11-10 サンルームにて
ゴローが『屋敷妖精』のマリーに案内されてやって来たのは屋敷の南端、右寄り。
つまり南東方面である。
その部分が張り出している。広さは12畳ほど、高さは3メートルほど。
「ここがサンルームでした」
「なるほど」
ゴローは、前の主人がここをサンルームでなくしてしまった、その訳を察した。
日当たりが悪いのだ。
サンルームがあった頃はそうでもなかったのだろうが、今は周囲の木が成長してしまい、日光を遮ってしまうのである。
「何で常緑樹にしたんだろう……」
落葉樹なら、日光のほしい冬場には葉を落とすので日が遮られる割合が減るのに、とゴローは思ったのだった。
「それはわかりません。前のご主人さまはあまりお庭に興味を持たない方でしたから」
「そうか、まあいいや」
前の持ち主のことを聞いても仕方ない、とゴローは『今、これから』を考えることにした。
「ああ、よく見ると天窓があったんだな」
「はい。と言いますより、この部分、ガラスの上に板を張っています」
「じゃあ、その板を取り外せばいいわけだ」
「はい。ですが……」
「わかるよ。庭木をなんとかしないと日が当たらないもんな」
* * *
庭木のことならフロロである。
ゴローは、もう一度サナとともにフロロを訪れた。
「サナちん、ゴロちん、どうしたの?」
「ちょっと、サンルームについて聞きたいことが、あって」
ゴローは昔サンルームだったという部屋についてフロロに説明した。
「あー、昔、そういうものを作ったわよね」
「でも今は板を張ってしまってサンルームじゃなくなっているんだ」
「そうみたいね」
「1つにはあのあたりの木が伸びたからだと思う。日当たりが悪くなった」
「確かにね。あの辺って常盤木ばかりよね」
「そうなんだ。サンルームに戻すにしても、日当たりが悪かったらどうにもならない。なんとかならないかな?」
単に邪魔だから、というような理由で木を切ってしまいたくない、とゴローは言った。
「ありがと、ゴロちん。その気遣い、素直に嬉しいわ」
フロロはにっこり笑ってゴローに礼を言った。
「その心意気に免じて、日当たりを遮る木はあたしが移動させてあげるわ」
「ほんとか! ありがとう!」
「ありがとう、フロロ」
「それじゃあ今夜やっておくわね」
「うん、お願い」
「頼んだ」
というわけで、サンルームへの日差しを遮る木々は、フロロが移動させてくれることになった。
なのでゴローの仕事は、南東の部屋をもう一度サンルームに戻すことである。
* * *
「ゴロー、どこをどう、するの?」
「まず壁板を剥がす。このあたりからがいいかな」
ゴローは庭に面した壁を指さした。
「うん、わかった」
そこでサナはさっそく壁板を剥がさんとする……が。
「素手でじゃなく道具を使ってくれよ」
とゴローに言われ、バールを手にしたのであった。
もちろんゴローも手伝うため、バールを手にする。
そして『人造生命』の力で振るわれたバールは、やすやすと壁板を引っ剥がした。
「あ、ガラス」
「あったな」
もちろん、ガラスがあることを前提に行ったので、内側に張られたガラスが割れるなどということはなかった。
「よし、この調子で壁板を剥がしてしまおう」
試しに剥がしてみたのだが、結構ちゃんとした状態で残っていたので、全部剥がすことにした。
「うん」
人造生命2人掛かりで行う作業は速く、1時間でサンルームが姿を現したのである。
「おお」
「これが、サンルーム……」
「お疲れ様でした、ゴロー様、サナ様。ガラスの掃除はお任せください」
「よろしく頼む」
汚れたガラスはマリーが掃除してくれることになったので任せることにするゴローであった。
* * *
「サンルームはこれでいい。日当たりもフロロがなんとかしてくれるらしいし、あとは栽培の準備だな」
ゴローは植木鉢を用意することにした。
少々重いが、焼き物の植木鉢は市販されている。
「木で作ってもいいかな」
『プランター』と呼ばれるタイプのものだ。
木の箱、あるいは木の桶タイプがある。
ゴローとサナは『たらい』を使うことにした。
この世界では、衣服あるいはシーツなど大物の洗濯にはたらいを使う。
場合によっては足で踏むことで汚れを落とすやり方もある。
そうしたたらいは丈夫にできているのだ。
「たらいでしたら余っていますよ」
『屋敷妖精』のマリーはそうした用具も管理してくれており、たらいは偶に壊れるので予備が用意してあるとのことで、すぐに持ってきてくれた。
「サナ、火魔法で表面を焦がしてくれないか?」
「焦がすの? どうして?」
「そうすると木が腐りにくくなるんだ」
「……わかった。『熱・ゆっくり』を使う」
「ああ、それでよさそうだ」
こうした精密な作業は、サナに一日の長がある。
サナは『熱・ゆっくり』を巧みに使ってたらいの表面を焦がした。
「よし、ありがとう、サナ」
「うん」
「あとはここにロウを染み込ませればいいかな」
この場合のロウは蜜ロウである。
蜜ロウは蜜蜂の巣を構成する素材である。
蜂蜜を取り、蜂の子を除いた『巣』を一旦融かし、ゴミを取り除いてから再度固めたものだ。
かなり高価である。
「それとも漆がいいかな」
ドワーフ少女のティルダは少し前に『ジャンガル王国』で漆塗りを学んでいる。
が、漆もまた希少で高価であった。
「松ヤニは?」
「温度が上がるとベタベタしてくるしなあ」
帯に短したすきに長し。
なかなかちょうどよい上塗り材が決まらない。
「油はダメ?」
オイルフィニッシュというやり方がある。
木に、『乾性油』とよばれる植物性油脂を染み込ませるのだ。
『乾性油』は空気中の酸素と結合して固まる。アマニ油、クルミ油、紅花油、ひまわり油などがある。
『不乾性油』というのも当然あって、こちらは固まらない油である。オリーブ油・椿油・菜種油がそれだ。……これは余談。
「うん、あまり耐水性を上げる用途には向かない……らしい」
『謎知識』がそう言っている。
油なので水をはじくが、被膜を作らないため長時間水にさらすと木が水分を吸い込んでしまうのだ。
「うーん……」
悩むゴローに、サナが助言をした。
「ゴロー、今夜ハカセに聞いてくると、いい」
「そうだな……そうするか」
ゴローも素直に、サナの助言に従うことにしたのであった。
* * *
「それじゃあ、トウガラシエキスを作ってみようか」
と言っても難しいことはない。
粒になったトウガラシをすり潰して『一味』にし、それを水に入れて20分から30分煮詰める。
割合はトウガラシ100グムに対し水0.8リル。
煮ていると刺激臭が漂うのでマスクは必携である。
できれば保護メガネもした方がよい。
……が、ゴローとサナは『人造生命』なので平気である。
「よし、これでいいだろう」
出来上がったのは真っ赤な水溶液。
これを濾して原液とする。
使う際に適宜薄めて使う。
ちなみに、環境に優しい農薬(害虫忌避剤)として使う際には300倍に薄めてスプレーするとよい。
「対魔獣には原液、対人には希釈して使ったほうがよさそうだな」
希釈度合いはこれから調べることになる。
なかなか凶悪な護身用グッズができそうであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月8日(木)14:00の予定です。
20230601 修正
(誤)1時間でサンルームが姿を表したのである。
(正)1時間でサンルームが姿を現したのである。




