10-24 庶民の薬
「俗に『庶民薬』というのがあってねえ」
『癒やしの水』を飲んだハカセは語りだした。
「高価な薬を買えない庶民が、生活の中から見つけ出した薬……というか薬草なんだけどね」
それを聞いたゴローの『謎知識』は、それって『民間薬』と同じものだろうか、と囁いている。
「この前摘んで来た『ロウソクソウ』単独でも、軽い症状なら治ると思います」
ヴェルシアも知識を披露する。
「あれならたくさん採れそうだ」
「あと、『ニガクサ』」
「それもなんとかなるかな」
「あと……『シブリンゴ』でしょうか」
「なんだい、そりゃ?」
あまり聞かない名前なので、ハカセはヴェルシアに聞き返した。
「ええと、春にピンク色の花を咲かせて、秋になると黄色くて堅い、リンゴみたいな実を付けるんです。いい香りなんですが、堅い上に渋くて食べられません。でも、お酒に漬けておくと喉の薬になります」
(……カリンかな?)
ゴローの『謎知識』はそう言っている。
カリンの実は乾燥させておき、煎じて飲むと喉の薬になる。
また、蒸留酒に浸けて砂糖や蜂蜜を足すと、これもまた喉によい。
「このあたりは売り物になるのでは?」
「そうかも知れません。王都のあたりではシブリンゴなんて聞いたことないですから、誰かが作っていることもないでしょう。あったとしても個人レベルです」
ラーナも、そうした実のことは知らないと言った。
「それなら、作ってみる価値はあるか。……と、まだ実の生る時期じゃないだろう」
「あ、秋ですものね、実が生るのは」
まだ夏である。
シブリンゴは保留せざるを得なかった。
が、『ロウソクソウ』と『ニガクサ』は今、大いに茂っている時期。
こちらを大量に採取、乾燥保存することにした。
「あ、それならルルに、相談してくる」
植物に関してなら『木の精』のルルに相談、である。
サナは研究所の外へと走り出した。
「それから、少し前に行ったダークエルフの村にも何か薬が伝わっているんじゃないかねえ」
「あ、そうですね」
ダークエルフの村、というのは『ミツヒ村』のことだ。
樹糖を求めて行き着いた、人間とダークエルフが共存している『隠れ里』的な村である。
あの時は『食刻』(エッチング)や『天然染料』などについて見せてもらったが、おそらくは天然素材で薬も作っていると思われる。
「サナと2人で行ってきますよ」
「何か、お土産を持っていくといいかも」
「そうだな」
一方的に薬のことを教えてもらうのではなく、何か対価を用意したほうがいいかとゴローも思い直した。
実際はゴローとサナを大恩人と思っている彼らなので、そんなものはいらないのだが。
そこへ、サナが戻ってきた。
「配下のピクシーに探させてくれる、って」
「そりゃあ助かるな」
『木の精』は妖精であるピクシーを眷属化することができるのだ。
その眷属化したピクシーは、花の蜜を集めてくれたりもする。
「で、なんの話?」
「以前行った『ミツヒ村』にも何か薬はないか、ってことで行ってみよう、って」
「わかった。で、お土産を持っていく?」
「うん。あの場所で足りなそうなものがいいな」
「うん」
とはいえ、曲がりなりにも自給自足ができている村である。
足りなそうなものは……と考え、ゴローとサナは、以前話をしていた『魔導具』を持っていこうかと考えた。
つまり、ハカセ頼みである。
「ハカセ、魔導具なら喜んでもらえそうなんですが」
「うん、それで? どんな魔導具がいいんだい?」
「ええと、あそこの生活を考えると、燃料を節約できるものがいいと思ってるんです」
「うん、煮炊きや、暖を取る燃料の節約」
「なるほどねえ。……発熱させるような機能部品を使ったコンロと暖房かい」
さすがハカセ、すぐに魔導具を思いついたようだ。
「でもねえ……どっちにしても2、3台しか作れないよ?」
「ああ、それはそうですよね」
住民全員に行き渡るほど作れるはずがない。
ここは工房であって工場ではないのだから。
「向こうでも作れそうな魔導具だと……難しいですね」
「それじゃあ……1台あると便利、みたいな道具なら?」
「そんな都合がいいものあるかなあ」
ここでヴェルシアが発言した。
「あの、薬草を乾かしたり、細かくすり潰したりって、すごく手間が掛かるんですけど、それを軽減できる魔導具ってどうでしょう?」
「お、いいねいいね」
真っ先に食いついたのはハカセであった。
最近はヴェルシアと薬作りに励んでいたので無理もない。
「乾燥は『脱水』や『乾かす』だねえ。すり潰す魔導具は……あったらいいねえ」
「すり潰す魔導具なら、小麦粉を作るのにも使えそうですね」
「ああ、そうだね。考えてみるとしようかねえ」
ハカセたちは、乾燥した薬草をすり潰すのに『乳鉢』を使っている。
これはめのうなど、固い石材を加工した、要するに『すり鉢』だ(すり鉢のようなギザギザはないが)。
「要するに『粉砕機』ですよね」
「うん? それも『謎知識』由来かい?」
「え……あ、はい」
粉砕機とは、小麦や豆、米などを粉砕して粉にする道具である。
馴染みのあるものとしては『コーヒーミル』もその仲間だ。
構造としては回転する刃で内容物を粉砕して粉にするわけで、原理は単純だが、実用化・製品化するにはなかなかハードルが高い道具だ。
「まず、刃の耐久性が大事です」
「うん、そうだろうねえ」
「それから、粉が詰まらないような構造」
「ああ、そういうことかい」
「それに、粉の粗さを変えられるといいでしょうね」
「わかるよ」
「手回しなのか、動力が付くのか」
「それも大事だねえ」
「思い付くのはそんなところでしょうか」
「ありがとうよ、ゴロー」
ハカセの頭の中では、早速構想が練られているようだ。
「……そうだねえ、材質は大事だねえ」
「ハカセ、用途は限定したほうがいいと思います」
アーレン・ブルーが自分の考えを述べた。
「穀物用か薬草用か。多分刃の形状も違ってきます。それに、薬草を粉砕した機械で穀物も、というのは匂いがついたり粉が混じったりしそうですし」
「なるほど、一理あるね」
「それ以上に、要求される大きさが違ってくるでしょうね。穀物ならかなり大きいものが必要でしょう」
ゴローも助言を行った。
「確かにそうだね。薬草に限定するならテーブルの上に乗る大きさでよさそうだし」
「はい」
これでかなり構想としては絞られてきた。
「その大きさなら、使う素材の量も知れているから、刃の部分もいい材質にできそうだねえ」
「ですね」
「あとは構造だけど……」
回転刃で細かく刻む、いわゆる『家庭用ミキサー』のような方式と、複数のロールで挟み込み、粉砕する『ロールミル』方式など、いくつかのやり方がある。
「ミキサーは……料理用に欲しい気もしますが、今回は相手が薬草なのでロールミルにしましょう」
「うーん、『謎知識』がそう言っているならそうなんだろうねえ」
「もう1つ、ミキサーは高速回転しないと効率が悪いので」
「ああ、なるほどねえ。その『ロールミル』だと手回しでいけるんだね?」
「そうなります」
「よし、それじゃあ作ってみようじゃないかね」
「はい」
* * *
まずはゴローが『謎知識』を総動員しておおまかなスケッチを描く。
ハカセとアーレンがそれを詳細な設計図に落とし込む。
試作。
という流れである。
「おっと、その前に素材を決めないとねえ」
「ロールミルの部分には硬い鋼を使いたいですねえ」
「炭素鋼でいいかい?」
「ニッケル鋼の方がいいかもしれません」
「靭性が高い……んだっけ?」
「はい」
と、このようにして素材も決まっていった。
いよいよ製作である……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月10日(木)14:00の予定です。
20221103 修正
(誤)あまり聞かない名前なので、ゴローはヴェルシアに聞き返した。
(正)あまり聞かない名前なので、ハカセはヴェルシアに聞き返した。
(誤)と、このよううにして素材も決まっていった。
(正)と、このようにして素材も決まっていった。
(旧) (実際はゴローとサナを大恩人と思っている彼らなので、そんなものはいらないのだが)
(新) 実際はゴローとサナを大恩人と思っている彼らなので、そんなものはいらないのだが。
20230908 修正
(誤)魔道具
(正)魔導具
2箇所修正。