10-33 対策 その1
薬の消費期限が問題だ、というゴローの発言に呼応したのはサナ。
「ゴロー、保存方法を、考えて」
「え?」
「問題点があれば、それを潰す。それが研究者」
「お、サナ、いいこと言うねえ。そうだね、それがあたしの信条だものね。……そういうことで、ゴロー、保存期間を伸ばす方法を考えるよ!」
「はい」
ハカセの情熱に押し切られたゴローであった。
「ハカセ、『癒やしの水』を一定量混ぜた水薬は劣化しにくいはずです」
「ああ、そうだったねえ」
ヴェルシアが1つの方向性を示してくれた。
それを聞いたゴローも、1つの可能性に思い当たる。
「もしかしたら、『蒸留水』を併用すればいいのかも」
「なんだい、それ?」
案の定、ハカセが食いついてきた。
「ええと、水を沸騰させて、その湯気だけを集めて冷やすと水になりますよね?」
「なるねえ」
「その水って、かなり不純物が少ないんですよ」
「ああ、なるほどねえ。例えば泥水をそうやって処理すると、泥は湯気にならないものねえ」
「そういうことです」
ただし、揮発性の不純物……アルコールなどは一部残ってしまうことがある。
とはいえ、水を『腐らせる』ような不純物はこの『蒸留』でほとんど除去することができるはずだ。
「きれいな湧水でもわずかに不純物が交じっていますからね」
生物に有害ではない濃度だとしても、薬には影響するかもしれない、とゴローは話をまとめた。
「『癒やしの水』と『蒸留水』で薬を作る、これが1つの方法だね」
「そうなりますね。……で、もう1つです」
「聞かせておくれ」
ゴローの『謎知識』はもう1つの可能性を示唆している。
「ええと、『冷蔵庫』です」
「つまり、冷やして貯蔵する倉庫だね」
「はい。マリーがそうした部屋を作ってくれていますが、あれを魔導具にするんです」
「面白い! 両方やってみようじゃないかね」
ハカセは大乗り気である。
「僕も手伝いますよ」
アーレン・ブルーも名乗り出た。
「よしよし、あたしたちの総力を上げようじゃないかね」
「はい!」
「やりましょう!」
一丸となるハカセファミリーであった。
* * *
まず手掛けたのは『冷蔵庫』。
「薬を保管するなら上から出し入れをする形式がいいんですけどね」
「ええと、冷たい空気は下にたまるから、だっけねえ?」
「そうです」
スーパーなどの冷凍庫にはこのタイプが多い(が、近年は冷凍食品の種類が増えたため、棚に扉をつけたタイプも多くなっている)。
「客に見せるわけじゃないからねえ」
「でも、上からの出し入れする型だと、大きさに制限があるんじゃない?」
「あ、サナの言うとおりだな」
基本的に人間の腰の高さまで、それ以上大きいと中を覗き込めない。
「じゃあ、棚型にしよう」
「そうですね」
これで形式は決まった。
次は構造だ。
「両開きの扉を付けて、中は棚で区切る。そこまではいいですね?」
「問題ないねえ」
「筐体は断熱性が高い構造にしたいのですが」
「中の物を冷やすためだものねえ」
「多分結露するから、耐水性もほしいです」
「あと、コストも下げたいですね」
「難しいことを言うねえ」
ラーナからコストについての言及があり、ハカセは考え込んだ。
「断熱材としては、空気の層がたくさんあるといいんです」
「ああ、セーターみたいなものだね」
「はい」
「なら、羊毛か何かを断熱材に使おうじゃないかね」
「羊毛は手元にないですよ」
「鳥の羽はどうだい?」
「ああ、いいかもしれませんね。手に入りやすそうです」
この世界にダウンジャケットはないようだが、羽毛布団はある。
「そこそこの羽毛布団をマッツァ商会に頼んでみます」
「そうしておくれ」
さて、そうなると、残るは冷却機構だ。
「いくつか候補はあるんだけどねえ」
「『冷やせ』とか『氷』とか?」
「お、そうそう。サナの言うそれでいいと思うよ」
「なら『氷』でしょうかね」
「うん? ゴロー、どうしてそう思う?」
「いえ、一度氷を作ってしまえば、溶け切るまで使わなくていいでしょうから」
「なるほど、間欠的な使用で済むね」
「はい」
日本でも、昭和の中頃くらいまでは、氷で冷やす冷蔵庫が家庭で使われていたようだ。
一方、『冷やせ』の場合はごく弱いものを掛け続ける、というやり方になりそうである。
どちらがより使いやすいか。
「やっぱり『氷』だよねえ。……ゴロー、その『冷蔵庫』は凍らせなくていいんだろう?」
「はい、ハカセ。氷で冷やす、くらいのイメージでいいと思います」
「わかったよ。考えてみようじゃないか」
そうしてハカセは、考えること………………15分。
「これでよさそうだね」
構想が完成したらしい。さすがである。
そのままハカセは『冷却装置』の作成に取り掛かったのである。
サナが助手に付いたので完成は早いであろう。
* * *
一方の本体はというと。
内部は、熱を伝えやすい銅で容器を作り、その周りを囲むように、少し大きめに木製の筐体を作る。
隙間には羽毛を詰める予定だ。
こちらはアーレン・ブルーとラーナが担当した。ゴローも手伝っている。
もちろん、サナと『念話』でやり取りしながらだ。
そうでないと内部と筐体の大きさがチグハグなことになるからである。
「アーレン、どうだね?」
一足先に『冷却装置』を完成させたハカセが様子を見にやって来た。
「あ、もうすぐです」
こちらは特に凝ったギミックはない。
筐体の大きさは高さが1メル、幅が0.6メル。奥行きも0.6メルである。
木製で、厚みは2セル。
銅製の内装の大きさはそれより5セルずつ小さい。
最上部には水を満たしたタンクがあり、その水を凍らせることで冷却源とするわけだ。
その最上部にハカセが開発した『冷却装置』を取り付ければ9割方完成である。
「羽毛はあとで入れるとして、組み付けてみようかね」
「そうですね」
ゴローとサナが念話で確認しながら作ったので、全く問題なく組み付けられた。
「動作試験もしましょう」
「そうだねえ」
断熱材の羽毛がないだけで、冷却は問題ないはずである。
「魔力源は何ですか?」
「初期型の『魔力庫』さね」
『魔力庫』は大量の魔力を蓄えておける、蓄電池のようなもので、2代目のブルーが開発。
ブルー工房では交換式の電池のように使えるようにそれを規格化した。直径10セル、長さ20セルの円柱形だ。
充電池同様、『魔力充填装置』とペアで使うことになる。
「自動車に比べたら格段に消費魔力が少ないからね。多分1度の充填で20日から30日は保つと思うよ」
「十分ですね」
試運転してみたところ、性能はまずまず。
羽毛布団を手に入れ、断熱材としての羽毛を充填すれば完成である。
「今夜、マッツァ商会に行ってきますよ」
「うん、ご苦労だけど頼むよ、ゴロー」
「はい。……他に、何かご用はありませんか?」
「そうだねえ……アーレンとラーナは一緒に帰るかい?」
「そうした方がよさそうですね」
「工房でも心配しているでしょうし」
名残惜しいが仕方がない。
「それじゃあ、『レイブン改』ではなく『雷鳴』で帰ろうか?」
「うーん、『レイブン改』でいいですよ」
『雷鳴』はやかましいので、すぐにそれと分かる。
ゴローはまだまだ研究所と王都を行ったり来たりするであろうから、所在を明らかにしないほうが都合がいいだろうとアーレンは言った。
「それはそうだが……アーレンはいいのか? こっそり帰ったら、どこに行っていたのかと追及されるぞ?」
「そこはうまく誤魔化しますよ」
「大丈夫か?」
「まあ最悪、『眠らされて連れて行かれた』とかなんとか言って誤魔化しますから」
「そうか? 困ったことになったらいつでも言ってくれよ?」
「ありがとうございます」
そういう風に話が付き、その日の夜、ゴロー、サナ、アーレン・ブルー、ラーナらは『レイブン改』で王都へと向かったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月19日(木)14:00の予定です。
20230112 修正
(誤)「大丈夫か?「
(正)「大丈夫か?」