10-22 現状の情報
夜空を駆け抜けた『レイブン改』は無事王都に着いた。
前回同様、サナを留守番に残し、ゴローが王都内へと向かう。
ちなみに『念話』があるので、王都の反対側の端へ行かなければ意思疎通ができるので、サナも退屈はしないのである。
* * *
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ゴロー様」
『屋敷妖精』のマリーが出迎えてくれる。
「変わりはなかったかい?」
「はい、特には。……ああ、マッツァ商会の方と思われる人が昼間、門扉から中を覗き込んでいらっしゃいました」
「そうか……」
やっぱりラピスラズリのことが気になるのだろうなとゴローは見当を付けた。
「それじゃあ、これからブルー工房とマッツァ商会に手紙を届けてくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ。お気を付けて」
「ありがとう」
というわけでゴローは夜の王都へと出ていった。
王城前や富裕層の屋敷前くらいにしか街灯はなく、道を照らすのは家々の窓から漏れる明かりだけ。それでも夜目のきくゴローには十分だった。
まずブルー工房の手紙受けに、アーレンの手紙を投函。
それからマッツァ商会へ向かう。
途中、哨戒する兵士と鉢合わせしないよう注意し、時には回り道をしつつ商会へ向かうゴロー。
当然、何ごともなくマッツァ商会に到着した。
時刻は午後10時だと言うのに、大商会らしくまだ全ての窓に明かりが灯っている。
「これならオズワルドさんに会えるかも」
そこで、通用口から商会を訪ねてみることにした。
ゴローが名乗ると、すぐに商会長であるオズワルドその人が出てきた。
「ゴローさん! ああ、お会いできてよかった!! さ、さ、まずは中へ」
「はい……」
ゴローの顔を見て驚いたオズワルドであったが。すぐに気を取り直すとゴローを中へ招き入れた。
* * *
商談室で向かい合うゴローとオズワルド。
「いや、王都を離れたのは存じておりましたが、こうしてお会いできてほっとしましたよ。サナさんやティルダさんもお元気ですか?」
「ええ、みんな元気です」
「それは何より。……ところで、手紙は見ていただけましたか?」
「はい。顔料用のラピスラズリが必要だとか」
「そうなんです」
「……それは教会絡みですか?」
ゴローがマッツァ商会に顔を出したのは、義理を果たすためだけではなく、情報収集の意味もあった。
「そうですね、教会が無関係かといえば違うということになりますね」
「それは?」
「組織としての教会は、この王都から一掃されましたが、建物としての教会は残っている……といいましょうか」
「なるほど」
「そして教会の中には、過去から受け継がれてきた文化的な芸術品も多々あるわけですよ」
「ははあ、なるほど。それを修復しようというんですね?」
ゴローの推測は当たりだったようだ。
「そのとおりです。どうやらこれまでの教会関係者は管理が杜撰だったとみえ、傷んでいるものが散見されたということです。……あ、今現在、教会の建物は全て王家の管理となっています」
これで欲しかった情報の1つが手に入った。
「すると、教会という組織は解体されたわけですか?」
「この王都では、という但し書きが付きますが」
まだ教皇をはじめとする幹部の幾人かは捕まっていません、とオズワルドは言った。
「まあ、この王都内には、もういるはずもないわけですが」
それはそうと、とオズワルドは話題を切り替える。
「その修復で、青い顔料が多めに必要なのですよ」
「事情はわかりました。……今日はサンプルを持ってきています」
「助かります」
ゴローは念の為にとポケットに入れてきたラピスラズリをテーブルの上に置いた。
ニワトリの卵より少し小さいくらいの大きさの塊だ。重さとしたら100グムに届かないくらいだろう。
「おお!」
その見事さにオズワルドは声を上げた。
「素晴らしい! ゴローさんにお頼みしてよかった!!」
ラピスラズリを手に取り、ためつすがめつするオズワルド。
「これでしたら品質として申し分ありません!」
「それはよかった。……この品質でいいのでしたら必要な量を用意できます」
「なんと!」
オズワルドはテーブルに頭を付けてお辞儀をした。
王家御用達となってこうした注文が増えたようで、喜ばしい反面気苦労も増えたようだ。
「それでですね、運んでくるにあたって、今の王都の状況を詳しく知りたいのですが」
「当然ですね。ご説明させていただきましょう」
オズワルドは用意されたお茶を一口飲んで喉を潤し、説明を開始した。
「まずエルフの使節団ですが、明日の朝王都を発つということです。なので明日の午前中は王都内はざわついていると思います」
「そうでしょうね。……バラージュとシナージュ間で戦争がどうこうという噂がありますが?」
「よくご存知ですね。そうなのです。シナージュ国がバラージュ国に宣戦布告したらしいです。理由は不明なんですが」
「ああ、やっぱり噂は本当でしたか」
「はい。……シナージュ国は『亜竜ライダー』を抱えていますからね。一方バラージュ国は国とはいえ首長制の町が集まった合議制ですから決定が遅く、こうした事態では後手後手に回るでしょうね」
オズワルドは状況の分析も含め、説明してくれた。
「バラージュ国は不利だと?」
「私はそう見ています」
「……しかし、どんな理由でシナージュはバラージュに攻め込むんでしょう?」
「それは情報がないのでなんとも」
「そうですか……」
その理由がわかっても、ゴローたちには2国間の戦争を止める術はない。
なのでゴローもそれ以上の追及はやめにした。
「ですが、そうなると不足する物も多いのでは? ……薬とか」
「ご存知でしたか。……ええ、バラージュ国はさまざまな薬品を提供してくれていますからね。それが入荷できなくなる可能性は十分にあります。現に、医薬品の高騰は始まっていますから」
「やはり。……ちなみに、どんな薬が不足していますか?」
「そうですね、やはり鎮痛剤、それに胃腸薬ですね。鎮痛剤は軍で、胃腸薬は民間と軍ですね」
「え? 軍でも胃腸薬を必要とするんですか?」
ちょっと驚いたゴローであった。
「ええ、遠征でもすれば水の保証はされませんし、食べ物だって傷みますから」
「ああ、そういうことですか」
軍は……兵士は、まともな食事がいつでもできるわけではない。
行軍中、遠征中は現地調達することもあろう。特に水。
そうなると食中り、水中りといった不調を来す者が多く出る。
治癒魔法は外傷にはよく効くが、病気には効きが悪い(一般論)。
そこで胃腸薬が軍の常備薬に加えられる、というわけだ。
鎮痛剤は怪我をした者への応急措置に使うことになる。
怪我人が多い場合、治癒魔法を受けられる人数にも限りがあるからだ。
「そうした薬が品薄になっていて、別ルートをいろいろと模索しているわけですよ」
「なるほど……」
「もしかしてゴローさん、薬品の入手について心当たりが!?」
「いえ、ないこともない、という程度ですし、薬ですのでどんなものでもいいというわけにはいかないでしょう」
「それはそうですが」
「ですので、そちらの方は入手できれば儲けもの、くらいに思っていてください」
「わかりました。……ぜひよろしくお願い致します」
「あとは、色の原料について、青だけでいいのですか?」
「ええ、他の色はそこそこ流通していますので」
「わかりました。……明後日くらいにまた伺います」
「よろしくお願い致します。こちらに何かご用命は?」
「そうしたらまた砂糖をお願いします」
「承りました」
こうしてマッツァ商会との取引も済み、ゴローは一旦屋敷に戻ってからサナの待つ『レイブン改』へと戻ったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月27日(木)14:00の予定です。
20221020 修正
(誤)「ええ・他の色はそこそこ流通していますので」
(正)「ええ、他の色はそこそこ流通していますので」