10-41 マジックドライ
ローザンヌ王女が帰ったあと、ゴローは何やら考えていた。
「さて、どうするか……」
「ゴロー、何を考えているの?」
「そうだ、サナの意見も聞いてみようかな」
「え、なに?」
「スープに入っている野菜って、何がいい?」
「え……うん、カロット、タマネギ、ジャガイモ」
「なるほど」
ほとんど根野菜だな、とゴローは考えた。
「ナパとかカブラは?」
「わるく、ない」
「そうか……」
「ゴロー、それが?」
「うん、『フリーズドライ』にできないかと思って」
「ふりーすどらい? それも『謎知識』?」
「うん」
ゴローは頷いた。
モーガンの話を聞いて、こうしたインスタント食品が喜ばれるのではないかと思ったのだ。
「『フリーズドライ』っていうと、凍らせてから乾かすの?」
「ちょっと違う。凍らせて圧力を下げると水分が昇華して飛んでくれるんだよ」
「?」
固体が直接気体になる現象を『昇華』という。
身近なものではナフタリンやパラゾールなどの防虫剤だ。これらは固形のまま昇華して防虫性のある気体になる。
「水も同じさ。ただ、昇華しやすいように減圧するんだ」
気圧が低いと昇華しやすくなるわけである。
「干物とどう違うの?」
「水で戻すと、ほぼ元の状態になるんだよ」
熱で水分を飛ばすのに比べ、味の劣化も小さい。
「それ、すごい」
「だろう? まあ完全に、は無理だけど、今の乾物よりは美味しく食べられると思うぞ。ただ手間がかかるけどな」
「それを考慮しても意味はある。ゴロー、ぜひやってみよう」
「待て待て」
だから、『何を』使おうか考えていた、とゴローは言った。
「ふうん……ね、『水・乾かす』は使えない?」
「あ……ああ、使える……かもしれないな」
『水・乾かす』は水属性の魔法で、対象の水分を奪い取るもの。
ほぼ完全に奪い取ってしまう点が『脱水』とは異なる。
「加減したい時は『脱水』を使ったけど……この場合、『水・乾かす』の方がいいかもしれない」
「うん、そう思う」
「とりあえず試すだけは試してみるか」
ということでゴローは台所へ。
「これを使ってみよう」
焼きおにぎりを作った際に残ったご飯があった。
もうすっかり冷めてお冷ご飯になっている。
「『謎知識』によると、『干し飯』という乾物もあったようだし」
『干し飯』は戦国時代の保存食とも言われることがあり、うまく作れば20年も保存できるとも言う。
江戸時代の携行食、非常食でもある。
本来は天日干しで作ったようだが、現代日本で作るなら電子レンジで数回に分けて水分を飛ばし(1度にやろうとすると焦げたり発火したりするおそれがある)て作れる。
食べる時はお湯に浸し30分ほど置けばよい。
「茶碗に半分残っていたか。……よし、『水・乾かす』……おお」
見る間にご飯がパラパラになった。
「ゴロー、これが干し飯?」
「うん、多分。……よし、今度はこれを戻してみよう」
ゴローはぱらぱらになったご飯を小鉢に入れ、熱湯を注いだ。
すると数分で白いご飯にもどる。
少しお湯が多かったせいか、お粥のようになってしまったが。
「食べてみよう」
ゴローはそのお粥をスプーンで掬って口に運んだ。
「……どう?」
「うん、うまい。というか普通のお粥だ」
というゴローの言葉を聞き、サナも一口、二口。
「……うん、普通」
この場合『普通』というのは大事である。
味の大きな劣化がなかった、ということだからだ。
「まあまあ成功だな。これを元に、何のフリーズドライ……いや『魔法乾燥食品』を作ろうかな?」
多めのお湯で戻すとお粥状になるなら、はじめから味を付けておけばいいか、と考えたゴローは『雑炊』を『魔法乾燥』化してみることに。
要は雑炊を作って『水・乾かす』で水分を飛ばすだけだ。
雑炊を作る方がよほど手間が掛かったが、とにかく『魔法乾燥化』できた。
そこにお湯を入れて戻せば……。
「うん、いけるな」
「ん、いける」
超低温にしなくてもいいため、細胞の破壊が起こらないためか、作ったときとさほど変わらない味である。
これは大成功と言っていい。
「後、できそうなのは野菜スープ、味噌汁なんかだな」
いっぺんに何種類も作ってはいられないので、受けがよさそうなもの、食べやすそうなものを作ってみることに。
「汁物は1人用だけでなく、でかい鍋に沸かしたお湯にぶっこんで……という食べ方もしそうだな」
軍用の携行食ならそのくらいのことはしそうだとゴローは想像してみた。
そこでこの日に試したのは……。
味噌味雑炊、野菜スープ、油揚げとホーレンナ(ホウレンソウ)の味噌汁、の3種である。
結果からいうと、どれも美味しく食べることができた。
「これならモーガンさんも喜ぶだろう」
「うん。……で、これもマッツァ商会で売るの?」
「まあ、そうなるだろうな」
数人分ならゴローが用意してもいいが、恒久的には無理だ。
「これから行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
時刻は午後3時少し前、夕食までには帰ると言ってゴローは屋敷を出ていったのである。
* * *
「おお! こ、これは!!」
オズワルド・マッツァは驚愕していた。
「こんな保存食の作り方があるなんて!」
冷蔵庫という便利な道具の次は『魔法乾燥』である。驚くのも無理はない。
「で、モーガンさんによると、軍の携行食がまずすぎて士気が低下するからなんとかならないかと言われたんですよ」
「ええ、ええ、これなら満足してくれるでしょう!」
「問題は『水・乾かす』を使える魔導士がいないと作れないということですが」
「それは大丈夫でしょう。募集を出せば2人や3人、すぐに集まるでしょうし、うちの従業員にも1人いたと思いますので」
「そうですか、それならよかった」
「ではこの製法をお売りいただけるというわけですね?」
「そうです」
「では……800万シクロ……いえ、1000万シクロでいかがでしょう?」
日本円でおよそ1000万円相当である。
特許・商標という概念のないこの国としては妥当なのだろう。
「ええ、それではそれで」
「晶貨でよろしいでしょうか?」
「ええ、それでかまいません」
通貨の最高額は金貨で10万シクロ。
晶貨はその上、100万シクロとなる。高額貨幣の代わりとなるが、一般の店では使えないので両替する必要がある。
もっとも、マッツァ商会のような大商会なら問題なく使える。
これも王家あるいは軍への納品を前提に製造してもらうこととなったのである。
「ところで、薬の方はいかがですか?」
オズワルド・マッツァがゴローに尋ねた。
「今日は持ってこられませんでしたが、明日には大丈夫です」
「おお、それはよかった」
「売れてますか?」
「ええ、あればあるだけ売れるというのが現状ですよ」
それだけ王都近郊で薬品不足ということである。
「転売は?」
「今のところお一人様2点まで、としているおかげか、目立った転売は起きていないようです」
「それはよかった」
* * *
満足できる取引をしてゴローが屋敷に帰ると、来客があった。
「お帰り、ゴロー」
「おかえりなさいませ」
「お帰りなさい、ゴローさん」
「やあアーレン、来てたのか」
アーレン・ブルーが屋敷を尋ねてきていたのである。
「やっと溜まっていた仕事を片付けてきましたよ」
「変わりはないか?」
「それなんですけど……」
アーレン・ブルーが口にしたのは……?
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月16日(木)14:00の予定です。
20230310 修正
(誤)ほどんど根野菜だな、とゴローは考えた。
(正)ほとんど根野菜だな、とゴローは考えた。