10-34 対策 その2
夜も更けた頃、『レイブン改』は王都に戻った。
今回は屋敷の庭に着陸する。
「アーレンとラーナは、今日は家に泊まって、明日の朝工房へ帰ればいいよ」
「そうですね。お言葉に甘えます」
ということでアーレンとラーナは屋敷にお泊り。
サナは屋敷でお留守番。
ゴローはマッツァ商会へ向かった。
* * *
深夜近く、マッツァ商会にて。
「ゴローさん、ご足労をおかけします」
「いえ、このくらい何のことはありません」
「さっそくですが、いただいた薬のサンプルは素晴らしいものでした。あれが何本もあるのですよね?」
「ええ、少なく見積もっても、1日10本以上は納品できます」
「素晴らしい! 何本でも買い取りますので是非お願いします!」
「わかりました。こちらからも、薬の在庫管理について1つ提案があります」
ゴローは『冷蔵庫』で薬を適切に保管すれば長期保存が可能だと説明した。
「ほほう、『冷蔵庫』ですか、素晴らしい!」
「使い方にもよりますが、いろいろと便利です」
「是非作っていただきたいですな。……それで、羽毛布団でしたか。当商店で扱っているものならすぐご用意できます」
「助かります」
更には取引の話となる。
「それでですね、薬の納品の件ですが」
「はい」
「製造元と相談しまして、できるだけ早く、可能な限りの数を納品することになります」
「おお、それは願ってもないことです」
「早ければ明日にも第1便を持ってきますよ」
「お願いしますぞ」
「その際に、薬の取り扱いについても説明させていただきます」
「わかりました」
前回の打ち合わせどおり、薬の在庫を大量に持ち、適正価格で販売する、という方針は揺るがない。
そのために必要な事項を少し打ち合わせ、羽毛布団を1枚もらい、ゴローは屋敷へと帰ったのである。
* * *
「お帰り、ゴロー」
「お帰りなさいませ、ゴロー様」
サナとマリー(の本体)が出迎えてくれる。
アーレンとラーナはもう寝たらしい。
「どうだった?」
「ほぼ狙いどおり。布団も1枚もらってきたから、すぐに持ち帰ろう」
「わかった」
慌ただしいが、また出発である。
「それじゃあマリー、アーレンとラーナを頼むよ」
「はい、お任せ下さい」
そしてゴローとサナは研究所へと戻ったのである。
* * *
翌朝、ゴローはまず『水の妖精』クレーネーのところへ行き、『癒やしの水』3リルをもらってきた。
その後、ハカセとヴェルシアが起きてきて朝食だ。
朝食後、お茶を飲みながらゴローは報告を行った。
「ふんふん、うまくいったんだねえ」
「はい。羽毛布団ももらってきましたので、冷蔵庫を完成させられます」
「食事が終わったら早速取り掛かるよ」
「はい」
食器の片付けはルナールに任せ、ハカセ、ゴロー、サナは冷蔵庫を完成させるべく工房へ。
ヴェルシアは薬の量産に取り掛かった。
そしてティルダは……。
「薬瓶を作ればいいのです?」
「うん。できるだけ密閉度の高いものをたくさん作ってくれ」
「大きさはどうするのです?」
「大瓶と小瓶で頼む。大瓶は1リル、小瓶は0.1リルで」
「わかりましたのです」
ということで薬瓶の量産を請け負ってくれた。
* * *
そして午前10時。
「できたねえ」
「できましたね」
冷蔵庫の試作1号が完成した。
「まずは日中いっぱい試験運転して様子を見ましょう」
「それがいいね」
「……まだ羽毛が余ってる、けど」
「うーん、もう1台作ろうかねえ」
「そうですね」
薬以外のものも保存できるだろうから、使い途はありそうである。
作っておいて損はないだろうと、ハカセは5台まとめて作ってしまおうと言い出した。
「その方が結果的に手間が掛からないだろうしねえ」
と言っているが、多分追加注文を受けた際に新規で製作するのが面倒くさいからだろうなとゴローは見当を付けたのだった。
「あとハカセ」
冷蔵庫を作りながら、ゴローはハカセに話し掛けた。
「何だい?」
「冷蔵庫で保管する時というか物というか、結露に気をつけなければならないんですよ」
「結露? ……ああ、冷えたものを暖かいところに出すと水滴が付く、あれだね」
「そうです。物によっては湿気てしまいますから」
「ああ、だから薬瓶は密閉度の高いもの、と言っていたんだね」
「はい」
例えば粉もの……小麦粉や七味唐辛子などは、冷蔵庫から出して結露するとすぐに湿気てしまうので要注意。
密閉容器で保存し、冷蔵庫から出した後は室温に馴染むまで待つことが必要である。
「除湿も考えるかい?」
「我々ならいいでしょうけどね」
一般人にそこまで注意を要求するのは難しいのではないか、とゴローは言った。
「まあそうかね。……なら、魔法を使った保存庫を開発すればいいわけだねえ」
「そういうことになりますが……」
「うーん……」
ハカセにスイッチが入ってしまったようである。
「一番いいのは時間を止めることだろうけどねえ」
「え、できるんですか!?」
とんでもないことをハカセが言い出した、とゴローはびっくり仰天。
「いや、あたしにもこの世界じゃできないさね」
「そうですよね……この世界?」
別の世界でならできるのだろうか、とゴローは耳を疑った。
「可能性だけはね」
(あ、可能性あるんだ……)
ちょっとだけ呆れるゴロー。
「ほら、『浮く』ために『向こう』と『こっち』の話があっただろう?」
「ああ、ありましたね」
フロロの解説による、亜竜がなぜ飛べるか、の話をしたときのことだ。
亜竜は翼膜を媒体にして、魔力を消費しながら『向こう』の世界に翼を『引っ掛け』て飛んでいる、というような話だった。
「その『向こう』の世界って、こっちと時間の流れが違うみたいなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん」
どうやらハカセはコツコツと地道に研究を続けていたらしい。
その過程で、『向こう』の世界は時間の進み方が、『こちら』の世界に比べ100分の1くらいと、ものすごく遅いことを知ったのだという。
「まあ乱暴なことをいえば、亜竜の翼膜で保存したい物を包んで魔力を流すと……みたいな感じかねえ」
「なるほど……」
時間の流れが100分の1なら、10日くらい保存できるものなら1000日保存できるということになる。
「これができれば、もしかするといつでも作りたてのゴローのお菓子が食べられる、かも」
サナは目を輝かせていたが、
「まあ、あたしにも一朝一夕では無理だねえ」
と言われて肩を落したのであった。
* * *
一方、ティルダはその技術を活かし、ガラス瓶の量産を行っていた。
原料は石英。鉱石を採掘した際の屑石として大量にストックがある(現代日本では珪砂=石英を主成分とする砂)。
不純物が交じっているので無色透明にはならないが、薬の保存にはかえって好都合である。
「ええと、鉄と硫黄と、炭素……なのです」
薬瓶やビール瓶でよく見かける茶色いガラスは、鉄、硫黄、それに還元剤として炭素を混ぜる。
これはゴローの『謎知識』による。
が、逆に情報はそれだけ。配合比や使い方は不明。
なのでティルダは試行錯誤を重ねて、ようやく色ガラスの製造に成功していた。
「これも綺麗なのです」
その過程で青:(コバルト、銅)、緑:(クロム、鉄)、赤:(金)、紫:(マンガン)、黄:(銀、ニッケル)なども試していた。
成功しているのは当初の目的である茶色の他に青緑。
「高いお薬には青い瓶もいいかもなのです。それに、瓶の色でお薬の種類を分けることもできるのです」
ということでティルダはまず色ガラスを作り、それを使って瓶の量産に取り掛かる。
助手はフランクである。
方法はこうだ。
大きさを揃えるため、鋳鉄で作った鋳型にガラスを流し込むことで量を揃える。
固まる前にコランダム製のパイプを突き刺し、ガラスを型から抜く。
ここまでがティルダの作業。
ここからはフランクの作業となる。
もう一度熱し、瓶型に入れ、パイプから空気を吹き込めば、パイプの先の軟らかくなったガラスは瓶型の中で膨らみ、瓶の形になる。
パイプを引き抜いて冷却、固まったら型から外して口部分を仕上げる。
コランダム製のパイプを使うのは、耐熱性が高いことと熱が伝わりにくいからだ。
この方法で、ティルダとフランクは1分で1つ、瓶を仕上げていた。
すでに100を超える薬瓶ができあがっている。
栓はコルクを使うことになっており、こちらはルナールが担当していた。
打倒転売屋。
ゴローたちは一丸となって作業を続けた……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月26日(木)14:00の予定です。
20230119 修正
(誤)前回の打ち合わせどおり、薬の在庫をを大量に持ち、適正価格で販売する、という方針は揺るがない。
(正)前回の打ち合わせどおり、薬の在庫を大量に持ち、適正価格で販売する、という方針は揺るがない。
(誤)「その方が結果的に手間が掛からないだろうしうねえ」
(正)「その方が結果的に手間が掛からないだろうしねえ」
(誤)「ほら、『浮く』ために『向こう』と『こっち』の話があったたろう?」
(正)「ほら、『浮く』ために『向こう』と『こっち』の話があっただろう?」
20230120 修正
(旧)
その過程で、『向こう』の世界は『こちら』の世界に比べ、時間の進み方が100分の1くらい遅い、ということを知ったのだという。
(新)
その過程で、『向こう』の世界は時間の進み方が、『こちら』の世界に比べ100分の1くらいと、ものすごく遅いことを知ったのだという。