11-07 自由水と結合水
ゴローがマッツァ商会に持ち込んだ原石は3種類。
エメラルド、トパーズ、アメジストである。各5個ずつ。
中級品でいい、と言われていたので、目利きのできるサナに頼んで選別してもらったものだ。
「おお、これはちょうど手頃ですな」
そしてサナの目利きは確かだったようで、オズワルド・マッツァは大喜び。
「流通が滞っていましてな。にも拘わらず、王都内の経済状況が活気付き始めているのですよ」
結果、様々なものが品薄になっているのだという。
宝石類もその1つだそうだ。
「ですので今回の納品はとても助かります」
「それはよかった」
喜んでもらえてゴローもほっとした。
この後、詳しい鑑定が行われ、値段が付けられることになる。
それを待つ間、ゴローはバラージュ国とシナージュ国の情勢も聞いてみることにした。
「例の2国間はどうなっていますか?」
「バラージュ国とシナージュ国ですね。いよいよ衝突が始まったようですよ」
「そうですか……」
「周囲の国々は様子見ですね。その結果、他国への飛び火はなさそうであると判断した国が多いようです」
「ああ、だから経済状況も好転してきているんですね」
「そういうことです」
思っていたよりは小規模で収まりそうだと周辺各国が判断したようだ。
「ええと、シナージュってバラージュのずっと北にある国ですよね?」
「そうです。それが?」
「バラージュとシナージュの間には、森林地帯があるんですよね?」
「ええ。……それが紛争の原因らしいですがね」
「森林資源、ということですか?」
「一言で言えばそうですが、なかなか複雑らしいですよ。……おい、お茶を2つ」
オズワルドはゴローと自分にお茶を持ってくるよう配下に命じ、話を続ける。
「間にある森林は、基本的にどちらの国のものでもなかったんです」
「ええ」
「それが最近になって、何やら希少なものが採れるらしいことがわかったらしくて」
「ははあ、それを独占したくて双方が……?」
「そうです、と言いたいところですが違います。シナージュ国はそっとしておきたいと考えているようです」
「するとバラージュが独占したくてシナージュを突いているわけですか? ……あ、どうも」
差し出されたお茶に礼を言い、ゴローは続けた。
「で、シナージュはバラージュの暴挙を防ごうとしている?」
オズワルドは頷いた。
「概ねそんなところです。……といっても、私が集めた情報ですので、間違っている部分もあるかもしれません」
オズワルド・マッツァは苦笑しながらそう言った。
「……あと1つ。バラージュとシナージュ、どちらが優勢なのですか?」
「今のところ5分5分のようですね。泥沼化しそうな雰囲気です」
「そうですか……あ、戦場はどこになっているんです? まさか当の森林地帯ではないでしょう?」
「それはもちろんです」
オズワルド・マッツァはお茶を一口飲んで、再度語り始める。
「バラージュ国内なんですよ」
「意外ですね」
「……というのも、シナージュ国には『亜竜ライダー』がいるからのようです」
「ああ、森林地帯を飛び越えて攻めることができるんですね」
「そういうことですね」
これで紛争のアウトラインがかなりはっきりした。
お茶を飲み干したゴローは、オズワルド・マッツァに礼を言う。
「貴重な情報、ありがとうございます」
「いえいえ、ゴローさんとはこれからもいいお付き合いをしていきたいですからな」
そして宝石の原石についても値付けが終了。
エメラルドが5つで15万シクロ。
トパーズが5つで10万シクロ。
アメジストが5つで9万シクロになった。
薬代と合わせ、計101万2000シクロを受け取る。
そして1万2000シクロ分の砂糖を購入。
差し引き100万シクロと砂糖を積んで、ゴローはマッツァ商会を後にしたのである。
* * *
「ただいま」
「ゴロー、お帰り」
「あ、お砂糖」
「うん」
ゴローを出迎えたサナは、目ざとく砂糖を見つけた。
「運ぶの、手伝う」
「じゃあ台所へ運んでくれ」
「うん」
買ってきた砂糖は全て台所へ。
これで当分砂糖には困らないだろうと、サナはほくほく顔である。
そんなサナに、ゴローは冷蔵庫からプリンを出した。作り置きの最後の1つである。
研究所に戻るのは夜。
それまでにはまだ時間があるので、ゴローは甘味を作ることにした。
「うーん、長持ちするものがいいんだがな……」
甘味に限らず、食べ物の保存性を上げるためには、雑菌、腐敗菌などの微生物の繁殖を防ぐことである。
その方法の1つが冷凍・冷蔵である。
また、『自由水を減らす』という手もある。
『自由水』とは『結合水』に対する用語だ。
『結合水』とは、食べ物内の成分と結びついていて、分子運動が抑制されている。そのためこの『結合水』は、凍結・気化・蒸発が難しい。
このため、微生物が利用することはできない。
水分がなければ生物は生きていけないわけで、微生物が増殖できないわけだ。
一方、『自由水』とはその名のとおり自由に動き回ることができる水分で、微生物が増殖に利用できてしまう。
この『自由水』を減らすことで腐りにくくすることができる。
代表的なのは乾燥させることだ。
乾物が日持ちするのは周知のこと。
また、エタノール(酒)を混ぜることで自由水を奪う方法もある。
アルコール度数の高い酒が変質しにくいのはこのためである。
塩漬けも、塩により食品の水分が吸収されるため、保存性が上がる。
同様に砂糖分を増やすと、水分は砂糖に吸収されるので腐りにくくなる。
たっぷり砂糖を入れたジャムや、砂糖漬けのフルーツはこれにあたる。
閑話休題。
ゴローはサナの好みそうな砂糖漬けのフルーツを作ることにした。
ちょうど青リンゴがあったので、これを使うことにする。
1.リンゴを洗い、8つに割って種と芯を取り除く。
2.それをさらに薄切りにする。
3.たっぷりと砂糖をまぶしながら保存容器に入れていく。
おおよそ3日から1週間で砂糖が染み込んで美味しく食べられるようになる。
また、リンゴの水分が砂糖に吸い出されるので、ドロッとしたシロップ状になるのだが、そちらはそちらで利用法がある。
リンゴシロップを水で割って飲む、料理に使う、などだ。
このシロップを紅茶の甘み付けに使うと、アップルティーほどではないが、ほのかなリンゴの香りがして美味しく飲める。
「リンゴジャムも作っておくか」
酸味の強い青リンゴなのでジャムにしても美味しいだろうとゴローは考えたのだ。
そう、ジャムにする果物は酸味がある方が向いている。
甘いだけのジャムより、甘味の中に酸味を感じられる方がより甘さが引き立つわけだ。
甘味の隠し味に塩を微量添加するようなもの……かもしれない。
とにかく、そんなことをして夜を待つゴローであった。
* * *
午後7時半。
日が短くなってきたので、少し早めに王都の屋敷を出るゴローとサナ。
『レイブン改』は今日も調子よく夜空を駆け、1時間半で研究所に着いた。
「おお、お帰り。ゴロー、サナ」
「ただいま、ハカセ」
「ハカセ、報告することがあります」
「うん、食堂で聞こうか」
「はい」
* * *
研究所に帰ったゴローは、エルフの国の情勢をハカセたちに説明した。
「……と、いうことらしいです」
ハカセは何やら心当たりがあるのか、難しい顔をしている。
「ふうん……貴重な資源、ねえ……?」
「ハカセ、何か心当たりがあるんですか?」
「あるといえばあるし、ないといえばないね」
珍しくあやふやな物言いをするハカセ。
「どっちなんです?」
「まあ、推測の域を出ないけどね」
「聞かせてください」
ゴローとしても、気になって仕方がないのである。
「まあ、隠すようなことではないからね。……あたしの考えでは資源があるんじゃないよ」
「では、何が?」
「遺跡さね」
「遺跡……」
思わぬ単語がハカセの口から出てきた。
「あたしの推測を話してあげようかね」
「お願いします」
さて、ハカセの推測とは……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月18日(木)14:00の予定です。
20230907 修正
(誤)「流通が滞っていましてな。にも関わらず、
(正)「流通が滞っていましてな。にも拘わらず、