10-32 転売対策
あけましておめでとうぞざいます。
2023年もどうぞよろしくお願いいたします。
深夜……の少し前、マッツァ商会を訪れたゴローは、商会主オズワルド・マッツァに王都の情勢について質問した。
「概ね落ち着いていますね。治安はこれまでどおりと言っていいでしょう」
「そうですか、まあよかった」
「ですが」
「何か?」
「先日も申し上げましたように、一部の薬が品薄になっています。貴族や富裕な商人の買い占めも始まっているようです」
「なるほど……」
いつでも、どこの世界でも、買い占めて独占、あるいは転売して利益を上げようとする輩はいるものだなあとゴローは苦々しく思った。
「それで、オズワルドさんは……いえ、マッツァ商会としてはどうするつもりなんですか?」
「そうですな……理想としては、通常料金で薬をどんどん売りまくって、転売しようというこすい輩に痛い目を見せてやりたいですな」
「面白いことを考えますね……」
だがゴローは、このオズワルドの答えが、人間として、また商人として好ましいなと感じた。
言ったことが本当なら応援したい、とも思う。
「そうすると、薬はどれくらいあったら足りますか?」
「あればあるほどいいですね。特に胃腸薬と解熱鎮痛剤は」
「わかりました。……製造元と話し合ってみます」
「よろしくお願いいたします」
「それで、『バラージュ国』関連のゴタゴタはもうないんですか?」
「ないと思います」
「そうですか。その点ではまあまあ安心ですね」
「民間人はそう言っていいと思います」
少し含みのある言葉に、どういうことですか、とゴローは質問した。
「一部の貴族……特に『退役軍人』に、一時的にでしょうけれど軍に復帰するようお布令が出るそうです」
「国外がきな臭いから、守りを固めるためでしょうか」
「さすがですね、そのとおりだと思います」
「そうですか……」
『バラージュ国』の騒動は、この国にかなり影を落としているようだ、とゴローはまたもや内心でため息を吐いたのであった。
* * *
屋敷に戻ったゴローは、マッツァ商会から受け取ったお金を確認していた。
いろいろ考えることが多すぎて、受け取った時に確認するのを失念していたのだ。
「……350万シクロとは……」
持っていったラピスラズリと薬のサンプルの代金として、ゴローはそれだけの金額を受け取っていた。日本円換算でおよそ350万円である。
「研究所へ持っていっても使い途がないから、こっちに置いていくよ」
「はい、お預かりいたします」
「じゃあ、帰るか」
「うん」
ゴローは現金を『屋敷妖精』のマリーに預け、サナとともに『レイブン改』へと戻った。
そのサナは留守の間に届けられていた砂糖の袋を2つ(20キム入)、両脇に抱えている。
「これだけあれば、しばらくは甘味に困らない」
「だろうな」
ゴローも、微笑ましさ半分、呆れ半分の声音で答えたのだった。
* * *
特に問題なく(問題があったらそれはそれで大変だが)、『レイブン改』は研究所に戻った。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ」
執事見習いのルナールと、マリーの『分体』が迎えてくれた。
ハカセやアーレン、ラーナはもう眠っているので、ゴローとしても報告は明日にする。
夜の間は、サナと『念話』で他愛もない話をして過ごすゴローであった……。
* * *
そして夜が明けた。
ゴローはまず庭へ出て、『水の妖精』のクレーネーから『癒やしの水』をもらってくる。
途中、『クー・シー』のポチが背中に『エサソン』のミューを乗せて茂みの奥から出てきて挨拶をし、また戻っていった。
今日もらった『癒やしの水』は3リルほど。
持っていった3リル入の瓶がちょうどいっぱいになったのだ。
そこから0.2リルをコップに移し、寝起きのハカセに差し出す。
「ありがとうよ、ゴロー」
ハカセは短く礼を言って0.2リルの『癒やしの水』を飲み干す。
この日課により、ハカセは一段と健康になり、若々しくなったようだ。
* * *
朝食の後。
「さて、何があったか聞かせておくれ」
「実は……」
ゴローは、昨夜のことをかいつまんで説明した。
「ふんふん、アーレンたちが戻るのには問題がなさそうだねえ。……で、ラピスラズリは高く売れたんだね。よかったよ」
ここまではいい話。
「……で? ……こちらの薬を、鑑定した後で引き取ってくれるのはいいとして、買い占めだって!? ふざけてるよ!」
薬の買い占めと転売の話となると、ハカセは激昂した。
「でも、そのオズワルドの物言い、いいねいいね。気に入ったよ!」
どうやらハカセはオズワルド・マッツァの『転売屋、許すまじ』の精神が気に入ったようだ。
「こっちも何か協力できないかねえ」
そのつぶやきに答えたのはラーナだった。
「できるかできないかでしたら、できると思いますよ、ハカセ」
「おっ? そりゃいいねえ。どうすればいいのか、聞かせておくれ」
「はい。いくつか策はありますが、わかりやすいけれども困難なのは、流通量を増やすことですね」
「ほう?」
「具体的には、転売屋が買っても買っても買いきれないほど流通させ、購買層に行き渡らせることです」
「なるほどねえ。転売屋は定価で買っているから、利益を出すには掛け値をしなければならない。でも正規品は定価でいつでも買える。そうなったらお客がどっちから買うかは火を見るより明らか、というわけかい」
「仰るとおりです」
「いいねいいね。好みのやり方だよ。……あとは?」
「もう1つ、わかりやすくまあまあ楽な方法としては、王族に進言して転売を禁止する法を整備してもらうことです。ゴローさんたちでしたらローザンヌ王女殿下と懇意にされてますから可能でしょう」
「うーん、確かにわかりやすいけど好みじゃないねえ。それに、法で規制しても、そういう輩はきっと抜け道を見つけ出すよ」
過去にそういう経験があるのか、ハカセは2つめの策には難色を示した。
「それに他力本願というか、権力に頼るというか……そういうのは嫌だねえ」
「わかります。3つ目の策としては、商品……この場合は薬ですね。……を売った際に、わかりやすい印をつけるんです。封を剥がすとか」
「ああ、転売品だと誰にでもわかるようにするんだね」
「そうです」
「でも、ちょっと対策としては弱そうだねえ」
「そうなんです。割合簡単にできますが、効果が今ひとつなんです」
薬であるから、買う側は必死であることが多いだろう。
少々のリスクは許容してしまうだろうと思われた。
「ラーナはそういうの詳しいんだねえ」
「えへへ、あちしは基本事務職ですから」
おだてると地の喋りが出るあたり、可愛げがあるなあと、傍で聞いているゴローは思ったりしている。
「あとは、販売時に『お一人様一点限り』とする方法もあります」
「なるほどね。でもそれって、人を雇って買わせること……ああ、雇うお金のほうが利益より高くつくかもしれないね」
「はい」
ハカセはしばらく考え込んでから、自分の意見を口にする。
「うーん、あたしとしては、転売屋も懲らしめられるから一番最初の方法が好ましいんだけどねえ」
強引な力技、とも言える。
「いやハカセ、そんな大量に薬を作るんですか」
「ちょっと無理かねえ?」
「難しいでしょう……それに、買い占められた薬の消費期限が切れたら無駄になりますし」
「それもそうか」
かくも転売対策は難しい……と、ゴローは苦々しく思ったのである。
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次回更新は1月12日(木)14:00の予定です。