接室へ戻ってからとなる。
* * *
「『セラック虫の樹脂』は確か南の方の産物でしたな」
「そう聞いてます。なんでも、アルコールに溶かして塗料にするのだとか」
「ああ、そのようですな。こちらは2、3日で取り寄せられると思います。王都内にある知り合いの店に在庫があれば今日中にもなんとか」
「是非お願いします。こちらも、明日か明後日には例の物を鑑定できる人を連れてきますから」
「こちらこそよろしくお願いします」
と、これで今回のマッツァ商会訪問の用事は済んだわけだが……。
「ゴローさん、もしできればですが、ラピスラズリを探してきてくださいませんか? 顔料用の」
という頼みをされてしまった。
これについてはゴローも心当たりがあったので引き受けることにする。
「顔料用の、ですね。わかりました」
「おお、よろしくお願いいたします」
と、これで今度こそゴローはマッツァ商会を辞したのであった。
* * *
「……と、いうわけなんだ」
屋敷に帰ってからゴローはサナに報告した。
「ハカセに頼んだほうがいいだろうな?」
「うん、そう思う」
「ただ、ハカセが何と言うかな……」
「……うん」
ハカセは表に出るのが苦手、いや、嫌いなのだ。
「でも、珍しい素材が見つかる可能性もあるしなあ」
「うん……こればかりはハカセに聞くしかない」
「そうだな……あれ? ……毛虫の樹脂って、ヴェルシアが知ってたんじゃなかったっけ」
「…………言われてみれば、そう」
「なら問題ないかな?」
「……ちょっとくらい変装させたほうがいいかも」
「そうか……」
指名手配されているわけではないが、教会関係者は一応取り調べの対象になっているのだ。
ましてヴェルシアは、一応『元助司祭』で、それなりの地位にいたわけだ。
当時のヴェルシアは教会により洗脳されており、狂信者に近い精神状態だった。
それをハカセの手腕により呪縛を解きほぐして今に至る。
「髪を染めるくらいでなんとかなるかな?」
「うん。髪もあの頃より大分長くなったから、結ったりして髪型を変えると印象も変わる」
「なるほど。その線で提案してみよう」
「わかった」
と、そんな打ち合わせがゴローとサナの間で行われたのだった。
* * *
その日はローザンヌ王女の訪問もなく、のんびりした1日を過ごせたゴローたちであった。
「こういう日もあるな」
「うん」
「サンルームの方も順調みたいだし」
サンルームができたのでプランターを木で作り、トウガラシの種を播いたのだ。
それが、『木の精』のフロロのおかげで通常の倍くらいの速さで成長している。
「マリー、水やりは任せたよ」
「はい、お任せください」
ゴローは日中屋敷にいないことが多いので、そうした世話は基本的に『屋敷妖精』のマリーに任せている。
この日は1日暇なゴローだったので、マリーと話したり、フロロに会いに行ったり、また厨房で保存の効く甘味を作ったりして時間を潰したのだった。
そして午後7時半、辺りが暗くなったので『レイブン改』で研究所へと向かったゴローとサナであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月27日(木)14:00の予定です。
20240422 修正
(誤)「わかりました。……先に拝見させてもらえますか?」
(正)「わかりました。……先に見せてもらってもよろしいですか?」