10-27 秘伝
イーサスの案内でダークエルフの集落にやって来たゴローたち。
集落の長で長老のジャニスの家へと招き入れられた。
「おお、ゴロー殿、サナ殿、ようこそいらっしゃいました」
「ご無沙汰してます、長老。こちらはヴェルシア、仲間です。それにクー・シーのポチ」
「ヴェルシアです、はじめまして」
「わう」
「お、おお、クー・シーを飼い慣らしているとはさすがじゃなあ……」
「飼い慣らしているというか懐かれたんですが」
ゴローはそう言いながらポチの頭をなでた。
「くーん」
「ゴロー殿じゃのう……」
「……え、ええと、それで、今日伺った目的なんですが」
放っておくとまだまだ本題に入れそうもないので、ゴローはやや強引に切り出した。
「おお、そうじゃね。ゴロー殿、一体何用ですかのう?」
「まずはこれをご覧ください」
ゴローは担いてきた荷物の中から『薬草用ロールミル』を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは何じゃな?」
「『ロールミル』といいまして、対象をすり潰す道具です」
「ほう?」
「特にこれは、薬草類をすり潰すために開発しました」
「薬草類、ですか」
「はい。そしてこれの対価に、こちらで作っている薬の製法を幾つか教えていただきたいのです」
「そういうことじゃったか。もちろん否やはありませんわい」
ゴロー殿たちは里の恩人ですからのう、と長老ジャニスは言った。
「まずはこいつの機能を見てください」
「それでは何かすり潰してみましょうかのう」
ということで長老ジャニスは手近な薬草の束を手に取った。もちろん乾燥させてあるものだ。
「これは『キツネノテブクロ』を乾燥させたものですじゃ」
「ははあ」
「これをここに入れて、こう回せばいいのですかな? ……おお!」
『薬草ロールミル』は見事に『キツネノテブクロ』を粉に粉砕したのである。
「ほうほう、これは便利じゃなあ……ゴロー殿、サナ殿、ヴェルシア殿、礼を申しますぞ」
これがあれば薬草のすり潰しが捗る、と長老ジャニスは喜んでくれた。
一方でゴローは、
(キツネノテブクロ……ジギタリスかな? だとすると狭心症の薬だけど……用法を間違うと毒になるなあ……安易に使わないほうがいいな)
……と、『謎知識』から注意を受けていた。
「いや、ゴロー殿、この……『薬草用ロールミル』でしたかな? これは素晴らしいですぞ」
「喜んでいただけてよかったですよ。ただ1つ、複数の薬草をすり潰す際にはその都度掃除してください」
「おお、それはもちろんじゃ。擂り鉢もそうやって使っておりますからのう」
「でしたら安心ですね」
「それで、薬の製法について、じゃったかな?」
「はい、そうです。……それにつきまして、こちらのヴェルシアは俺より詳しいので、話をさせてください」
「わかりましたぞ」
「ええと今、外の世界……といっていいんでしょうか、とにかく、私どもの住む街周辺では、薬が足りなくなりつつあるんです」
「ほう。それはそれは」
「ですので、一般的な薬で、不足しそうなものを作りたいと思っています」
「そういうことじゃったか」
「今なんとかできているのは『胃腸薬』と『鎮痛薬』ですね」
「また、どうしてそんなことに?」
「それはですね……」
ヴェルシアはルーペス王国とシナージュ国、バラージュ国の情勢を簡単に説明した。
「なるほどのう……」
長老ジャニスは大体のところを理解してくれたようだ。
「それなら『目薬』と『膏薬』それに『健胃腸薬』はどうじゃな?」
「3つも……いいんですか?」
「もちろんじゃとも」
いずれも、ヴェルシアのレパートリーの中にはなかったので助かる。
「まずは目薬じゃな」
「はい」
「この『ミツバナ』の樹皮を煎じて飲むか、目を洗うのじゃ」
「ミツバナ、ですか」
「このあたりにしか生えていない木じゃが、探せば他でも見つかるやもしれん」
(……『メグスリノキ』かな?)
とゴローの『謎知識』は囁いている。
『メグスリノキ』は日本国内にのみ自生する落葉高木で、室町から江戸時代に評判となり、全国的に知られるようになったという。
西洋医学が入ってきた明治以降は忘れられていたが、近年になって星薬科大でその効能が検証されている。
長老ジャニスは乾燥させた樹皮だけでなく、参考用に小枝もくれた。葉が付いているので探す際には役立ちそうだ。
というか、
「これね。覚えたわ。本体にも伝えておくわね」
と、ルルの分体が覚えておいてくれるようだ。
「お、おお……『木の精』様……」
前回は前回で、フロロの分体(現クロエ)を連れてきており、今回はルルの分体。
長老ジャニスが驚くのも無理はなかった。
* * *
少し中断したものの、続いて2つめの薬のレシピを教えてもらう。
「膏薬じゃが、これを使う」
ジャニスは何やら木の実らしいものを取り出した。
「サンシシの実じゃ。秋に摘んで乾燥させておいたものじゃ」
(……クチナシの実かな?)
「これをすり潰し、小麦粉や生姜の粉と混ぜ、紙に塗って患部に貼るのじゃ。キハダを混ぜてもよい。卵の白身を混ぜるのが秘伝じゃ」
「そうやるのですね」
「木の実は黄色の染料にもなる。我らも使っておるぞ」
(うん、やっぱりクチナシだな)
ゴローの『謎知識』はそう教えていた。
クチナシの実は熟しても開口しないので『口なし』と名付けられたと言われる。
初夏に白く芳香のある花を咲かせる。
実は六角形の断面をしており、碁盤や将棋盤の『足』はこのクチナシの実を模しているという。勝負に『口は無用』という意味だとか。
黄色の染料にもなり、タクアンの黄色はこれである。
* * *
そして3つめのレシピ。
「『健胃腸薬』じゃが、これは『ジンセン』『ショウガ』『サンシュ』『コメアメ』を混ぜたものじゃ」
「コメアメですか?」
「そうじゃ。……南方で採れる米という穀物を使ったアメでのう」
「ここで手に入るんですか?」
「わずかじゃが、薬用に栽培しておる」
いわゆる『水飴』である。蒸した米にアミラーゼを作用させ、デンプンを麦芽糖に変えて甘くしたもの。
これを空気を混ぜて乾燥させたものを『膠飴』といい、漢方にも用いられる。
「ショウガとサンシュは手に入りますが『ジンセン』というのは?」
「うむ、こればかりは秘伝中の秘伝なので、原料ではなく加工したものをお分けすることで勘弁してもらいたい。米もな、わずかしかないのでそちらもゴロー殿がなんとかして手に入れてもらいたい」
「それはもう、構いません。……ですが、お米でしたらジャンガル王国で分けてもらいまして、俺の所でも少し作っていますよ」
「なんと、そうじゃったか」
そうなると『ジンセン』のみ、分けてもらうことになった。
「この『健胃腸薬』は、少量を毎日飲み続けることで体質改善になるのじゃ」
「文字どおり秘伝ですね」
「じゃがおいそれと真似できるものではないのでのう」
『ジンセン』と『コメアメ』は、そうそう手に入らないだろうなと、ゴローも納得した。
そして、
(……おそらく『大建中湯』とほぼ同じか……)
と、『謎知識』を参照して納得していたのである。
『大建中湯』は『腹痛やお腹の張りをやわらげ、また、体をあたためて胃腸の調子をよくする』という漢方製剤である。
胃腸の手術後に患者に投薬して好結果を得ている。
他の薬との『飲み合わせ』もほとんど気にしないでよいため、広く使われている。
お腹の冷えからくる便秘、下痢の両方に効くという。
効き目が優しいので、飲みやすい薬だ。
* * *
「こんなところじゃな」
「ありがとうございました」
ゴローたちは長老ジャニスに礼を言った。
「あとは何かありますかのう?」
「いえ、あとはクロエの様子を知りたいことと、イーサス殿に少し話が。あ、それから村長さんにこのロールミルのことをお伝えしておきたいですね」
「村長への話はこちらでしておきますわい。では、イーサスを呼びましょう。……イーサス!」
「お呼びですか、長老」
「うん。ゴロー殿がお前に何か話があるそうじゃ」
「ゴロー殿、何かございましたか?」
「うん、いや、前回頼まれた妹さんの捜索なんだけど、全然進んでいなくてさ」
「いや、それはついでで結構ですが」
「そう言われても気になってさ。……で、ポチが匂いを辿れるかも知れないから、何かそういうものがないかと思って」
「ク、クー・シー殿にまで……」
恐縮するイーサスに、ゴローは宥めるように声を掛ける。
「いや、大丈夫だから。なあ、ポチ」
「くーん」
「……」
そしてようやくイーサスは、妹シアニーが使っていたハンカチを持ってきて、ゴローに手渡した。
「これなら妹の匂いもわかるかと思います」
「では、お借りします」
そういう事になったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月1日(木)14:00の予定です。
20221124 修正
(誤)「ほうほう、これは便利じゃなあ……ゴウ殿、サナ殿、ヴェルシア殿、礼を申しますぞ」
(正)「ほうほう、これは便利じゃなあ……ゴロー殿、サナ殿、ヴェルシア殿、礼を申しますぞ」