11-08 ハカセの負けん気
バラージュ国とシナージュ国が紛争を起こした原因が、両国間にある遺跡ではないか、とハカセは推測していた。
「その理由はね、あのあたりにはいろいろとおかしなことがあったのさね」
「えっと、ハカセは行ったことがあるんですか?」
「昔、ちょっとねえ」
「凄いですねえ」
一緒に聞いているヴェルシアも驚いていた。
「まあ、あたしの話は置いておいて、遺跡の話だよ。……あのあたりの『気脈』はかなり大きくてねえ」
「きみゃく……って、何ですか?」
「ああ、ヴェルシアは知らないか。『気脈』っていうのは大地を走る、いわば星の血管さね」
「もっとわかりません……」
「ええとな、大地には『魔力』みたいなものが通りやすい場所があって、それが『気脈』なんだよ。『気脈』のそばは妖精や精霊が住みやすいんだ」
ゴローが平易な言葉で説明すると、ヴェルシアも少しは理解できたようだ。
「この研究所や王都の屋敷も、その『気脈』の上に建っているのさ。だからフロロやクレーネーやマリーやルルやポチが居心地よさそうにしているんだ」
「なんとなくですが、わかりました」
「……話を続けるよ」
ヴェルシアが納得したようなのでハカセは話を再開した。
「まあ。そういうわけで『気脈』の通り具合やら何やらから、あの場所にどうも何かあるんじゃないかと思えてね」
「『気脈』だけでわかるものなのですか、ハカセ?」
ゴローも質問した。
「もちろんそれだけじゃないさね。『何やら』って言ったろう? 例えば木の生え方や種類が一部分だけ周りと違いすぎるとか、魔獣が寄り付かないとかね」
「はあ……」
最終的には勘だということであった。
とはいえ、経験と無意識下の判断に裏打ちされた『勘』というものは馬鹿にできない。
「とにかく、その森の中に遺跡があって、取り合いになっているということですね?」
とヴェルシアが言うが、ハカセは頷いた。
「おそらくね。……ただ、シナージュの方はそっとしておきたいと思っているかもしれないけどねえ」
「バラージュが専有しようとしているということですか?」
「そうそう」
「何でそう言えるんですか、ハカセ?」
「ずっとずっと昔、シナージュは遺跡の扱いをしくじって痛い目を見たことがあるのさ」
「痛い目……ですか」
「そう。あたしが聞いたところによると、遺跡にあった何かが暴走して、国……その頃はまだ国という組織ではなかったようだけど……とにかく居住圏の3分の2が更地になったと聞いたよ」
衝撃の過去であった。
「何かが爆発したんでしょうか?」
「話の内容的にそうだろうねえ……」
「……あと、居住圏の3分の2て、どのくらいの広さなんです?」
「半径20キルくらいの円内じゃあなかったかねえ」
つまりは直径40キロの円内が更地になったということである。
もしも爆発だとしたら、途轍もない威力があったということだ。ゴローは『謎知識』のサポートもあり、そう感じた。
(放射能はなかったのかなあ……)
ともゴローは思ったが、魔法のあるこの世界、どんな物騒な兵器があるかもしれない、と思い直した。
「ハカセは、何が起きたと思うんです?」
今まで黙って聞いていたティルダが、ゴローの気持ちを代弁してくれた。
「爆発だろうねえ」
「そんな大規模な爆発なんて起こせるんでしょうか?」
ゴローもまた、ハカセに食いつくように質問した。
「あたしにはできないねえ。……今のところは」
今のところは、と付け加えるあたりハカセらしいな、と思いつつ、ゴローは続く説明を待った。
「そもそも『爆発』って、以前ゴローが言ってた、『急激な燃焼による空気の膨張』とか『化学反応により熱とガスが急激に発生して膨張』のために周囲に影響を及ぼす……だったっけ?」
「あ、はい。概ねそんな感じです」
以前に『科学』の説明をした中にあった項目である。
ハカセはちゃんと覚えていたようだ。
「例えば魔法で急激に高熱を発生させたところであんなことはできないよ」
「……密閉容器の中だったらどうですか?」
「うーん……そうだねえ……直径1メルくらいの球形の殻の中で目一杯燃焼させて空気を圧縮して……もせいぜい半径50メルかそこらくらいにしか……いや、更地にできるのは半径10メルくらいだろうね」
「そうですか……」
「今のところは、だよ?」
「あ、はい」
負けず嫌いなハカセであった。
* * *
「まあとにかく、バラージュとシナージュが争っていることに変わりはないわけだ」
ゴローは話をまとめ始めた。
「2国間にある森の所有権で争っている。けれどどちらかというとシナージュはバラージュを止めようとしているのかもしれない」
「そんな感じだねえ」
「……ハカセから見て、この紛争はどのくらい続きそうですか?」
「そうだねえ……半年から1年、ってところかねえ」
「紛争にしては長いですね」
「そうだね。武力・兵力で見たらシナージュの方が上なんだよ。『亜竜ライダー』もいるしねえ」
でもだからこそシナージュは全力を出さないんだろうね、とハカセは結んだ。
「シナージュの文化は進んでいるんですか?」
「そりゃあね。あたしは数年いただけだけど、いろいろと面白いものを見たねえ」
武器についてはよく知らないけど、とハカセ。
「だけど、以前ジャンガル王国でゴローが戦ったというゴーレムも多分そうした遺跡から発掘された物か、それを元にした物だと思うよ?」
「銃はどうなんでしょう?」
「そうだねえ……原理は単純だから、技術があれば作れるんじゃないかねえ」
「そうですか」
「ちょっとだけ、興味があるけどね」
「それでしたらハカセ、護身用の銃を作ってみませんか?」
「護身用?」
興味を惹かれたようで、ハカセは身を乗り出してきた。
「魔法を使って、水を発射するんですよ」
「お、なんか面白そうだねえ」
案の定、食いついてくるハカセ。
「水鉄砲って、前に話したでしょう?」
「ああ、筒の中に水を溜めて押し出すおもちゃだね」
「あれを、魔法を使ってやるんですよ」
「ほう?」
「『水の矢』か『液体よ・動け』を使って、銃の中のタンクに水を満たし、圧力を掛けて発射するんですよ」
「面白い! 作ってみたくなるねえ」
魔法の水なので、時間が経つと消えてしまうのも都合がいい。
「敵を牽制するのにいいんじゃないでしょうか」
「そうだねえ……でも、狙撃は無理だと思うよ?」
「ええ。中・近距離用と考えていいかと」
「ふんふん。……作るのはいいんだけど、誰が使うんだい?」
「ティルダやヴェルシア、ルナール、アーレン、ラーナあたりでしょうか?」
「なるほど、戦闘力はないものねえ。……ルナールを除いては」
ルナールにしても、防衛手段が増えて悪いことはない。
「これ、完成したら、王家に献上する必要があるんじゃ、ない?」
サナがそんなことを言い出した。
「そうだなあ……後で何か言われるのも嫌だしなあ……」
「だとしたら、あたしゃ名前を出さないからね」
「わかってます、ハカセ」
目立つのが大嫌いなハカセなのだ。
「いずれ解析されて模倣されるかもしれませんが、まずはできるだけ小型にして、本当に護身用にしますか」
さて、ハカセとゴローは、どんなものを作るのであろうか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月25日(木)14:00の予定です。
20230518 修正
(誤)今のところは、と付け加えるあたりハカセらしいな、と思いつつ、ゴローはさらに質問を重ねる。
(正)今のところは、と付け加えるあたりハカセらしいな、と思いつつ、ゴローは続く説明を待った。