10-42 新たな薬草を探して
「ちょっと困ったことになりまして」
アーレン・ブルーの口から出てきたのはそんな言葉だった。
「一体何があったんだ?」
「実はラーナが倒れたんです」
「え?」
ゴローは、仕事を押し付けすぎたのか、と一瞬思ったが違うようだ。
「どうやらドワーフ特有の病気らしいんです」
「そうなのか……」
ラーナはドワーフ族の少女で、今年52歳のはずだ。
ドワーフの成人年齢は60歳なので、まだ未成年ではある。
未成年とは言っても、飲酒や結婚が推奨されないだけで、働いている者は大勢いる……らしい。
ちなみにティルダは今年62歳で、成人である。
それはともかく、ラーナが病気とは聞き捨てならない。ゴローはアーレンに症状を詳しく教えてくれと詰め寄った。
「ええ、まず発熱、それから発疹が出ています。聞いた話では、ドワーフ以外の種族にうつることはないということです」
「何日前から?」
「2日前です」
「薬は?」
「それが、普通の解熱剤ではあまり効かないらしくて……」
「なるほど」
どういうわけか、ゴローの『謎知識』も、これについては何も教えてくれなかった。
「ドワーフにうつるとすれば、研究所へ連れて行くのはやめたほうがいいな」
ティルダはドワーフだし、ハカセもドワーフの血を引いている。リスクは避けるべきだとゴローは判断した。
そして。
「よし、今夜研究所へ行ってハカセたちに聞いてくる。そしてもし薬が手に入るなら持ってくるよ。明日、また来てくれるか?」
「わかりました。……どうか、よろしくお願いします!」
「できるだけのことはするよ」
そしてアーレン・ブルーは帰っていった。
「ドワーフだけがかかる病気か……」
王都には他にもドワーフがいるだろうから、手立てを講じたほうがいいことは明らかである。
ゴローはその夜、夕食を済ませると、空が暗くなるのを待って『レイブン改』でサナとともに研究所目指して飛び立ったのであった。
* * *
何ごともなく研究所に到着したゴローとサナ。
荷物の積み下ろしをフランクに任せると、早速ハカセに報告した。
「……『ドワーフ熱』かい……」
「『ドワーフ熱』、ですか?」
やはりハカセは知っていたな、とゴローは少しほっとした。
「うん。大抵のドワーフがかかる病気でね。熱と発疹が特徴なのさね」
「ラーナの症状と同じですね」
「だからさ。見ていないけど、まず『ドワーフ熱』で間違いないよ」
「連れてこなくてよかった……」
「え?」
「……はい?」
ハカセたちにうつさずに済んだとほっとしたゴローなのだが、ハカセの反応に首を傾げる。
「あたしゃ小さい頃に掛かったからもう掛からないよ」
「あ、そうなんですか」
麻疹とかおたふく風邪みたいなものなのかな、とゴローは感じた。
「あ、でもティルダは?」
「そうだねえ。……ティルダにも聞いてみないと」
そういうわけでティルダも呼んで聞いてみたところ、
「私も小さい頃にかかっているのです」
とのことであった。
(やっぱり麻疹みたいなものかなあ……?)
ゴローの『謎知識』もその程度しか教えてくれないようだ。
「ただ、ラーナは成人前とはいえ、もう50過ぎだろう?」
「あ、はい。52歳だそうです」
「そのくらいでかかると重篤化しそうだねえ」
「え、そうなんですか?」
ますます麻疹みたいだ、とゴローは思った。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「まずは解熱剤で熱を少し下げて、滋養強壮剤で体力を付ける、くらいしかないかねえ」
「どっちもありますよね」
「うん……そうだ、『癒やしの水』を飲ませてあげればだいぶ違うんじゃないかねえ?」
確かに効果はありそうである。しかし。
「王都中のドワーフがかかったら間に合いませんよね?」
「それはそうさ。……でもまずはラーナだろう?」
「ええ……そうですけど」
「なら……今夜『癒やしの水』を届けてやったらまた戻っておいで。明日、薬草を探しに行けばいいさね」
「あてはあるんですか?」
「あるといえばあるよ」
「それは?」
「土の中にいる生き物から生えたキノコ、と言えばわかるかねえ?」
(冬虫夏草かな?)
これに関しては『謎知識』が反応した。
『冬虫夏草』は、キノコ(の菌糸)が地中にいる昆虫やクモに寄生し、その体内に菌糸をはびこらせ、さらに寄生した昆虫の頭部や関節部などから子実体を形成したものである。
冬は虫、夏は草、という意味であるが、もちろん正体はキノコ(菌糸)である。
スタミナ不足や過労、喘息、精力減退、生活習慣病、運動能力低下などに効果があり、β一グルカンを多く含み、免疫を強化する働きもある。
これらの効能のうち『免疫を強化』するという効能が大事なんだろうな、とゴローは『謎知識』の教えを判断した。
「だけどそうそう見つからないんだよねえ」
「でも、キノコの一種だから、ミューがなにか知っているかもしれませんね」
「ああ、そうだねえ。なら明日、行ってみればいいさね」
「そうします。とりあえず今夜は『癒やしの水』を持っていって……」
「ああ、瓶や薬も少しできているから持っていっておくれ」
「わかりました」
できていたものは以下のとおり。
ガラス瓶……小瓶が40個、大瓶が10個。
解熱鎮痛剤3リル。
滋養強壮薬は10リル。
胃腸薬が1000錠。
冷蔵庫1台。
これに『癒やしの水』を1リル積んで、ゴローとサナは王都へと戻ったのである。
* * *
「……というわけだ。明日、アーレンが来たら『癒やしの水』を渡しておいてくれるかい?」
「わかりました」
「頼んだ。そうしたら俺たちはもう一度研究所へ帰るから」
「はい、ゴロー様、サナ様、お気をつけて」
留守のことは『屋敷妖精』のマリーに任せ、ゴローとサナは研究所へととんぼ返りをしたのである。
* * *
研究所に戻ったのは真夜中だったので、ゴローとサナは眠っているハカセやティルダ、ルナールらを起こさないようそっと部屋へ戻った。
それから3時間ほどで夜が明ける。
研究所のあるテーブル台地に日が差してくると、ゴローはまず『水の妖精』のクレーネーのところへ。
「クレーネー、おはよう」
「おはようございますですの」
「また『癒やしの水』をくれるかい?」
「はいですの」
クレーネーはゴローが用意した4リル入りの水瓶に『癒やしの水』を満たしてくれた。
「ありがとう。また頼むよ」
「はいですの」
『癒やしの水』を持ってゴローが研究所に戻ると、もう全員起きていた。
「おはよう、ゴロー」
「おはようございます、ハカセ。『癒やしの水』、どうぞ」
「お。ありがとうよ」
コップ一杯の『癒やしの水』。
ハカセの健康法である。
実際健康になっているので、これからも続けていく習慣だ。
「みんなも飲むといいよ」
「いいのです?」
「ティルダだってもっと健康になれると思うぞ。ルナールもな」
「ありがとうございます」
ゴローとサナは『人造生命』なので『癒やしの水』が効くことはないと思われたが……。
「うん、興味あるねえ。ゴロー、サナ、少しでもいいから飲んでごらん」
とハカセに言われてコップ半分ほどを飲んでみた。
「あ、美味しい」
「うん、美味しい」
2人とも『癒やしの水』を美味しいと感じたのである。
「何かが変わるかもしれないから、飲み続けてごらん」
「わかりました」
ということになったのである。
* * *
そして朝食後、ゴローは再び庭へ出て、『エサソン』のミューを呼び出した。
「ゴロー様、おはようございます。今日はなにか?」
「うん、実は、『冬虫夏草』……いや、『土の中にいる生き物から生えたキノコ』を探しているんだ」
「『冬虫夏草』でわかりますよ? でも、それってこのあたりにはないですね……」
「そうか……」
ミューにそう言われ、ゴローはがっかりした。
「あ、ですが、『タモギ』を見つけた付近には少しあるかもしれません」
「ほんとか!?」
「ええ。探しに行きます?」
「ああ、行けるものなら行きたい」
「では、ご一緒致します」
「助かるよ。……おーい、ポチー!」
ゴローはミューの足となってくれる『クー・シー』のポチを呼んだ。
「わふ!」
どこからともなく駆けてきて、ゴローの足にすり寄って来たポチ。
「……少し大きくなったかな? ……まあいいや」
ポチも成長するんだろう、と考えたゴローは、今日の採集行に付いてきてくれと頼んだ。
「わふわふ」
承知、というように、ポチはゴローの前で『伏せ』の姿勢をとった。
「よし、それじゃあ、集めたキノコを入れる袋を取ってくるからな」
ゴローはそう言って研究所に戻り、袋を担いできた。
「さあ行くぞ」
「はい、ゴロー様」
「わう!」
さて、『冬虫夏草』は見つかるであろうか……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月23日(木)14:00の予定です。
20230316 修正
(誤)移る
(正)うつる
病気の場合はかな書きするのが普通のようです。
20240507 修正
(誤)承知、というよに、ポチはゴローの前で『伏せ』の姿勢をとった。
(正)承知、というように、ポチはゴローの前で『伏せ』の姿勢をとった。