11-13 明るい兆し
王都へ戻る『レイブン改』は夜の闇の中をほとんど音も立てずに飛んでいく。
「大分涼しくなったなあ」
少し窓を開けたゴローがしみじみと言った。
「うん、もう、秋」
「秋といえば木の実、キノコだなあ」
「美味しいもの、食べたい」
「はは、サナはすっかり食べることが習慣になったなあ」
「うん、だいたいゴローのせい」
「俺!?」
「こんな身体にした、責任、取って。……具体的には、甘いもの」
「……わーかったよ」
そんな他愛もない話をしているうちに王都上空に到着。
「お、今夜もマリー、気が付いてくれたな」
「うん、マリーは、優秀」
『レイブン改』が着陸すべき場所に、謎の光を円形状に配置してくれているのだ。
1つ1つは蛍の光くらいなので、周囲を照らすような光量はない。
が、夜目の利くゴローには十分な目印であった。
* * *
「おかえりなさいませ、ゴロー様、サナ様」
何ごともなく着陸した『レイブン改』から降り立ったゴローとサナを、マリーが出迎えてくれた。
「ただいま。留守番ありがとうな」
「いえ、これが私の仕事ですから」
時刻は午前2時、深夜である。
ゴローとサナはそっと部屋へ戻り、朝まで大人しくしていることにしたのである。
〈そういえばゴロー、明日……ううん、もう今日だけど、姫様、来るかな?〉
とはいえ『念話』があるので退屈はしない。
〈うーん、来るんじゃないかな? そろそろ薬の効果も出てくる頃だし〉
〈そうしたら『水鉄砲』、渡す?〉
〈それでいいんじゃないか?〉
〈……〉
〈何か考えているのか?〉
〈うん〉
〈聞かせてくれよ〉
〈ええと、『水鉄砲』を利用して、薬を吹き付けられないかと、思いついた〉
〈ああ、そうか……!〉
要するにスプレーボトルとして使えないか、ということである。
ゴローはサナの発想に感心した。
〈それ、いいな〉
〈『トリコフィトン症治療薬』を塗るんじゃなく、吹き付ければ……〉
〈ああ、それなら効率がいいな〉
実際にスプレー式の塗り薬もある、と『謎知識』がゴローに教えている。
筆で患部に塗らずに済むため、より清潔だ。
〈ただ、形がなあ……〉
〈うん……〉
『拳銃』の形をしているスプレー瓶はちょっと嫌だ、とゴローは感じたのである。
〈違う形状でできないか、夜が明けたらアーレンに相談してみるよ〉
〈うん、賛成〉
そういうことになったのであった。
* * *
夜が明けた。
朝食はサナの希望で焼いたパンに甘いイチゴジャムを塗って食べる。
「うん、美味しい」
「こっちも甘いぞ」
メープルシロップを勧めるゴロー。
「うん、それも食べる」
そんな和やかな朝食を済ませると、ゴローは『ブルー工房』へ行ってみることにした。
「そろそろラーナの『ドワーフ熱』も治ったことだろうしな」
「うん、行ってらっしゃい」
「留守番頼むよ」
午前7時半、ゴローは徒歩でブルー工房へ向かった。
サンプルの『水鉄砲』と設計図の写しも一応持っていくことにする。
2つをカバンに詰め、背負ったゴローはゆっくり町を歩いていく……。
町を行く人たちを見ていると、人通りをはじめとする活気は大分元のように戻ったなと感じられた。
治安も改善されつつあるようだ。
そうした街角ウォッチング(?)をしながら、ゴローはぶらぶらと歩いていった。
* * *
「あ、ゴローさん、いらっしゃい!」
午前8時半頃、ゴローはブルー工房に到着。
アーレン・ブルーが出迎えてくれた。
そのまま工房の応接室へ。
「おかげさまでラーナもよくなりまして、今日から働いてくれてます」
「それはよかった。でも、無理はさせるなよ?」
「もちろんです」
「わかっていればいい」
そこへラーナがお茶を持ってやって来た。
「やあラーナ、久しぶり」
「ゴローさん、お薬ありがとうございました。おかげさまで酷いことにならずに全快しました」
「酷いこと?」
「ええ。『ドワーフ熱』は、高熱が続くと髪が抜け落ちたり足腰が立たなくなったりするんです。でもいただいたお薬がよく効いて、じきに熱は下がりましたから」
「はは、効いてよかったよ。でも、まだ病み上がりなんだから無理はするなよ?」
「はい。工房長にも言われました」
ここでその『工房長』、アーレン・ブルーがラーナに声を掛けた。
「まあ、ラーナもそこに座りなよ。ゴローさんが何か仕事を持ってきてくれたみたいなんだ」
「あ、はい」
ラーナもアーレンの隣に腰を下ろした。
そこでゴローは持ってきた『水鉄砲』の実物と設計図を取り出して見せる。
「これは……?」
「『水鉄砲』といって、ここから水を噴射する道具なんだ」
「へえ、面白いですね。これもハカセが?」
「まあそうだ。……多分、今日姫様が見えるから献上するつもりなんだが……」
「何か問題が?」
「いや、問題じゃなくて、これの派生型を作ってもらいたい、というのが今日の趣旨なんだが」
「もう少し詳しくお願いします」
「もちろんだ」
ということでゴローは、この『水鉄砲』が直噴射と霧噴射を切り替えられること、トウガラシエキス液を噴射して獣や襲撃者から身を守る用途に使うこと。
そして霧噴射を応用すれば薬の噴霧ができることを説明した。
「で、例の『トリコフィトン症治療薬』を吹き付けたいんだ」
「ああ、なるほど、いいですね」
「その他にも吹き付けて使える薬に使えるよな」
殺虫剤、消毒剤に使える、とゴローは説明した。
「サンプルを置いていくわけにはいかないけど、設計図の写しは置いていくから」
「ありがとうございます。実物は今見ましたし、十分です」
「そうか、頼むよ」
「今はまだ手が空いていますから、明日までに作れると思います」
「じゃあ、また明日、取りに来るよ」
「はい、お待ちしてます」
「うん」
ということで、『スプレーボトル』の製作をアーレン・ブルーに頼み、ゴローは帰途に就いたのである。
* * *
帰路はいつものペースで歩いたので、屋敷に帰り着いたのは午前9時半。
まだローザンヌ王女は来ていなかった。
「間に合ったか」
「おかえり、ゴロー。ラーナはどうだった?」
「ただいま。うん、元気になってたぞ。今日から少しずつ仕事に復帰するようだ」
「そう、よかった」
王女殿下はまだ来ていないので、ゴローはプリンを作ることにした。
「うん、毎日食べても、飽きない」
とはサナの言葉。
「私も、手伝う」
「それじゃあ卵を割ってくれ」
「任せて」
卵をグシャグシャに割る……などというお約束のボケをすることなく、サナは卵を割って中身をボウルに入れてくれた。
ただし、20個分も。プリンを20人分作れる量である。
「おいおい、ちょっと多いぞ……」
「大丈夫、食べられる」
「……」
割ってしまった卵はもうどうしようもないので、ゴローは大量のプリンを作ったのである……。
* * *
「ゴロー、来たぞ!」
幸いなことに、プリンを冷蔵庫に入れるのとほぼ同時にローザンヌ王女がやって来た。モーガンも一緒だ。
ゴローはいつもどおり、2人を応接室に通す。
ローザンヌ王女は嬉しげに報告する。
「ゴロー、あの薬は効くな! 全員がほぼよくなってしまったぞ!」
「それはよかったですね」
薬が効いたという事実は、ゴローも嬉しい。
もちろん『トリコフィトン症治療薬』の話である。
「『ドワーフ熱』の方はどうですか?」
「うむ、そっちは大丈夫だ。杞憂に終わったが、病気が流行るよりよほどいい」
「それはよかった。薬の流通も落ち着いてきたようですし、まずは一安心ですね」
「うむ。……で?」
「はい?」
「何か、新しいものはないのか?」
「え……」
「ゴローのことだ、そろそろ何か持ってきたのではないかと思ってな」
「殿下には敵いませんね……」
苦笑いを浮かべたゴローであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月29日(木)14:00の予定です。
20230622 修正
(誤)「いや、問題じゃなくて、これの派生系を作ってもらいたい、というのが今日の趣旨なんだが」
(正)「いや、問題じゃなくて、これの派生型を作ってもらいたい、というのが今日の趣旨なんだが」
(誤)
「それはよかった」
「薬の流通も落ち着いてきたようですし、まずは一安心ですね」
(正)
「それはよかった。薬の流通も落ち着いてきたようですし、まずは一安心ですね」