01-24 シクトマについて
翌日、ティルダは『猫目石』の研磨に取り掛かった。
完成するまでの時間を使い、ゴローとサナはシクトマの町についての情報を集めに、オズワルド・マッツァの商会を訪ねることにした。
「おや、これはこれはゴローさんとサナさん。朝から、どうなさいました?」
「ええ、実は……」
ゴローは、シクトマの町について知りたい、と正直に話した。
「ほうほう。ええと、お2人はシクトマの町へ行かれるということですね?」
「ええ。そうです」
「なるほど。だから情報を欲していると」
ゴローは頷いた。そして、
「なんでしたら、対価も……」
とゴローが言いかけると、オズワルド・マッツァはそれを遮った。
「お待ちください。それくらいのこと、無償でご案内させていただきますよ」
そしてオズワルドは息子のアントニオを呼んだ。
「何ですか、父さん」
「うむ、ゴローさんとサナさんに、王都シクトマについていろいろ説明して差し上げなさい」
「え、あ、はい」
ということで、別室を借りてアントニオからシクトマについて教えてもらうことになったゴローとサナ。
* * *
「まず、シクトマは『都市』です」
つまり、城壁で囲まれている、ということだ。
「そして王都であり、首都です」
王都というのは王が住む都、首都というのは行政上の中心となる都のことだという。この世界では。
「人口は1万を超えるでしょうね」
多いのか少ないのかわからないので(多分多いのだろうが)、とりあえず無言で頷いておくゴロー。
「経済的にも国の中心ですので、賑やかですよ。……まあ、その分闇も深いのですが……」
おや? と思うゴロー。
(闇というと……スラムとか裏の顔役とか……かな?)
そのあたりは最後にまとめて聞こうと思っていると、
「闇って何? 暗いの?」
と、サナがストレートに質問していた。
念話で注意しておけばよかったな、とゴローが思う間もなく、
「そうですね、気を付けてもらわなければいけませんから、説明しておきましょう」
と、アントニオが言った。
「経済が発達するということは、お金が動くということです。すると当然貧富の差ができます」
なるほど、とゴローは感じた。やはりスラムの存在だったわけだ。
「難しいよなあ」
ゴローとしても、耳に心地よい話ではない。
「助けてあげればいいのに」
とサナが言うが、
「そう簡単な話じゃないんですよ」
とアントニオがサナに説明する。
「お金を貯めている人は、大なり小なり努力したり、人と違う才能があったりしたわけです」
だから格差ができる。その格差を無条件で埋めようとすると、努力している人たちから不満が出る。
「頑張れば結果が出る。それが正常な有り様だと、俺……私は思うんです」
とアントニオは結んだ。
ゴローも概ね同意である。正直者が馬鹿を見るような世の中は間違っている、と思っているから。
「うん、納得した」
サナもとりあえずはそれで口を噤んだのである。
「では、続けます。……王都にはヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフら『人間』が暮らしております。その他に『亜人』と呼ばれる獣人や魔人族も少数ですがいるようです」
獣人は獣の特徴を身体に持つ種族で、ほとんど人間と変わらないが尻尾があったり体中に毛が生えていたりする者から、二足歩行する動物まで幅が広いという。
「知性も理性もあり、話も通じます。心配ありませんよ」
ゴローが顔を顰めたのを、嫌悪感もしくは忌避感とでも思ったのか、アントニオがフォローを入れた。
頷いたゴローはもう一つの疑問を口にした。
「魔人族というのは? どうして彼らだけ『族』が付いているんだ?」
「ああ、それは、本当にさまざまな者たちがいるから……らしいです」
彼らについてはアントニオもよく知らないという。
「なんでも、『木の精』とかいう者や『夢魔』なんてのもいるようですし、千差万別……らしいです」
それでも概ね人型をしており、話は通じるという。
「少なくとも王都の中では法に従って生活しているはずです」
「なるほど」
これで暮らす人々について少しわかってきた。
あとは実際に会って話をして……という経験が必要だろう、とゴローは思う。話を聞いても経験は積めないのだ。
「王家についてはどうなんだ?」
「王家ですか? ルーペス王家は世襲制で、今上陛下は21代目です。ハラムアラド・ラグスメイルス・ルーペス陛下です」
アントニオが語った王家の構成は、王妃メルジュリア・フラミス・ルーペス。
その子供は年齢順に長女マージェリー・サロメス・ルーペス、長男アラスター・フォーシウス・ルーペス、次女ローザンヌ・レトラ・ルーペス、次男クリフォード・ホイーロ・ルーペス、そして三女ジャネット・メラルダ・ルーペス、となっている。
「ジャネット王女殿下が、今年13歳になられ、社交界にお出になるということだったな」
「そうです。それでゴローさんとサナさん、それにティルダさんが用意してくださった『アレキサンドライト』が御身を飾ることになるんですよ」
「なるほど」
さらにゴローは、町と都市で、出入りに差はないか、と聞いてみた。
「もちろんあります」
「それは?」
「身分証がないと、シクトマの様な都市には出入りできません」
「まあ、そうだろうな」
言われてみてゴローは納得した。と同時に、自分とサナはどうすればいいか、と考えを巡らせる。
しかし、案ずるより産むが易し。
「あ、サナさんとゴローさんは大丈夫ですよ?」
「え?」
「身分証は、信用のある保証人がいれば発行してもらえますから」
つまりは、マッツァ商会が保証人となるので、身分証は手に入るということだった。
「それは助かるけど、いいのかな?」
とゴローが恐縮すれば、
「俺……私はカーン村で何度もゴローさんやサナさんとお付き合いしてきましたからね。あなた方が好んでトラブルを起こすような方じゃないことはわかっていますよ」
「それは……どうも」
「それに、あなた方との末永いお付き合いは、我が商会にも利益をもたらしてくれるでしょうしね」
そう言ってアントニオは微笑んだ。
ゴローとしても、マッツァ商会がそうした利益を見込んで、と言ってもらった方が気が楽だ。商人は利益を求めるものだから。
「お入り用でしたら、明後日頃になるかと思いますが、身分証をお届けに上がります」
「ありがとう」
ここでサナが再び口を開いた。
「あと、どうして『シクロ』って貨幣単位を教えてくれなかったの?」
それは、ゴローも聞いておきたいことであった。
「すみません。カーン村ではゴルを使わず、物々交換していたからです……」
確かに、ゴローは全て物々交換で手に入れた、と当時のことを思い出した。
「それに辺境ではまだまだ『ゴル』が使われているんです」
元々『ゴル』の方が古くて、信用もあるから、とアントニオは言った。
「あと……シャロッコ、という商人のことを知っていたら教えてほしい」
オズワルドから聞いてはいたが、こういう情報は複数から聞いた方がいい、と謎知識が言っているのだ。
父親と息子、で見方が変わるかどうかは、また別の話である。
「シャロッコ……ですか」
一瞬顔を顰めたアントニオ。
「高利貸しで、やり手で……ですが評判はよくないですね」
商人として、直接的な批判はしづらいようだったが、言葉の端々から嫌悪感がにじみ出ていた。
どうやら町の人たちからも疎まれているらしいのは間違いなさそうだ。
その他にも、お勧めの店など2、3の話を聞き、とりあえずゴローは満足した。
「わかった。いろいろありがとう」
知りたいことは聞けたので、ゴローとサナはオズワルド・マッツァの商会を出た。
「少しは様子がわかったな」
「うん」
時刻はお昼少し前。
「さて、これからどうしようかな」
とゴローが呟けば、
「おいしいもの探そう」
とサナ。
苦笑したゴローはそれもいいな、と、町中をゆるゆると歩いていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月3日(火)14:00の予定です。
20190901 修正
(誤)
アントニオが語った王家の構成は、王妃メルジュリア・フラミス・ルーペス、長女マージェリー・サロメス・ルーペス。
その子供は年齢順に長男アラスター・フォーシウス・ルーペス、次女ローザンヌ・レトラ・ルーペス、次男クリフォード・ホイーロ・ルーペス、そして三女ジャネット・メラルダ・ルーペス、となっている。
(正)
アントニオが語った王家の構成は、王妃メルジュリア・フラミス・ルーペス。
その子供は年齢順に長女マージェリー・サロメス・ルーペス、長男アラスター・フォーシウス・ルーペス、次女ローザンヌ・レトラ・ルーペス、次男クリフォード・ホイーロ・ルーペス、そして三女ジャネット・メラルダ・ルーペス、となっている。
(誤)ハラムアラド・ラグスメイルス・ルーベス陛下です」
(正)ハラムアラド・ラグスメイルス・ルーペス陛下です」
20190902 修正
(旧)
「あと……シャロッコ、という商人のことを知っていたら教えてほしい」
「シャロッコ……ですか」
(新)
「あと……シャロッコ、という商人のことを知っていたら教えてほしい」
オズワルドから聞いてはいたが、こういう情報は複数から聞いた方がいい、と謎知識が言っているのだ。
父親と息子、で見方が変わるかどうかは、また別の話である。
「シャロッコ……ですか」
(旧)どうやら町の人たちからも疎まれているらしい。
(新)どうやら町の人たちからも疎まれているらしいのは間違いなさそうだ。