10-36 **薬の受注
ちょっと不潔? な描写がありますのでご注意下さい。
夜半、研究所に戻ったゴローは、マリー(の分体)に事情を説明した。
「……というわけなんで、一日二日戻れないかもしれない」
「はい」
「悪いけどクレーネーにもそのことを伝えておいてほしい。で、『癒やしの水』ももらってきておいてくれると助かる。で、ハカセに0.1リルくらい飲んでもらって」
「承りました」
など、不在の間のことをマリー(の分体)に説明し、ゴローは再度『レイブン改』で王都の屋敷に戻ったのであった。
* * *
そして夜が明けた。
「王女殿下は来るだろうか?」
「うん、きっと来る」
「だよなあ……」
ローザンヌ王女の性格からして、手紙……親書をよこしたからには、翌日には様子を見に来るに違いない、ということでゴローとサナの意見は一致したのであった。
* * *
2人の予想は当たる。
「ゴロー、いる……ようだな! しばらくぶりだ!!」
午前8時半、ローザンヌ王女がやってきたのである。
お供はいつものようにモーガン。その他に護衛騎士が5名ほど。
で、屋敷に入ってきたのは王女とモーガンの2人だ。
「ご、ご無沙汰しております、ローザンヌ王女殿下、モーガン閣下」
「堅苦しい挨拶はやめろ。いつもどおりでよい」
「は、はあ」
いつもどおりってどうしてたっけ? と少し考え込むあたり、かなり間が空いたなあ……とゴローは感じていた。
「屋敷にいない間はどうしておったのだ?」
「行商に出ておりました」
これは、当然聞かれるであろう質問に対し、用意していた答えである。
「ほう、それで?」
「薬をたくさん仕入れてきましたよ」
「なに! それはまことか!!」
「はい」
興奮するローザンヌ王女に対し、モーガンは冷静さを保ちながらゴローに尋ねる。
「薬……どんな薬だ?」
「はい、解熱鎮痛剤に、滋養強壮薬、胃腸薬ですね」
「なんと! それは本当か?」
「はい、昨夜遅くに戻ってきまして、マッツァ商会に卸しました」
「おお、あそこか」
「はい。相談の上、適正価格で売ることになります」
「さすがだな、ゴロー。……殿下、後ほど部下に価格を確認させておきます」
「うむ。場合によっては国から補助金を出してもよいぞ」
「はっ」
「補助金……ですか?」
「そうだ。もう聞いて知っているのだろうが、例のエルフ共が薬を出し渋りおってな。国内の流通量が酷く減っておる。このままでは必要な者に薬が行き渡らなくなると思っているのだ」
「そのための補助金ですか」
「うむ。品薄になれば価格が上がる、その上がった分だけでも補填してやろうというわけだ」
「それは素晴らしいですね」
「だろう?」
「でも今のところ、ほぼ定価で販売できると思います」
「む、そうか。それはゴローたちのお手柄だな!」
ローザンヌ王女は少し話を聞いて、ゴローたちが転売屋対策も含めた価格調整をしていることを知り、手放しで称賛したのだった。
「ふむ、そういうやり方で転売屋対策をしたわけか」
モーガンも感心している。
「実際どうなんです?」
「うむ、今のところ転売屋共は陰でコソコソやっているだけだ。だから今手を打てば規模が拡大する前に潰せるだろう」
「お、それはいいですね」
「うむ」
* * *
「……で、これをどうぞ」
話の区切りを見計らって、ゴローは冷たいハチミツ茶を差し出した。
冷蔵庫で冷やした、ほんの少しだけ『癒やしの水』を混ぜた水で淹れたもの。
『癒やしの水』を混ぜたので水が傷まないのだ。さらに喉越しもよく、身体にもいいというすぐれもの。
まあ大量に作れるものではないのだが。
ちなみに『冷やす』という処理は魔法で可能なので、どうやって冷やしたのか、という質問はなされずに済んだ。
「うむ、これは美味い」
お茶はもちろん『紅茶』系。
その香りとハチミツの甘さがマッチしている。
「ん、美味しい」
隣に座るサナも満足していた。
* * *
「それでだ、ゴローよ」
冷たく甘いお茶で喉を潤したローザンヌ王女は仕切り直した。
「『かゆみ止め』の薬は手に入らないだろうか?」
「かゆみ止め……ですか。ええと、原因がはっきりしないと、どんな薬が効果があるのかわからないと思いますが」
「む、そういうものなのか」
「はい。例えばかぶれと虫刺されでは薬も違ってきます」
「なるほど。……これはモーガンに説明してもらった方がよさそうだな。……モーガン、頼む」
「は、殿下」
ローザンヌ王女から命じられたモーガンは少し考えてから語り出した。
「主に兵士、それも足の痒みなのだ」
「はい」
「長靴を履く機会が多いのでな。履いたままだと痒くても掻けず、なかなかつらい」
「はい……? 足のどのあたりに症状が出ますか?」
「足の指だな。指と指の間、が多いようだ。ひどいと水ぶくれになったり皮がむけたりする」
「……」
おそらく白癬菌による感染症……いわゆる『足水虫』だろうとゴローの『謎知識』は判定した。
「それは多分ですが、かゆみ止めでは『対処療法』でしかなく、根絶は難しいですよ」
「何? ゴロー、心当たりがあるのか?」
「はい。おそらく『白癬菌』による皮膚病です」
水虫、という名称は使わなかったゴロー。なんとなく嫌だから、という理由からだが。
「うむ、それもゴローの『天啓』か?」
「はい」
「ならば、治し方もわかるのか?」
「だいたいは」
「教えてくれ! 礼はする!」
「いえ、お礼なんていりませんよ」
「そうもいかん。とにかく、教えてくれ」
「わかりました。ええとまずこの『白癬菌』はカビの仲間です」
「何だと!?」
驚くモーガン。意外だったんだろうなとゴローは思った。
そして。
「カビ!? ゴロー、カビというと、古くなった食べ物に生える、あれか?」
「はい、そうです」
ローザンヌ王女もカビを知っていたか……と、変なところで感心したゴロー。
「え、ええと、ですから、基本的には乾燥させて清潔にしていればならないはずなんです」
「ううむ、カビならそうなのだろうな……だが、なってしまったら?」
「乾燥と清潔、これは必須です。それ以外に、カビを駆除する薬が必要です」
「なるほど、よくわかる。その薬はあるのか?」
「手元にはありませんが、心当たりはあります」
「おお! 是非手に入れてくれ!」
心当たりがあると聞いて、モーガンの顔が明るくなった。
彼も水虫に苦しめられているのかな? とちょっと思ったゴローである。
「量も必要なんですか?」
「うむ。そもそも1回で治るのか?」
「いえ、最低でも数日から十数日くらいは」
「人数的には100人はくだらないと思うぞ」
「そんなにいるんですね……」
とにかく履物と足を乾燥させ、清潔に保つことが大事だ、とゴローは念を押した。
「ゴロー、私からも頼む。その皮膚病の薬を、なんとか手に入れてくれ」
ローザンヌ王女にも頼まれてしまった。
「失礼ですが、まさか、殿下も?」
「いや、私は大丈夫だ。モーガンも、な」
「そうですか……あ、この皮膚病は移りますので要注意です」
「何? そうなのか!」
驚くモーガン。
「はい。患者の靴や靴下を貸し借りすると……」
「わ、わかった。注意を徹底させよう」
「そうしてください。……あ、今まではどうしていたんですか?」
エルフが作る水虫薬、などというものがあったんだろうかとゴローは興味を持った。
「塗り薬だな。塗るとすっとして一時的だが気持ちがよく、かゆみを忘れるようだ」
「なるほど」
メントールかサロメチールを含んでいるのだろうか、とゴローの『謎知識』は想像している。
メントール(メンソール)はハッカ類、サロメチール(サリチル酸メチル)はシラタマノキといった植物に含まれているので、抽出は可能だろうと思われた。
いずれも清涼感を感じられるが、白癬菌に対する治癒効果はほとんどないので何度塗っても治ることはないわけだ。
ただ気持ちがいいのでついつい塗ってしまい、消費量が多くなる=バラージュ国に多くの対価を払っている、ということになるのだろう。
ちなみに、膏薬類にも、清涼感を与えるためにメントールやサロメチールを配合した商品がある。
「いずれにしても薬を作っているところで聞いてみます」
「うむ、是非よろしく頼む」
そういうわけで、新たな薬を頼まれたゴローなのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月9日(木)14:00の予定です。
20230202 修正
(誤)夜半、屋敷に戻ったゴローは、マリー(の分体)に事情を説明した。
(正)夜半、研究所に戻ったゴローは、マリー(の分体)に事情を説明した。
(誤)「はい、解熱鎮痛剤は、滋養強壮薬、胃腸薬ですね」
(正)「はい、解熱鎮痛剤に、滋養強壮薬、胃腸薬ですね」
(誤)ひどいろ水ぶくれになったり皮がむけたりする」
(正)ひどいと水ぶくれになったり皮がむけたりする」
(誤)「ゴロー、私からも頼む。その皮膚病の薬を、なんとか手に入れてくれ
(正)「ゴロー、私からも頼む。その皮膚病の薬を、なんとか手に入れてくれ」