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01-22 大金

 シャロッコ・トロッタのことを説明し終えたオズワルド・マッツァは、

「まさかゴローさん、奴に金を借りたのですか?」

 と心配そうに尋ねた。

「いえ、俺じゃありません。……さっきお話ししたティルダが、なんです」

 ここはオズワルドも巻き込んだ方がよさそうだと判断したゴローは、経緯いきさつを説明した。


「……ふうむ、なるほど……」

 おそらくは店を出す資金を借りたのでしょうな、とオズワルド。

「実績もない職人に大金をぽん、と融資してくれる商人などいないでしょうから」

「確かにそうですね」

「それで、そのティルダというドワーフの職人さんは、腕はいいのですか?」

「それはご自身で確かめてください」

「ふむ、それもそうですね。では、夕方を楽しみにしておりますよ」


 これで話も済み、ゴローは立ち上がろうとしてサナを見ると、何杯目かの麦茶を飲んでいるところであった。

「サナ、行くぞ」

「うん、わかった」

 飲みかけの麦茶を飲み干したサナは、小さくけぷっとおくび(ゲップ)を漏らし、立ち上がった。

「……いったい何杯飲んだんだ?」

「12杯」

 よく飲んだなあ、と呆れを通り越して感心するゴロー。

 そこで、

「ええと、この麦茶を売ってくれますか?」

 と尋ねると、オズワルドは上機嫌で頷いた。

「もちろんです」


*   *   *


 おまけしてもらい、一抱えも麦茶を買ってしまったゴローとサナ。

「……担ぐにも限界があるかな……」

 とゴローは考え始めていた。

「荷車でも買おうか」

 幸い、そのための資金は潤沢にある。

「牽くのは馬でなく俺たちでいいしな」

 そんじょそこらの馬より力があると自負している。が。

「でも、体重が足りないか……」

「どういうこと?」

 自問自答していたゴローの呟きに、サナが怪訝そうな顔で尋ねた。

「え? ……ああ、そうだな……ほら、『摩擦』の話をしただろう?」

「うん、覚えてる」

「で、俺たちがいくら力があっても、足の裏と地面との摩擦力以上のものは引っ張れないんだよ」

「…………わかった」


 とりあえず、買う買わないは別にして、どんな荷車があるのか、見に行くことにした。


「うーん……」

 ゴローはがっくりと肩を落とした。

 納得のいくものが1つもなかったからである。

 車輪は木製、車軸も大半が木製。鉄を使っているものはほんの一握り。

 そしてサスペンションはなし。なので揺れが凄いものと思われる。

 馬車なら、もう少し出来はいいのだが、こちらもサスペンションがなかったのである。


「ドワーフの職人にオーダーして作ってもらおうか?」

「それも、いいかも」

「だったら……」

 今のところ、なんとか背負える量なので、首都シクトマで作ってもいいかもしれない、とゴロー。

「うん、それから、ティルダがいい職人さんを知っているかも」

「ああ、そうか」

 ドワーフは熟練の職人を多く出している。ティルダの知り合いにいるかも知れないのだ。


 ということで、そのあとは特に目的を決めず、町をぶらぶら見て回る2人。

 途中、屋台の串焼きで昼食を済ませたり、いい匂いをさせるパン屋に入って焼きたてのパンを買ってみたりして過ごした2人である。


*   *   *


「ただいまー」

 午後3時、ゴローとサナはティルダの工房に戻った。

「あ、おかえりなさいです」

 ゴローは家の中を見回して、

「……昼を抜いたな」

 と看破した。

「あ、ええと、夢中で作業していたからなのです……?」

「とりあえず、手を洗ってこっちに来い」

「は、はいなのです」

 ティルダのことは妹分として扱い始めているゴロー。

 今買ってきたばかりの焼きたてパンを取り出し、ナイフで切り分ける。

(おお、軟らかいものも刃にくっつかずに綺麗に切り分けられるな)

 なんでも切れるナイフは、軟らかいものが苦手、ということもなく、すぱすぱと切れていった。

 焼きたてなので、そのまま木イチゴのジャムを塗って食べる。


「……残り、少ない」

 3人で食べると、あっという間にジャムも底をつく。

 食べ終わったあと、容器の底に少しだけ残っているジャムを見て、サナは残念そうに言った。 

「じゃあ、別のジャムを作ってみるか」

「……別の?」

「うん」

 先程町を巡っていた時に、梅の実に似た果実を売っていたのだ。

「ちょっと出てくる」

「はい、行ってらっしゃいなのです」

 時刻は午後4時、まだ明るい。ゴローとサナは早足で八百屋らしき店へ向かった。


「これこれ」

「……酸っぱそう」

 皿に山盛り盛られた、オレンジ色に色づいた梅の実 (らしきもの)。

 甘酸っぱいその香りに、酸っぱいものが苦手なサナが呟いた。

「酸っぱいほうがジャムは美味しいんだぞ」

「そう、なの?」


 ジャムは砂糖を入れて煮るため、元の果実は酸味が多くても構わない。というよりは、酸味が多い方が美味しくなる。

 イチゴジャムも、甘いイチゴではなく、酸っぱい方が美味しくなるのだ。


「また、ゴローの謎知識」

「……だなあ」

 10キロほどの梅の実と、砂糖10キロをそれぞれ抱えながらゴローとサナは帰り道を歩いていったのだった。


*   *   *


 工房に戻ると、そこにはオズワルド・マッツァがいた。

「あ、ゴローさん、サナさん!」

 半泣きのような顔をしたティルダに縋り付かれてしまうゴロー。

「これはゴロー様、サナ様、先程ぶりでございます」

 うやうやしくお辞儀をするオズワルド。

「え、ええと、どうしたんだ?」

 ぶるぶる震えるティルダを見て、ゴローは首を傾げた。

「あ……」

「あ?」

「あ、あの『金緑石』、ご、5億シクロで買いたいと言われたのです〜〜!」

「5億か、そりゃすごい」

「そ、それで、私がいただく予定の破片も、研磨後、全部で5000万シクロで引き取りたいと……」

 結局のところティルダは、とんでもない金額にショックを受けていただけのようだ。


 ここでオズワルドが口を開く。

「それでですね、我が商会にも5億シクロはすぐに用意できませんので、まずは大きい方の対価として5000万シクロと、残り4億5000万シクロ分の証文もしくは晶貨で支払いたいのです」

 それを聞いたゴローは、まだしがみついているティルダに尋ねた。

「何かまずいのか?」

 が、ティルダは首を横に振る。

「違うのです! 取引金額が大き過ぎてどうしたらいいかわからないのです……」

 自分が貰える金額でさえ5000万シクロ。そしてゴローの『金緑石』が5億シクロ。ティルダにとっては天文学的金額だったようだ。

「借金っていくらだった?」

「3000万シクロです……」

「なら、即金で返せるじゃないか。よかったな」

 借金を返しても2000万シクロが残る計算だ。

 だが、ティルダはまだゴローにしがみついている。

「うう……」

 そんな彼女の頭をそっと撫でて、

「そういうことなら任せておけよ」

 とゴローは、しがみついたティルダをそっと引き剥がし、サナに預けたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月29日(木)14:00の予定です。

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