10-37 抗菌
さて、ローザンヌ王女から白癬菌対策の薬を依頼されたゴローは、マッツァ商会への納品は明後日ということにして、その日の夜、サナとともに『レイブン改』で研究所に戻った。
「ゴロー様、お帰りなさいませ」
『屋敷妖精』のマリー(の分体)が出迎えてくれた。
「皆様、もうお休みです」
もう他の皆は眠っているらしい。
ということで、その夜はサナとともに自室で静かにしていたゴローであった。
そして翌朝。
まず『水の妖精』のクレーネーから『癒やしの水』をもらってくる。
今日は4リルほどももらうことができた。クレーネーも少しずつ成長しているようだ。
「ありがとう、クレーネー」
「どういたしまして、ですの」
「……少しレベルが上がったかな?」
「はいですの。また少し成長できた気がするですの」
「そっか、それはよかった」
今のクレーネーは、身長は変わらないものの、『存在感』が明らかに増している、とゴローは感じ取っていた。
そしてそれが『成長』なのだろう、とも。
* * *
その足でゴローは庭の奥へと向かい、『エサソン』のミューを呼び出した。
「はい、ゴロー様、ご用でしょうか?」
「ああ、ちょっとミューに聞いてみたいことがあってさ」
「何でしょう?」
「白癬菌って知っているかい?」
「いえ……? どんな子ですか?」
エサソンのミューにとって、菌類は『子』と呼ぶほどに親しみがあるようだ、と思いながらゴローは説明をした。
「ええと、人の身体に取り付いて、かゆみを起こさせるヤツなんだが」
「もしかして……『トリコフィトン』でしょうか……だったら、大嫌いです!!!」
ミューの勢いに驚くゴロー。
「そ、そんなにか……」
ミューはこくこくこくと何度も頷いた。
「あの子はカビの仲間ですから、私とは相性が悪すぎます」
「そうなんだな……。退治する方法ってないのか?」
「ないこともないのですが……」
「教えてくれ」
「ええと……めったにいませんけど、『トリコフィトン』を食べてしまう子がいます」
それは『謎知識』にもない、つまりゴローにとって初耳であった。
(いや、そうでもないのか……? 細菌に対する抗生物質……ペニシリンやストレプトマイシンがあるように、白癬菌……真菌に対する抗生物質の元となる微生物がいるのかも)
とにかくそれは朗報だと、ゴローは詳しい話を聞いてみることにした。
「あまり多くないんですが、『トリコリヴォア』という子なんです」
「この辺にいるのか?」
「はい。涼しくてやや乾いた場所を好むので、見かけたことがあります」
「なるほど」
『白癬菌』とは対極の環境を好む菌なので普通は混在することはなく、従って自然の状態でこの2つの菌が出会うことはまれなのだろう。
そういう意味でも、ミューからの情報は朗報であった。
「この庭にいるのかい?」
「どこかにいると思います。探してみましょうか?」
「頼めるかな?」
「はい、ゴロー様のお頼みとあれば」
「じゃあ、お昼頃また来るから、見つかっても見つからなくても一度戻ってきてくれるかい?」
「わかりました」
「あ、見つかった場合、その……『トリコリヴォア』を入れておくには何か容器がいるのかな?」
「ええと、ガラス瓶に小麦粉を入れておいていただければ」
「わかった。よろしく頼む」
と、そういうことになったのである。
* * *
研究所に戻るともうみんな起きていて食事の支度もほぼ終わっていた。
ゴローは日課になっている『癒やしの水』を0.5リルほどコップに入れてハカセに差し出す。
「ありがとよ、ゴロー。……ああ、いつも美味しいねえ」
「クレーネーも成長していて、4リルくらい出せるようになったって言ってました」
「ほうほう、凄いねえ」
「お食事の用意が終わりました」
「お、ありがとうよ」
今日の朝食は大麦のリゾット。
ミルク、『鳥』肉、チーズ、タマネギ、ニンジンの他に、エサソンのミューがくれたキノコが入っており、食感もいい。
そこに甘いラスクが付く。
飲み物は樹糖入の紅茶。
サナも満足する献立であった。
* * *
「ふうん、そういうことがあったのかい」
お茶を飲みながら昨夜の話を説明するゴロー。
「姫様も……いや、あの国か。ちゃんと考えているんだねえ。ほっとしたよ」
「ですね。薬の方ももっと作ってもらっていいですか?」
「ああ。材料があるだけ作っておくよ」
「それはいいですが、『白癬菌』ですか……?」
「ああ、なかなかつらそうだ」
靴の上からじゃ掻けないだろうしな、とゴローは苦笑する。
「いえ、おそらくゴローさんが想像するより辛いと思いますよ?」
「そういうものかな?」
「ええ。……教会にもそうした人は何人かいましたから」
「治せなかったのか?」
「治せませんでしたね。痒みを一時的に止める処置はできても、根本的には……その『白癬菌』ですか? そんなものが原因だと誰も気付いていませんでしたからね」
「なるほどな」
原因がわからなければ根本的な治療は難しい。
つまり原因を明らかにすることが苦しみを除くことに繋がるわけだ。
ゴローの『謎知識』はそういう意味で破格なのである。
閑話休題。
「で、ミューちゃんが、その『白癬菌』……『トリコフィトン』をやっつける菌を知っていたのかい」
「ええ。ミューには珍しく、ものすごく嫌っていましたから、対抗手段もちゃんと持っていたわけですね」
「助かるねえ。でも、その『トリコリヴォア』から薬を作れるかねえ?」
「そうですね……研究室で増やして、『癒やしの水』で有効成分を抽出して……といった感じでできないでしょうかね」
「ええ、まずはそれを試してみるべきですね」
「でも、ここには『白癬菌』はいないんだろう? 効くかどうか実験できないねえ」
「ああ、そうですね……」
かといって、誰かから『白癬菌』のサンプルをもらってくるのも嫌だなとゴローは思った。
なにせ『水虫』である……。
「そこはミューに確認してもらえないかと思っています」
「まあ、試して見る価値はあるね」
と、まあそういうことになった。
昼まではまだ時間があるので、ハカセとヴェルシアは薬の追加生産に取り掛かる。
ティルダは瓶の追加生産。
ゴローとサナは、瓶の材料を集めてくることにした。
「珪石なら金鉱のそばでたくさん採れるよ」
「わかりました」
珪石、あるいは石英、水晶の鉱脈は、金鉱を伴っているものがある。
逆にいうと金鉱には珪石・石英・水晶の鉱脈が伴うことが多いのだ。
* * *
「ここか」
研究所のあるテーブル台地は死火山である。
つまり火成岩の塊なのだ。
よって火山性の鉱石が大量に採れる。
「大きな水晶があった」
「うん……ガラスの原料にするのはもったいないな」
地下にあるマグマが地上に出て冷やされ、固まる時に、含まれている成分が分離する。
その時、冷却による収縮や、含まれる気体成分が分離して『泡』ができる。
固体中のそれは『巣』と呼び、大規模なものは『晶洞』という。結『晶』で構成された『洞』窟だ。
ゆっくり冷えた場合には結晶が大きく成長し、今ゴローたちが目にするような大きな水晶になったりもする。
「もう少し質の悪いものを採っていこう」
「うん」
物凄く贅沢なことを言っているが、それが可能なのがこの鉱山である。
そして1時間ほど掛けて透明な水晶を30キム、普通の白い石英を50キム採掘したゴローとサナであった。
* * *
「こんなにたくさん……! 凄いのです、ゴローさん、サナさん」
水晶と石英を持ち帰ると、ティルダは驚きながらも喜んでくれた。
「水晶の方は倉庫に入れておくから、好きに使ってくれよ」
「はいなのです」
ということで、瓶作りはティルダに任せるゴローであった。
「時間は……11時か。……うん、ポチ、どうした?」
庭に出ていたゴローのところに、『クー・シー』のポチがやって来た。
「わふわふ」
口にまたイワタケを咥えている。
「お、また少し採ってきてくれたのか」
「わん」
「ありがとうな。よしよし」
岩場に生えるイワタケは滋養強壮薬になる。
採りすぎないように注意しながらも、ポチはイワタケを採取してきてくれていた。
「お昼はこれも使ってもらってもいいな」
イワタケを水で戻すとキクラゲのようになって美味しいのである。
「炒めものにでも使ってもらうか」
そう呟きながら、ゴローはイワタケを手にし、研究所へと入っていったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月16日(木)14:00の予定です。
20230209 修正
(誤)
そして1時間ほど掛けて透明な水晶を30キロ、ふつうの白い石英を50キロ採掘したゴローとサナであった。
(正)
そして1時間ほど掛けて透明な水晶を30キム、普通の白い石英を50キム採掘したゴローとサナであった。キム
20230210 修正
(誤)「……少しレベルが上ったかな?」
(正)「……少しレベルが上がったかな?」
20240507 修正
(誤)「で、ミューちゃんが、その『白癬菌』……(トリコフィトン)をやっつける菌を知っていたのかい」
(正)「で、ミューちゃんが、その『白癬菌』……『トリコフィトン』をやっつける菌を知っていたのかい」