11-05 TKG
『殺菌装置』を手に入れたゴローは、1つの可能性に思い至った。
(これって、もしかして……)
そこでハカセに聞いてみる。
「ハカセ、これって、靴を殺菌できるんですから、他のものだって大丈夫ですよね? 人間以外という意味で」
「大抵のものはできると思うけどね。何を殺菌したいんだい?」
「食品です」
「食品? ……うん、できると思うよ」
「そうですか。……よし!」
ゴローは、一般に流通している『卵』のことを考えていた。
この世界で入手した卵は殺菌洗浄されていない。
鳥類は『総排泄腔』(そうはいせつくう/こう)または『総排出腔』(そうはいしゅつくう/こう)といい、産卵と糞便は同じ出口から排出される。
つまり卵の表面には糞便がこびりつく可能性が高いわけで、サルモネラ菌をはじめとする有害な細菌が付着するおそれがある。
サルモネラ菌は動物の腸管に存在し、約3万個に1個の割合でサルモネラ菌が付着した状態で産卵されてしまうというデータもあるそうだ。
これを防ぐため、少なくとも日本では次亜塩素酸ナトリウムなどの殺菌剤を添加した『温水』で洗浄した『洗卵』がほとんど(一部はとれたてをうたう無洗卵)である。
ちなみに温水で洗うわけは、卵を冷やすと内圧が下がって、外部から細菌類を内部に取り込みやすくなるからである。
なお、卵内部は、基本的には無菌である。
殻の扱いが難しいわけだ。
無洗卵の場合、触れた手はもちろん、殻を置いた皿、まな板、また同じ場所に置いておいた野菜などもサルモネラ菌による汚染の可能性があるので要注意である。
そんな卵の安全性を増して利用率を上げ、流通量を増やせば、もっと安く手に入るようになるだろうと考えたわけだ。
なにしろ、今現在卵1つあたりの平均価格は200シクロ(日本円換算で約200円)。
買えない値段ではないが、もう少し下がったほうが嬉しい。
なので需要を増やすことで生産量を上げ、価格を下げようという長期計画なのだ。
一時的に品不足になって価格が上昇する可能性は織り込み済みで、一応買いだめはしてある(冷蔵庫で保管しているので1ヵ月は持つ)。
そんな、普及作戦の一環として殺菌洗浄を手軽にできるように、というわけである。
「ハカセ、この『殺菌装置』、売れると思います。あと2つくらい作ってもらえますか?」
「ああ、お安い御用さ。……その代わり、ゴローが何を考えて、何に使おうとしているのか教えておくれ」
「家庭での卵料理を普及させたいなあと」
「ほう?」
ところで、サルモネラ菌の危険性があるのは卵だけではない。
人をはじめ、牛や豚や鶏などの家畜の腸内、また河川や下水など、自然界にも広く生息しているのだ。
致死率は0.2〜0.5パーセントだが、それは日本の場合で、この世界ではもっと高いだろう、と『謎知識』がゴローに囁いていた。
ゴローの場合は、卵を温水洗浄した後『殺菌消毒』で処理しているため、まず心配はいらない。
また、肉類は生で食べることはせず、必ず十分な熱を加えているので大丈夫なのだ。
だが、一般家庭はそうはいかない。
肉を生で食べることはないが、洗浄していない卵に触れた手で調理して感染することもあるようなのだ。
「その危険もなくしたいんですよ」
「なるほどねえ。薬の消費量が抑えられるねえ」
「あともう1つは、行軍、野営時の殺菌消毒ですね」
「ああ、なるほどねえ」
戦争を奨励はしないが、防衛のための行軍でそうした感染者が出るのは好ましくない。
解熱鎮痛剤や胃腸薬に頼らずとも済むかもしれないわけだ。
「そういうことならわかったよ。ちょっとお待ち」
と、工房へ向かおうとしたハカセの足が止まった。
「……それでだね、夜も更けたことだし、少しお腹が空いてきたのでねえ、ゴロー、何か軽く食べるものを作ってくれないかねえ? もうじきあんたたちも王都に帰らなければならないだろうから、簡単なものでいいよ」
「わかりました。ルナール、ご飯を急いで炊いてくれないか?」
「はい、ゴロー様」
ハカセの要望に応じ、ゴローはまずご飯の用意をさせた。
「それじゃあ、何が出てくるか、楽しみにしてるよ」
そしてハカセは工房へ。
一度作っているので、ハカセの作業は速い。
40分ほどで2基の『殺菌装置』を作り上げてしまったのである。
「これでいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
そしてゴローは台所へ声を掛けた。
「ルナール、ご飯は炊けたかい?」
「はい、たった今」
「よし」
そこで、みんな揃って食堂へ。
「ハカセ、夜ですし、ご飯は軽く一膳でいいですか?」
「ああ、それでいいよ」
「ゴロー、私にも」
サナも、ゴローが何を作るのかはわからないものの、食べてみたくなったようだ。
「ああ、いいぞ」
ということでゴローはハカセとサナの前に、茶碗に盛ったご飯を置いた。
そして小鉢と醤油、それに……。
「……卵?」
保存庫から卵を2個出してきたのである。
もちろん殺菌洗浄されている。
「これを割って小鉢にあけて」
「うん」
「醤油を垂らしてかき混ぜて」
「お、おい、ゴロー?」
ぐちゃぐちゃとかき混ぜられた小鉢の中の卵を見て、ハカセが少し慌てた。
「それをどうするんだい? ……まさか……」
「ご飯に掛けるんですよ」
「えええ!?」
そう、ゴローがハカセに食べてもらおうとしているのは『卵かけご飯』である。
ちなみに、ゴローが食べるとすれば、よそったご飯の真ん中を少し凹ませてそこに卵を割って中身を入れ、醤油を適当に垂らして箸で引っ掻き回し、一気に掻っ込む……というものだ。
が、今回ハカセにおすすめしたのは、小鉢に卵をあけ、そこに醤油を適量垂らしてかき混ぜたものをご飯に掛けて食べる方法である。
「まあ、騙されたと思って食べてみてくださいよ」
「う、うん……」
ゴローが少しずつ慣れさせたので、今ではハカセも箸でご飯を食べることができるが、今回はスプーンで食べてもらうことにした。
「なんかドロッとしてるねえ……」
おそるおそる卵かけご飯を口に運ぶハカセ。
そして一口。
「……」
「……どうです?」
「……う」
「う?」
「うまいよ、これ!」
どうやらハカセは『卵かけご飯』を気に入ってくれたようだ。
「あったかいご飯に卵の味がマッチして。醤油の味も癖になるねえ」
「よかったです」
「癖になる味だねえ。簡単なのがいいよ」
「でも、よく噛んで食べてくださいね」
「え? あ、ああ、そうだね」
ずるずる、っとすすって食べられるので、よく噛まないうちに喉を通ってしまうのだ。
そうすると胃に負担が掛かることになる。
「それから、ちゃんと殺菌洗浄した卵を使ってくださいね」
「ああ、わかってるよ。卵の表面にはいろいろな菌が付いているからだろう?」
「はい」
とハカセに注意するゴローだったが、
「ゴロー、お代わり食べていい?」
と、サナもまた卵かけご飯が気に入ったようだった。
「ああ、いいよ。……ほどほどにな」
「うん」
サナが2杯目を食べている横で、ゴローはハカセに説明をする。
「炊きたてのあったかいご飯に掛けないと美味しくないと思います」
「なるほどねえ」
「毎日食べたら飽きるかもしれないので、程々にしてください」
「まあ、そこはわかっているよ」
「ルナールも頼むぞ」
「はい」
と、これで大体の用事が済んだ。
時刻は午後11時。
「そろそろ王都に戻ります」
「うん、気をお付け」
「はい」
ということで、『殺菌装置』3基も持って、ゴローとサナは王都に戻るべく、『レイブン改』で研究所を飛び立ったのである。
* * *
「そういえばサナ、甘味じゃないのに随分気に入ったみたいだな?」
「卵かけご飯のこと? うん、おいしかった」
「はは、そうか」
「ああいうメニュー、もっとあったら作ってほしい」
「うーん、そうそうないけど、考えておくよ」
「うん、楽しみにしてる」
そんな2人を乗せ、『レイブン改』は闇の中王都を目指すのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月4日(木)14:00の予定です。
20230427 修正
(誤)ちなみに温水で洗うわけば、
(正)ちなみに温水で洗うわけは、
(誤)「わかりました。るなアール、ご飯を急いで炊いてくれないか?」
(正)「わかりました。ルナール、ご飯を急いで炊いてくれないか?」
(誤)40分ほどで2台の『殺菌装置』を作り上げてしまったのである。
(正)40分ほどで2基の『殺菌装置』を作り上げてしまったのである。