10-28 大成功
訪問の用事はあらかた済んだので、ゴローとサナはクロエに会いに行くことにした。
「では、ご一緒させていただきますぞ」
長老ジャニスが腰を上げた。
「ではお願いします」
ミツヒ村の中を歩くのだから長老が一緒に来てくれるというのは安心だ、とゴローは思っているが、ここの村人でゴローとサナの顔を覚えていないものは誰もいないということに気が付いていないようだ。
「おお、ゴロー様だ。サナ様も」
「ゴロー様とサナ様がお見えになった」
「長老がご案内申し上げているようだ」
「ゴローさまー! サナさまー!」
「ようこそー! あ、サナ様が手を振ってくださった!」
「犬可愛いな」
大人気である。
* * *
そしてフロロの分体から分かれた個体、『クロエ』が棲家とする丘にやって来た。
そこには梅の若木が根付き、育っていた。
ゴローはルルの『分体』をそっと地面に置いた。
「クロエ、ちょっと起きて頂戴」
「んー……なあに?」
ルルの分体が声を掛けると、梅の若木から淡い影が現れた。それは、次第に輪郭もはっきりし、人型をとる。
「あら……あなたも『分体』?」
「ええ。私はルル。よろしくね、クロエ」
「ふふ、私の妹みたいなものね」
「そうなるわ」
クロエはフロロの分体、ルルもフロロの分体。
そしてここにいるのはそのルルの分体。
分体を本人の代理とするなら、クロエとルルは姉妹のようなものと言えるのかもしれない。
が、今のクロエは独立した個体なのでフロロの娘になるのだとすれば、ルルの姪かもしれないな、などとゴローは考えていた。
いずれにせよ、元はフロロから分かれた『分体』同士、姉妹というのが一番しっくりくるかもしれない。
精霊に人間の血縁関係を当てはめるのが妥当かどうかはまた別の話であるが……。
……などというゴローの想いとは裏腹に、クロエとルルの分体は仲よく話をしているし、そのルルの分体に頼まれて、サナがオドを分け与えていたりする。
その傍らではヴェルシアが固まっているし、ポチはポチでこの場所は落ち着くと見え、寝そべって寛いでいる。
そして長老ジャニスは平伏していた……。
「ふうん、『マンネンタケ』ねえ……」
「ここでもほとんど採れないので、参考になるかどうかわからないけどね。あと、イワタケ。高山に生えるらしいけど」
「ありがと。参考になったわ。もう休んでいいわよ」
「そうするわ。……サナちん、ありがと。おかげで成長が早まりそうよ。……また会いましょ」
「うん、またね、クロエ」
そんなあっさりしたやり取りでクロエは親木に戻っていった。
* * *
「でも、いい話が、聞けた」
「そうだな。……ジャニスさん、イワタケとマンネンタケってご存知でしたか?」
「は……はっ、はい! 存じております! 黙っていて申し訳もなく!!」
地べたに平伏して答えるジャニスを、ゴローは宥めた。
「いや、いいんですよ。貴重な素材なんでしょうし、このあたりでは採れないようですし」
「は、はい! そのとおりでございます!!」
「だからいいですって。ほら、もう顔を上げてください」
「そうよ、ジャニス。もう顔を上げなさい」
「はっ、はいっ!」
ルルの分体に言われてようやく顔を上げた長老ジャニス。土下座していたものだから、額に泥が付いている。
顔は上げたものの、まだ地面に座り込んだままだ。
「マンネンタケもイワタケも、見たことはあります。薬の作り方も伝わっています。ですが手に入らないので……」
「まあそうでしょうね。お気になさらず」
どうやらかなりの高山、深山にしか生えないようだ、とゴローは感じていたため、黙っていたといって長老ジャニスを責める気は毛頭ない。
「申し訳も……」
「だからいいですって」
「ほら、ゴロちんがこう言ってるんだから、もういいわよ」
「は、はい……」
ここまで言われ、ようやく長老ジャニスは立ち上がった。
膝が泥まみれである。
「誤解しないでください、薬がなくて切羽詰まっているわけじゃないんですから」
「ゴロー殿、ありがとうございますじゃ」
それでその場を去ろうとするゴローたちだったが、ヴェルシアが固まったままなことにサナが気が付いた。
そこで、ぱあん、と音がするほどに背中を叩く。
「ひぅ」
「ヴェル、しっかり」
これでようやく正気に戻ったヴェルシアは、サナの声に返事をする。
「は、はい!」
「ポチも行くぞー」
「わう」
ゴローの声に、ポチも起き上がって伸びをすると、とことこと後を付いて歩き出したのだった。
* * *
クロエの次は村長のところに顔を出すことにする。
長老ジャニスにも一緒に来てもらう。
「おお、ゴロー殿、サナ殿、ヴェルシア殿。ジャニス殿もようこそ」
村長は家にいた。
まずは報告だ。
「今日は、長老さんの所へ『薬草用ロールミル』を持ってきまして、代わりに薬のレシピをもらいました」
「それと、クロエがどうしているか、見に」
「ほう、なるほど」
「ロールミルについては長老さんに見せてもらってください」
「わかりましたぞ」
そしてゴローは、ここで最後の用事を済ませることにした。
「あとは、これを差し上げます」
荷物の中から小瓶を出す。
そう、『水の妖精』であるクレーネーがくれた『癒やしの水』である。
「い、癒やしの水、じゃと……。ゴロー殿、サナ殿、あなた方は…………」
その価値がわかる長老ジャニスは絶句した。
「まあ、飲んでください」
ゴローは小瓶を差し出した。
「お、おお……ゴロー殿、これを使って薬を作ったなら、効果は2倍3倍になることもあるんじゃよ……」
「そうなんですね」
だいたい見当がついていたので聞き流すゴロー。
「まあ、飲んでくださいって。お身体にいいと思いますので」
ゴローにそこまで言われては、村長も長老も嫌とは言えず、半分ずつ飲むことになった。
「さあ、一気に」
「はい……」
「うむ……」
2人は器を傾け、一気に飲み干した。
「これは……」
「美味しいというか何と言うか……」
「元気がみなぎってくる気がしますな」
「さすが『癒やしの水』……伝説のとおりじゃなあ」
長老ジャニスの言葉に、ゴローは質問を投げかける。
「その伝説というのは何ですか?」
「それはじゃな、『癒やしの水』を一口飲むと、寿命が1年伸びるというものですじゃ」
「そうなんですか……」
なんとなく身体によさそうと感じてはいたが、ダークエルフにそんな伝説まであるとは、と驚くゴロー。
毎日ハカセに飲んでもらったら不老長寿に……と思いはしたが、そこまではなあ、と思い直しもする。
「身体にいいことは間違いなさそうですね」
「そうじゃな……」
「ゴロー殿、貴重なものをありがとうございました」
長老ジャニスと村長は改めてゴローに礼を述べたのだった。
* * *
長老ジャニスは何度も何度も礼を言いながら集落へ帰っていった。
そして今は、ひととおりの用事が済んだゴローたち一行を、村長がもてなしている。
「いやあ、ゴロー殿、サナ殿、ヴェルシア殿、それにルル様、ゆっくりしていってください」
「そうしたいのですが、まだいろいろと用もありまして」
「残念ですなあ」
1泊する予定はないし、ルルの分体が力尽きないうちに帰りたいとゴローは思っていた。
そこへ長老ジャニスが再びやって来た。手に何か小さな包みを持っている。
「ゴロー殿、サナ殿、ヴェルシア殿、ルル様、ポチ様、これは我々からの志ですじゃ」
「ありがとうございます」
ゴローが代表で包みを受け取った。
「僅かずつですが、希少な薬草を包みました。参考にしてくだされ」
「そうですか、それはどうもありがとうございます」
『ミツヒ村』を訪問して薬の情報をもらおうという試みは大成功だったと言えるだろう。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月8日(木)14:00の予定です。
20221202 修正
(誤)『ミツヒ村』を訪問して薬の情報をもらおうという試みは大成功だったたと言えるだろう。
(正)『ミツヒ村』を訪問して薬の情報をもらおうという試みは大成功だったと言えるだろう。
20221203 修正
(誤)「お、おお……ゴロー殿、これを使って薬を作ったらなら、効果は2倍3倍になることもあるんじゃよ……」
(正)「お、おお……ゴロー殿、これを使って薬を作ったなら、効果は2倍3倍になることもあるんじゃよ……」