10-38 だしの素
お昼ご飯は野菜のスープと焼きたてのパン。
イワタケを少し入れた野菜スープは、旨味がたっぷり出ていて美味だった。
パンにはハチミツやジャムを塗って食べる。
「ああ、美味しかったねえ」
「ですね。このイワタケをほんの少し入れただけでこんなに旨味が出るなんて」
「……これも売れますね」
「確かにねえ」
『だしの素』とか『うま味調味料』といったものは、まだこの世界にない。
調理の時間を短縮するというより、味をよりよくするという意味で、『うま味調味料』は売れそうな気がした。
とはいえハカセもゴローも、金儲けをしようという腹づもりは毛頭ない。
食文化が少しでも豊かになれば、と思っているだけだ。
それは巡り巡って自分たちにも還ってくるはずである。
「イワタケの他にも、旨味の出るキノコを使ってだしの素を作ってみようかなあ」
この独り言にハカセが食いついた。
「いいねえ。是非試してみておくれよ、ゴロー」
「あ、はい」
「『癒やしの水』を少し使えば、保存性も増すでしょうしね」
ヴェルシアもアドバイスをしてくれる。
「それじゃあ、ミューのところへ行ってくる」
時刻は午前11時45分といったところ。
お昼ごろ、と言っておいたので丁度いい時刻だ。
小麦粉を少し入れたガラス瓶を持ち、ゴローは庭へとでかけたのである。
* * *
「ミュー、いるかい?」
「はい、今戻ってきました」
ミューは、手に何やら薄い黄色の塊を持っている。
「お、それが?」
「はい。この子が『トリコリヴォア』です」
「ありがとう。……ここに入れてくれるかい?」
「はい。ああ、これならこの子も喜びそうです」
ミューはゴローが差し出した瓶の中に『トリコリヴォア』をそっと入れた。
白い小麦粉の上で薄黄色の塊は割合目立つ。
「水分はいらないのかな?」
「ほんの少しだけあげてください」
「わかった。ありがとう」
「お役に立てましたか?」
「うん、十分だ。……あ、そうだ」
「何か?」
「煮ると美味しい出汁が出るキノコってないかな?」
「たくさんありますけど……毒はないほうがいいんですよね?」
「そ、そうだな」
ゴローの『謎知識』は、ベニテングタケには『イボテン酸』という、グルタミン酸の10倍も強い旨味成分がある、と言っている。
が、同時にこの『イボテン酸』は毒でもある。
症状としては涙と唾液の分泌増加、発汗が起きるという。
大量に食べると、腹痛、吐き気、下痢や呼吸困難などが起き、まれに心臓発作も起こすといわれる。
この『イボテン酸』はハエにも効き、止まったハエが麻痺してころっと落ちるなど半ば伝説的な伝承もあるほどだ。
ちなみに蚊やブユには効果がない……。
そして『エサソン』にも効かないようである。
蛇足ながらベニテングタケには他にも『ムスカリン』という毒成分も含まれている……。
「毒抜きすると旨味も抜けるからなあ」
「では、害のないキノコだけお持ちしますね」
「いつ頃もらえる?」
「10分もあれば。……と言いましても、私はあんまりたくさんは持てませんけど」
「あ、じゃあポチに手伝ってもらうといいよ」
ミューはクー・シーのポチと仲よしである。
「あ、そうですね」
「ポチ、いるかー?」
ゴローが呼ぶと、ポチはすぐにやって来た。
「うぉん」
「おお、よしよし」
ゴローが頭を撫でてやると、ポチは尻尾をぱたぱた振って喜ぶ。
「ポチ、ミューの手伝いをしてやってくれるか?」
「わふ」
ゴローが頼むと一声小さく鳴いてとてとてとミューのそばへ行き、地面に伏せた。背中に乗れという仕草だ。
「それじゃあポチさん、お願いしますね」
「わふ」
「ポチ、ミュー、頼んだ」
「はい」
「わう!」
ということでポチに乗ったミューは庭の奥へと消えていったのである。
* * *
10分ほどで、ポチとミューは戻ってきた。
かごも袋も渡さなかったのに、ミューはポチの背中に器用にキノコをまとめていた。
ポチの毛足は長いので、量もさほど多くなかったということも相まって、うまいこと落とさずに持ってこられたのだ。
実際、ゴローの片手に少し余るくらいの量だった。
内容はキノコ2種類。
「どっちも美味しく食べられます。こっちは『マツォ』といいまして、乾燥させると特に美味しいです」
(……シイタケかな?)
ミューが『マツォ』と呼んだそのキノコは、ゴローの『謎知識』は『シイタケ』と判断した。
「こちらは『タモギ』です。これはそのまま煮込むと美味しいです」
ミューがタモギと呼んだそのキノコは、黄色いキノコで、大きめのナメコに似ている。ただしぬめりはない。
(『タモギタケ』……? ふうん……)
ゴローの『謎知識』はそれは『タモギタケ』によく似ている、と教えてくれた。
タモギタケは、北海道で一般的な食用キノコとして知られる。が、本州では馴染みが薄い。
鍋物や味噌汁に用いるとよい出汁が出る。
……と『謎知識』が教えてくれた。
「ありがとう、ミュー」
「いえ、どういたしまして。……生えている場所はポチさんが覚えてくれましたから、もっと必要ならポチさんに案内してもらってください」
「ああ、そうするよ。それじゃあ、またな」
「はい、ごきげんよう。ポチさんも」
「うぉん」
ミューは庭の奥へ、ゴローは研究所へ。そしてポチは庭の広場方面へと、それぞれ別々の方向へと向かったのである。
* * *
「ふうん、『マツォ』と『タモギ』かい。これから美味しい出汁が出るんだね?」
「ミューはそう言ってました」
「よしよし、試してみよう。……ゴロー、これで出汁をとっておくれ」
「はい」
まずは検証である。
ゴローは鍋に水を入れ、そこに『癒やしの水』をわずかに加えた。
ちなみに、毎日クレーネーが『癒やしの水』をくれるので、ハカセが飲む分や薬作りに使った分以外を水タンクにためているのだが、既に10リルほどもたまっていた。
鍋を火に掛け、キノコを入れる。まずはタモギだけだ。マツォの方は乾燥させてから試してみることにする。
15分ほどで金色に光る出汁ができあがった。
味見をしてみると……。
「美味い」
砂糖も塩も……調味料は一切入れていないのに、なんともいえないいい味がする。
「どれどれ、あたしにも味見させておくれ」
「どうぞ、ハカセ」
ゴローは小皿に出汁を取ってハカセに差し出した。
「……ううん、これは美味しいねえ」
「ですね。スープや鍋に合いそうですね」
「今夜はこれを使って何か作ってもらおう」
「そうですね」
ゴローはすっかり家事のベテランとなったルナールに残ったタモギを渡し、簡単に説明する。
「ははあ、いい出汁が出るので、煮物に使ってくれというわけですね。承りました」
夕食が楽しみだ、と思ったゴローであった。
* * *
「さて、それじゃあこの『タモギ』をもう少し集めてくるか」
『謎知識』が教えてくれる『タモギタケ』と同じなら、ニレやトチノキの倒木に生えているはずである。
研究所のあるテーブル大地の周辺にはそんな木がたくさんあると思われた。
「ポチに匂いで探してもらえばよさそうだ」
そう考えたゴローは、収穫物を入れる袋を背負い、研究所の外に出た。
「ポチー」
「うぉん」
一声呼ぶと、すぐにポチが駆け寄ってきた。
その頭を撫でたゴローは、持ってきた小さなタモギをポチに見せる。
「下の森でこれと同じキノコを探したいんだ。手伝ってくれ」
「わん」
ポチは一声鳴き、駆け出した。
ゴローも『強化』3倍で後に続く。
テーブル大地の急斜面を駆け下りたポチは、森の中へ。
ゴローもその後を追って森へ。
10分後、ポチが立ち止まった。
「うぉん」
そこには大きなニレらしき倒木があり、たくさんのタモギが生えていた。
「こりゃいいな」
7割くらいを袋に詰める。
「他にはありそうか?」
「うぉん」
というように、ポチの案内により3箇所でタモギを集め、袋一杯となった。
タモギタケは似たような毒キノコがないという。
この世界ではまだわからないので、戻ったらミューに鑑定してもらうつもりだ。
「よし、帰ろう」
「わふ」
ゴローとポチは意気揚々と帰途に就いたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月23日(木)14:00の予定です。
20220216 修正
(誤)小麦粉を少し入れたガラス瓶にを持ち、ゴローは庭へとでかけたのである。
(正)小麦粉を少し入れたガラス瓶を持ち、ゴローは庭へとでかけたのである。