11-01 真菌への反撃
「なるほど、『ドワーフ熱』か」
「はい」
翌日、ゴローが予想したとおり、ローザンヌ王女はやって来た。お供はモーガン、それに兵士たちである。
いつもどおり兵士たちは門の外で待機し、モーガンと王女がゴローたちと話をしている。
そこで『ドワーフ熱』の話をしたところ、真剣に取り合ってくれた。
「王城にも職人として10人ほどいるからな」
「そうなんですね」
そしてゴローは、数名分なら薬がある、とも報告。
「おお、それは助かる。だが、王城のドワーフはまだ発症しておらんし、すでに掛かっているからもう掛からんかもしれん」
なので戻って確認してみる、ということであった。
「こちらも、明日には例の薬を少しお届けできるかと」
例の薬、というのは白癬菌の治療薬である。
「おお、それは朗報だ。では明日、取りに来るぞ」
「はい」
ということで仕事(?)の話は終わりかと思いきや、そうではなかった。
「ゴロー、あの『冷蔵庫』は便利だな!」
「ええと、何にお使いですか?」
「試しに果物を入れてみたが、冷えた果物は美味い。それに飲み物もな」
「そうでしょうね」
保存のために冷やすわけだが、同時に口当たりもよくなるわけだ。
「飲み物を冷やすことは魔法で行うこともあったが、果物を冷やすというのはあまりやらぬ」
「そうかもしれませんね」
「水属性の魔導士は少ないからな」
『冷やす』魔法は誰でも使えるわけではないので、そうやたらと乱発できるものではないようだ。
ゴローとサナなら何度でも使えるのであるが……。
「それから『濃縮出汁』だが、今作らせている」
「そうですか。いろいろ試してみるといいですよ」
「うむ、そこは料理人に任せるしかないな」
「王城には腕のいい料理人が大勢いるでしょうし」
「いるにはいるが……」
「何か問題が?」
「皆、保守的すぎてな……」
「ああ、新しいものを取り入れるのを嫌うのですか」
「そういうことだ」
ゴローが作ってくれた数々のメニューも、取り入れるのに苦労したと王女は言った。
「1人だけ、いるにはいるのだがな」
「やっぱり問題が?」
「いや、要するにまだ下っ端なのだ」
「ああ……」
厨房での立場が低く、意見が通らない、ということである。
「何か手柄を立てさせて、少し地位を上げてやろうと思っておるのだが、なかなか……な」
「縦社会というのは難しいですね」
「そうなのだ」
ローザンヌ王女は苦笑を浮かべた。
「で、だ。話は変わるが、あの『冷蔵庫』だが、作り方を教えてもらえぬか?」
「はい?」
「より大型のものを作れば、いろいろと用途が広がると思ってな」
「ああ、なるほど。食物を保存するだけでなく、冷やそうというのですね」
「そういうことだ。より少ない魔力で可能なようだからな」
食べ物を冷やす、というだけでも魔導士に依頼しなければならなかったが、『冷蔵庫』があればその必要もなくなる、というわけだ。
「もちろん、ただとは言わん。そうだな、500……いや、1000万シクロでどうだろう?」
日本円に直すと約1000万円、特許制度のないこの世界としては十分だろう、とゴローは判断した。
「それで結構です」
王女殿下の申し出である、そもそも断るという選択肢はない。
それに、手元にある『冷蔵庫』を分解して解析すれば済むことを、きちんとした手順を踏み、開発費も含めたであろう対価を提示するところにローザンヌ王女の誠実さが窺えた。
「うむ、それでは、対価は後日届けさせる。ゴロー、今日はこれで帰る。例の薬、頼むぞ」
「はい、殿下」
「それではな、ゴロー」
「はい、モーガンさん」
ローザンヌ王女は、『ドワーフ熱』に注意するよう呼びかけるため、珍しく昼食を食べずに帰っていったのだった。
* * *
「うーん……昼は何にするかな……」
時刻は午前11時少し前。
ゴローは昼食のメニューを考えていた。
そしてはたと気づく。
「作る必要がなかったな……」
今、屋敷にいるのはゴローとサナのみ。
2人とも食事を必要としない『人造生命』なのである。
例外として、サナは甘いものを好むが……。
そのサナは、作り置きしてあるプリンを食べてご満悦だった。
「どうせ夜まで暇だから、何か作ってみるか……」
ということで、ゴローは日持ちする甘味を作ることにした。
「何、作るの?」
プリンを食べ終わったサナが台所にやって来た。
「ラスクを作ろうと思ってる」
「じゃ、手伝う」
「うん、頼むよ」
甘味と聞いて、サナが俄然やる気を見せた。
ラスクは水分が少ないので長期保存できるのだ。
「ラスクってのは、パンを2度焼いた焼き菓子のことなんだぞ」
「ふーん」
『謎知識』に教わった、ラスクに関する蘊蓄を披露するが、サナはあまり興味を示さなかった。
ちなみに、発祥地であるドイツでは、ツヴィーバック(Zwieback)といい、2回焼いたパンの意味である。
薄切りしたパンを焼き、その表面にアイシング(卵白と粉砂糖を混ぜたもの)を塗り、オーブンで焼く。
「できた」
「うん、美味しい」
早速つまみ食いするサナであった。
そもそもサナのために作っているようなものなので、ゴローも咎めるつもりはない。
「次は砂糖の代わりに『樹糖』を使ってみよう」
「うん」
樹糖はメープルシロップ。つまりメープルシロップ風味になる。
「それからハチミツも」
「うん」
こうして、砂糖、樹糖、ハチミツと3種類のラスクができあがったのである。
「マリー、これを保管しておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
できたラスクは、サナが今食べる分を除き、『屋敷妖精』のマリーに預けておく。
マリーはこうした食料を長期保存するスキルがあるのだ。
そしてそのスキルも、少しずつ成長しているようで、例えば以前は1週間が限度だった生物も、今では1ヵ月保存することができるようだ。
非常に助かるスキルである。
そして気が付けば夜になっていた。
時刻は午後6時半。
「もう少ししたら『レイブン改』で研究所に戻ろう」
「うん」
秋になり日も短くなったため、少し早い時間でも人目につかず飛ぶことができるようになったのだ。
それで午後7時には出発。
慌てることなく『レイブン改』は夜空を駆け抜け、午後9時には研究所に着くことができたのである。
* * *
「ご苦労だねえ、ゴロー、サナ」
「いいえ。……で、例の『トリコリヴォア』はどうです?」
まずは培養し、それから薬効成分を抽出、という流れで、そろそろ抽出に取りかかれているのではないかとゴローは期待していた。
そしてそれは大当たり。
「培養は成功さね。『トリコリヴォア』も随分増えたよ」
「じゃあ、あとは薬効成分の抽出ですね?」
「そっちもやってみたさ」
「結果は?」
「うん、できた……と思うよ。ミューに確認してもらえるかねえ?」
「聞いてきます」
エサソンのミューは妖精なので昼も夜もないはず……と、ゴローは庭へ出てミューを呼んだ。
「ミュー、いるかい?」
「はい、ゴロー様」
暗い夜の茂みの奥から、エサソンのミューが現れた。
「これ、少し前にもらった『トリコリヴォア』の成分を抽出したものらしいんだけど、どうかな?」
ゴローは手にした瓶をミューに見せた。中には抽出液が入っている。
ミューはそれをしげしげと眺め、にこりと微笑んだ。
「……はい、これは『トリコリヴォア』の液ですね」
「そうか。これで『トリコフィトン』をやっつけられると思うかい?」
「ええ、大丈夫そうです。ちゃんと効き目はあります」
「そうか、よかった!」
ゴローもその言葉を聞いてほっとした。
これで、王都にいるモーガンたちに顔向けできる、と。
そして『白癬菌』に苦しめられている人たちを救うことが……と。
そしてその夜のうちに、『トリコフィトン症治療薬』のサンプルを持って王都の屋敷に戻ったゴローとサナであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月6日(木)14:00の予定です。
20230330 修正
(誤)翌日、ゴローが予想したとおり、ローザンヌ王子はやって来た。
(正)翌日、ゴローが予想したとおり、ローザンヌ王女はやって来た。
(旧)例えば今までは1週間が限度だった生物も、今では1ヵ月保存することができるようだ。
(新)例えば以前は1週間が限度だった生物も、今では1ヵ月保存することができるようだ。