10-43 静かに更けゆく王都の夜
ゴロー、ミュー、ポチらは、以前『タモギ』を見つけた森にやって来た。
「さて、『冬虫夏草』は見つかるかな?」
「ありそうな感じですけど」
ゴローの呟きに、ポチの背に乗ったエサソンのミューが応じた。
「でも、そうそう見つかるものじゃないですし……住民の方に聞いてみましょう」
「え?」
ポチの背中から飛び降りたエサソンのミューは、ゴローですらやっと聞き取れるような『低い』声で何ごとかを呟いた。
「ゴロー様、しばらくじっとして喋らないでください。ポチさんもじっとしていてくださいね」
ゴローは黙って頷いた。
ポチもその場に伏せをする。
そして5分ほどすると、キノコを頭にかぶった小さな妖精(?)がわらわらと集まってきたのである。
「こんにちは、お邪魔してます」
丁寧に挨拶をするエサソンのミュー。
キノコをかぶった妖精(?)たちは虫の羽音のような声を出してなにか喋っている。
ゴローとポチを見ても驚く様子はない。
ミューもまた虫の羽音のような声で何やらやり取りをしていたかと思うと、深々とお辞儀をする。
すると集まっていたキノコ妖精(?)は散り散りに去っていった。
「もう喋っても大丈夫ですよ、ゴロー様」
「お、そうか。……で、どうだった?」
「はい、この森のもっと奥に2つだけ生えているそうです」
「お、よかったなあ」
「はい。では向かいましょう」
ミューはポチの背に飛び乗った。
伏せていたポチは起き上がり、ミューの指示で歩き出す。ゴローもそれに続いた。
* * *
そして歩くこと1時間。
森の様相が変わってきた。
針葉樹から針広混交林へ。つまり針葉樹と広葉樹が混じって生えている森林だ。
「広葉樹があったほうがキノコ類は種類が豊富なんです」
「なるほどなあ」
「そろそろあってもいいと……あ、ありました」
ミューはポチの背に乗ったまま、斜め右方向を指差した。
そこには、腐葉土の中から顔を出す、不思議なものが。
色は茶色。太さは紙巻きタバコくらいで、高さも同じくらい。
先端は丸くなっており、少しうねりながら伸びている。
「割合いい状態の『冬虫夏草』ですよ」
「これを掘り起こせばいいのか?」
「はい。そんなに深くないですし、土も軟らかいはずなので簡単だと思います」
「よし」
持参した小さなスコップを使い、周囲の土をそっとのけていくゴロー。
数分で『冬虫夏草』が手に入った。
「これでよし」
「もう1つあるようですが、どうしますか?」
「採ってもいいのかな?」
「もう菌糸は周囲に眠っているようですから大丈夫ですよ」
「そうか」
ミューによると、この周囲の土の中には『冬虫夏草』の菌糸が眠っており、セミなどの幼虫で弱ったものに取り付き成長する……らしい。
「ならもう1つ、採取して行くか」
「はい、それでは向こうです」
「よし、行こう」
「わふ」
* * *
順調に、2株の『冬虫夏草』を手に入れたゴローたちは、何ごともなく研究所へと戻った。
時刻は午後1時。
ゴローもポチもミューも食事を必要とはしない身体なのでなんのこともない。
「それじゃあミュー、ありがとうな」
「はい、お疲れさまでした」
「ポチもご苦労さん」
「わふ」
ミューとポチは庭の奥深くへ消えていった。
ゴローも研究所へ戻る。
「おかえり、ゴロー。どうだったね?」
「ええ、2株見つかりました」
「おお、やったじゃないか! エサソンには感謝だねえ」
「はい、ミューのおかげですよ」
そしてゴローとハカセは研究室へ行き、採ってきた『冬虫夏草』を取り出す。
「これはまた、立派な株だねえ。十数人分の薬が作れそうだよ」
「それならよかったです」
「わあ、これが『冬虫夏草』ですか? 初めて見ました」
ヴェルシアは『冬虫夏草』は初めて見たようだ。
「それじゃあさっそく薬を作ろうかね。……とはいってもきれいな水でじっくり煮出すだけだけどね」
あまり焦って強火で煮てしまってはいけないという。
焦らずじっくり、がコツのようだ。
「結局飲み薬になるんですね、ハカセ?」
「そういうことだね。まあ体力を付けて病気に負けない身体にする、って意味合いが強いねえ」
「なるほど」
滋養強壮の効果もあるらしい、とゴローは想像した。
そして服用者の免疫力をアップすると同時に体力を付け、ウィルス性と思われる『ドワーフ熱』に対抗するのだろう、とも。
「なら『癒やしの水』を混ぜればより効果が期待できますね」
「うん、そう思うよ」
ゴローの意見にハカセも賛成した。
「夕方までには煮出し終わるだろうから、今夜持っていっておやり」
「はい。……ハカセとティルダの分は残しておいてくださいね」
「どうしてだい? あたしたちは一度かかっているんだよ?」
「それがですね……」
ゴローは一度掛かったならば、体内にウィルスが潜伏している可能性があると説明した。
そして身体の免疫力が下がった時に再び暴れだすこともある、と。
これの代表的なものは『帯状疱疹』と呼ばれる疾患である。
ティルダはともかく、ハカセの年齢なら再発してもおかしくないので、万が一を考え、2人分の薬を保管しておこうと思ったのである。
幸い、『癒やしの水』で希釈すれば長期間の保存ができることはわかっている。
少し多めに『癒やしの水』を使って薄めておけば3年くらいは保存できるだろうと思われた。
そしてその間にまた『冬虫夏草』を採取してくればいい。
また、もしかすると毎日飲んでいる『癒やしの水』で『ドワーフ熱』のウィルスは撲滅されているかもしれなかった。
それならそれでいい、とゴローは思う。
まずは身近な者の治療、その次が、これから起こる『かもしれない』事態への対処だ、と気持ちに区切りをつけたのである。
* * *
その日の夜、ゴローとサナは『レイブン改』で王都へ移動した。
午後9時過ぎに屋敷に着くと、既にアーレンが待っていた。
「ゴローさん、サナさん! ……薬はどうなりましたか!?」
「ああ、持ってきたぞ。ラーナの具合は?」
「まだ熱が下がりません……」
「そうか。どうやら『ドワーフ熱』らしいぞ」
「はい、ラーナもそうじゃないかと言っていました」
「そうか。それじゃあまず、これが薬だ。飲めるかな?」
ゴローは治療薬の入った瓶を手渡した。
大きさは牛乳瓶くらい。内容量も0.2リルである。
「ありがとうございます!」
「これを4回くらいに分け、3時間おきに飲ませるといいらしい。それから、これも」
『癒やしの水』の入った瓶を2本、手渡した。これも同じ大きさの瓶である。ただし薬瓶は茶色、こちらは青色なのでひと目で違いがわかる。
「こっちは、喉が渇いたら飲ませればいい」
「ありがとうございます!!」
「アーレンもちょっと飲んだ方がいいぞ。あまり眠れていないだろう?」
アーレンの目の下には隈ができていた。
「あ、はい。……えっとその、仕事が立て込んでいて」
「いや、ラーナの看病をしているんだろう?」
「えっと、それも、あります」
「いずれにせよ、アーレンが倒れたらラーナに余計な心配をさせることになる。ちゃんと休め」
「はい……」
「それからブルー工房にドワーフはいるのか?」
「はい、5人ほど。ですが今は支店の方に行っていますから、王都にはいません」
「それは不幸中の幸いだな。一応、あと十数人分の治療薬があるから、心配しなくていいぞ」
「ありがとうございます、ゴローさん」
「お礼はハカセに言ってくれ。……さあ、ラーナに飲ませてやれよ。俺たちは明日の夜までこっちにいるから」
「わかりました!」
アーレン・ブルーは帰っていったのだった。
「さて、明日は王女殿下に報告をしないと」
王城関係者にもドワーフはいるであろうから、王都での『ドワーフ熱』流行の兆しを報告しておくほうがいいだろうと判断したのである。
治療薬もそちらから配布してもらった方がいいかもしれない、とも考えている。
王都の夜は静かに更けていった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月30日(木)14:00の予定です。
20230323 修正
(誤)ポチの背中から飛び降りたエサソンは、ゴローですらやっと聞き取れるような『低い』声で何ごとかを呟いた。
(正)ポチの背中から飛び降りたエサソンのミューは、ゴローですらやっと聞き取れるような『低い』声で何ごとかを呟いた。
(誤)王都での『ドワーフ熱』流行の兆しを報告しておくほうがいいだろう判断したのである。
(正)王都での『ドワーフ熱』流行の兆しを報告しておくほうがいいだろうと判断したのである。