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11-12 手鏡と水鉄砲

 手鏡程度の大きさのガラスなので、ティルダは30分で作ってくれた。


「おお、さすがだな」


 全体の形がいびつなのは仕方がないので、ゴローは『ナイフ』で切って長方形に形を整えた。

 楕円形にしたかったのだが、型紙がなかったので仕方ない。

 いずれ量産時には円形と楕円形の型紙も欲しいなと思ったゴローである。


「それで、この片側を黒く塗るのです?」

「え……あ、そうか」


 この世界での鏡は、磨き上げた金属製か、裏を黒くしたガラスか、どちらかである。

 金属製の鏡もあって、よく映るが重い。

 ガラスの鏡は金属製よりは軽い(ガラスの比重は2.5)が、映りが悪い。

 かといって金属製の鏡を薄く作ると、歪みやすいという問題もある。


「……蒸着できないかな?」


 ゴローの『謎知識』がそうささやきかけ、ハカセはそれを聞きつけた。


「じょうちゃく? ってなんだい?」

「ええと、金属を『蒸』気にして対象物に付『着』させる技術ですよ」

「なるほど、だから『蒸着』かい。……そういえば、金属も高温にすると気体になるんだったねえ」

「はい」

「……すると、低い温度で溶ける金属なら、多少は低い高温……低い高温ってのも変だけどさ、とにかく気体になりやすい、ってことだろうね?」

「それがそうでもないんですよ」


 融点の低い物質は沸点も低い、と思われるかもしれないが、身近なところに『そうではない』例がある。


「スズと銀がいい例です」


 スズの融点は約232度C、沸点は2602度C。

 銀は融点が約962度C、沸点が2162度Cである。

 なんと、銀の方が気体になりやすいのだ。それも、500度も違う。


「すると、スズよりも銀を蒸着させるのは比較的簡単かねえ?」

「やってみるしかないですね」


 銀は金属中最も反射率の高い金属である。

 それゆえ『白銀はくぎん』と呼ばれているのだ。

 ゆえに、鏡に使うには最適である。


 ここで考え込むハカセ。


「うーん、魔法でなんとかできないかねえ……」

「できそうなんですか?」

「土属性、『金属(メタルム)』系の派生でどうにかできないかねえ……」


 考え込むハカセ。


「金属を蒸発させるような魔法ってないんですか?」

「え? うーん、ないねえ……でも、そうか……『溶かす』魔法があるんだから、『蒸発』させることもできるかもねえ……」


 そして再びハカセは考え込むことしばし。


「『金属(メタルム)蒸発(エワポラティオ)発射(フェゴ)』ならいけるかねえ?」


 どうやらハカセは新魔法を作ってしまったようだ。


「ちょっと試してみようかねえ」


 そう言ってハカセはティルダとともに工房へ。

 そして3分ほどで戻ってきた。


「うーん、今ひとつだねえ……」

「ハカセ、どんな感じになったんですか?」

「これだよ。うまくくっつかないんだよねえ」


 ハカセが差し出したガラス板には、まだら模様に銀色が付着していた。


こすると取れてしまうのさね」

「それって、ガラス側の表面処理が必要なのと、真空中じゃないから……かもしれませんね」

「ほうほう、なるほど。要するにガラス面と金属蒸気の間に不純物が介在してはいけないわけだね」

「そうだと思います」

「わかったよ」


 再びハカセはティルダの工房へ向かった。


 そして5分ほどで戻ってくる。


「今度は大丈夫そうだねえ」


 鏡の蒸着面を指でこすって満足そうに微笑むハカセ。


「……何をしたんですか?」

「ん? 『浄化(プルガシオン)』を掛けて、すかさず『金属(メタルム)蒸発(エワポラティオ)発射(フェゴ)』を使ったんだよ」

「ああ、なるほど……」


 ハカセの強みは、知識をすぐに実践できる応用力かもしれないな、とゴローはあらためて感心した。


「これなら売れそうだねえ」

「だったらティルダに枠を作ってもらいましょう。黒漆で塗って蒔絵もよさそうですね」

「あ、ミユウ先生のところで、そういう作品を見ましたです」

「こう、持つ手があるといいな」

「わかりますです。……でも、漆で仕上げるなら1ヵ月はほしいのです」

「ああ、それでいいよ。1つは姫様に献上するから、そのつもりで頼む」

「わかりましたのです」


 とりあえず、サンプルとしてマッツァ商会へ持っていく分は白木……つまり未塗装の木で作ってもらうことにした。

 改めて『型紙(テンプレート)』を作り、それに合わせてゴローがガラスを丸く切る。

 ガラスの直径に合わせた凹みのある手鏡の枠をティルダが作り、ガラスを鏡にするのはハカセが。

 サナはその間、持参したラスクを食べていた。


 1時間で5つ、手鏡ができあがる。


「うーん、これはいいな」

「白木といいましても、木の色が濃いのでいい感じにできたのです」


 ウォールナット(西洋クルミ)はチョコレート色、マホガニーは赤褐色、桑の木は黄褐色と、濃色の材は多い。

 逆にヒノキやトチノキ、メープル、ブナなどは白っぽい淡色系の材である。


 ティルダが今回使ったのはウォールナットだという。

 適度な粘りがあって、地球では銃床ストックにも使われる。


 5つのうち1つはティルダに、1つはヴェルシアに、もう1つはハカセに、使ってもらうことになった。


「目に入ったゴミを取る時に便利だねえ」


 とは、ハカセの言。色気も何もあったものではない。


 そして、残る2つのうち1つはサナに。


「ありがとう、ゴロー」


 最後の1つをサンプルとしてマッツァ商会に持っていく予定である。


「で、今更だけど、薬は必要ないのかい?」

「もうだいじょうぶなようです」

「でもまあ、少しだけ……材料のある分だけ作っておくよ」


 念のため、とハカセは言った。


「それじゃあ、お願いします」

「うん」


 そしていよいよ『水鉄砲』の話となる。


「ちゃんと出来てるよ。水で試したら10メル()くらい飛んだよ」

「予想以上です」


 形としては少し銃身が長めのピストル型だ。

 水タンクはグリップの下に取り付けられている。


「タンクは大と小があるんだよ」

 大だと0.5リル(リットル)、小だと0.2リル(リットル)くらいの容量がある。

 タンクの口はねじ込み式になっていて交換も可能。


 10メル()なら、野生動物と遭遇してもなんとか対処できるだろう、とゴローは考えた。……突進して来られなければ。


「先端を回していくと『閉』『霧』『噴射』が切り替えられるよ」

「さすがです、ハカセ」


 銃口(?)を120度ずつ回すことで切り替えられる。

 上に来る色でもわかるようになっており、『閉』は黒、『霧』は黄色、『噴射』は赤。


 水で試してみると、なかなかいい感じである。

 指の力ではなく魔法で噴射しているので引き金も軽い。


 同じものが3つできあがっており、作り方の要点である魔法の書き込み方も紙に書いてくれていた。


「ありがとうございます。これなら他でも作れるでしょう」

「だといいんだけどね。……まあ、アーレンのところなら作れるだろうね」


 そんなやり取りのあと、ゴローは王都の屋敷へと帰る支度を始めた。


「もしかすると明日の夜は来られないかもしれません」

「うん、わかったよ。……あたしも、王都とここで話ができるような魔導具を作りたくていろいろ考えてはいるんだけどね」

「できそうなんですか?」

「もうちょっと……の2歩前、くらいかねえ」

「そ、そうですか」


 どのくらい実現できそうなのか、ゴローにはちょっとわからなかった……。


*   *   *


「それじゃあ、戻ります」

「気をお付け」


 ということでゴローとサナは『レイブン改』で王都へと戻ったのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月22日(木)14:00の予定です。


 20230615 修正

(誤)スズの融点は約232度C、沸点は2602度C.

(正)スズの融点は約232度C、沸点は2602度C。

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― 新着の感想 ―
[一言] しかし、作り方を聞いて、 ティ「本当にこんな方法dえ!?物凄く簡単ですっ!!どうして今まで気付けなかったのですっっ!!???」 ←とかなんとk ティ「騒いでないです(呆」作業中は静かにしてま…
[気になる点] >それゆえ『白銀はくぎん』と呼ばれているのだ。 >ゆえに、鏡に使うには最適である。 銀って硫化や塩化ですぐ変色すると思うんだけど大丈夫? 放置するとすぐ変色するから、毎日磨かないとダメ…
[一言] 比較的簡単に金属の蒸着が出来るようになったなら、もしかして糸に銅を蒸着させれば抗菌靴下を作るのも夢じゃない……? 蒸着からはズレてしまいますが、砂糖とかチョコレートとかで食品をコーティング…
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