10-25 薬草用ロールミル
『ロールミル』の製作。
ゴローがイメージスケッチを描き、それをアーレン・ブルーが図面に起こしていく。
そのコンビネーションはなかなかのもので、2時間ほどで『ロールミル』の設計図は完成した。
ちなみに『ロールミル』と呼ばれる機械は『粉砕機』と『混練機』の2種類があり、今回作るものは『粉砕機』である。
蛇足ながら『混練機』は粘性のある液体(インクやペンキ、ペーストなど)を練り合わせるのに使われる。
「ふんふん、面白い構造だねえ」
原理は簡単。2本の対向するローラーの間に粉砕したい対象を入れ、ローラーを回転させるだけ。
ローラー間の距離で粉砕される大きさが変わる。
粗く粉砕する時はローラーの距離はやや離し、細かくしたい時はローラー間を詰める。
また、粉砕する対象によってはローラー表面にギザギザを設ける場合もある。
粗く粉砕する専用機の場合、『ロールクラッシャー』と称することもある。
もちろん回転方向も大事で、逆転させたら役に立たない。
「対象は薬草だから、ロール間の距離は数ミルでいいねえ」
「動力も手回しでよさそうです」
「でもロール間の調整は必要だと思います。それと、2つのロールを同速で反対方向に回すためにも……」
「あ、そうですね」
「摩擦車を使うかねえ」
「そうなりますね」
ゴロー、ハカセ、アーレンの3人で構想を固めていく。
「問題は、ロール間の距離を可変にした場合の摩擦車の噛み合わせですね」
「そうなるな」
「そうだねえ」
歯車をうまく作れていない現状、使用しているのは『摩擦車』である。
とはいっても表面に『接合』の魔法を付与し、滑らないようにしているので歯車と遜色ない働きをしてくれる。
だが摩擦車なので、非接触状態では動力を伝達することはできないわけだ。
つまり、ロール間距離を可変にするのは難しいわけである。
「こう配置したらどうでしょう?」
「それじゃあ、ロールが同じ方向に回ってしまうぞ」
「あ、そうか」
「じゃあこうすれば……」
「いいけど、摩擦車が4つ必要ですね」
「難しいねえ」
あれこれアイデアを出しては欠点を見出し、没にする。そしてまたアイデアをひねり出す。
結果……。
「ベルトにしてみませんか?」
という案がゴローから出た。
「たすき掛けにすれば、2つのロールを逆転させることができますし」
ゴローの『謎知識』は『たすき掛け』と言っていたが、現代日本では『クロスベルト』という。
つまりベルトを数字の8の字のように掛けることで、回転方向を逆にできるのだ。
欠点は、ベルト同士が擦れてしまうので、平ベルトには向かない。また、高負荷・高回転の機構にも使用しないほうがよい。
しかし今回は、高回転ではないし、高負荷でもない。
「ベルトは丸い断面にして、プーリーとの摩擦を増やしましょう」
「なるほど、こういう仕組みかい」
「ゴローさんの『謎知識』は素晴らしいですねえ」
ベルト伝動なら、数ミルの軸間調整は許容できる。
「片方のロールにハンドルを付けて手回しにし、相方のロールはクロスしたベルトで回しましょう」
この方法なら、駆動側は直結のためスリップは起きないので、使い勝手も悪くはなさそうである。
ということで早速試作に取り掛かるゴローたち。
「ベルトの材質は何にしようかねえ」
「あ、それでしたら亜竜の抜け殻の筋はどうでしょう?」
以前採取してきた亜竜の抜け殻。
その抜け殻のところどころに通っている筋。
おそらくは筋肉の名残りのようなものだと思われるが、特に使い途がなかったのだ。
「ああ、あれなら丈夫そうだね」
「鞣すと軟らかくなって丈夫そうですし」
「そうだね、フランク、頼むよ」
「はい、お任せください」
そういうわけで、『自動人形』のフランクに『亜竜の筋』を鞣してもらうことになった。
そしてハカセたちは本体を作っていく。
ロール径は3セルとし、ニッケル鋼製。幅は12セル。
本体は真鍮で作る。
上方の開口部から薬草を入れ、ハンドルを回すと2つのロールで粉砕されて下の受け皿に溜まる。
受け皿は引き出し式に取り出すことができる。
ロール間距離は3ミルから0.1ミルまでネジで調整可能。
大きさは家庭用のかき氷機くらいである。
「できたね」
「できましたね」
「ハカセ、こちらもできました」
「お、フランク、いいタイミングだねえ」
本体が完成するのとほぼ同時に、フランクも筋の鞣しを終わらせたのだった(普通なら皮革の鞣しは1日以上掛かるのだが、そこは魔法を使ってスピードアップ)。
「これをうまく裂いて……」
「針金と同じように抜き型を通せば丸い断面にできるのでは」
「ああ、そうだねえ」
手作業で針金を作る際は『穴ダイス』と呼ばれる穴の空いた板に鈍した金属を通し、引き抜いて作る。
次第次第に細い穴に通していくことで細い針金も作れるのだ。
それを使って丸い断面のベルトを作ろうというのである。
結果から言うと、うまくいった。
きれいな丸い断面のベルトが得られたのである。
「これをこうしてクロスさせて繋げば……」
「できあがりだねえ」
薬草用ロールミル、試作1号機の完成であった。
* * *
「できた」
「できたねえ」
「できましたね」
「早速試してみようじゃないかね」
ということで、手持ちの乾燥させた薬草を磨り潰してみることにする。
「まずは『ロウソクソウ』です」
これは『草本』なので簡単に粉砕できた。
「では『ニガクサ』です」
これも同様。
「『キハダ』はどうでしょうか」
これは木の皮なので若干硬い。なので手こずるかと思ったらあっさりと粉砕できた。
それぞれ、少しずつロール間隔を変えてみたが、特に問題はなかった。
「うーん、いい感じですね」
「そうだねえ。ほぼ完成だね」
改善点があるとすれば形状くらいである。
「薬草を入れる開口部はもう少し大きくしようかね」
「取り出す引き出しも大きいほうがいいですね」
「掃除をしやすく、というのも大事ですよ」
「ああ、確かに。アーレン、いいところに気がついたね」
と、このような検討を経て、『薬草用ロールミル』の量産機は3台作られた。
うち1台はハカセとヴェルシアが使い、2台を『ミツヒ村』に譲ることになる。
「これなら喜んでくれそうだね」
「ですね。……ただ、あと1つ気掛かりが」
「なんだい、ゴロー?」
「頼まれていた人捜しが全然進んでいないことです」
ダークエルフのイーサスに、妹シアニーに会ったらたまには帰ってこいと伝えてくれ、と頼まれていたのだ。
が、積極的に捜したわけではないので見つからないのも当たり前なのである。
「でも、なんとなく気になって」
「向こうだって積極的に捜してくれと頼んだわけじゃないんだろう?」
「ええ、まあ……」
「なら、仕方ないさね」
「はい……」
まだちょっともやもやしているらしいゴローに、ハカセは助言をする。
「なら……そうさね、クー・シーのポチを連れて行って、その妹さんの所持品の匂いを嗅がせてもらったらどうだい?」
「あ、いいかもしれませんね」
「で、いつかその……シアニーとやらに出会ったらすぐわかるだろうしね」
「そうしてみます」
その助言で、ゴローの気も少しだけ軽くなったようであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月17日(木)14:00の予定です。
20221110 修正
(誤)「でもロール間の調整は必要だと思うぞ。それと、2つのロールを同速で反対方向に回すためにもな」
(正)「でもロール間の調整は必要だと思います。それと、2つのロールを同速で反対方向に回すためにも……」
20221227 修正
(誤)また、高付加・高回転の機構にも使用しないほうがよい。
(正)また、高負荷・高回転の機構にも使用しないほうがよい。